第五章最終話(一)南国のレストラン
――崩壊歴六百三十四年七月七日午後十二時半
「基本、この地方の料理は辛いのよね」
ソニアは取り分けたチキンを頬張りながら言う。
場所は天垂の糸から東斜面を下った先、港町ナデリのレストランだ。
基地の料理はカルザスやダッカといった中原地方の味付けと変わらない。
せっかく南方にきているのだからと食事をしに来ている。
メンバーはジュニア、アムリタ、エリー、ルーク、そしてフィーの五人だ。
「そうだね、味付けの基本がスパイスだから辛いね。
でもそのチキンは特に辛いやつなんだ。
こっちの水牛のカット肉は甘辛いよ」
ジュニアが指さす皿はアムリタがメインで攻めているものだ。
「た、食べる? もう一皿注文したほうが良いかしら?」
皿には幾ばくも肉が残っていない。
ジュニアは笑いながらウエイターを呼び、追加の注文をする。
「フィーはそのエビ、気に入っているの?
ついでに頼もうか?」
ジュニアは辛そうなエビと格闘するフィーに訊く。
「えっと、じゃあさっきのお魚、もう少し食べていいかな?」
フィーは嬉しそうに笑う。
ジュニアは、OK、と請け合い、ウエイターに注文する。
白身魚のソテーで辛さはそれほどでもない。
「みんな食べるのね。
アムリタは大丈夫だとして、フィー、貴女、未だ魚、食べられるの?」
ソニアが心配そうに訊く。
「えっと、残ったら持って帰って良い?」
フィーは上目遣いでジュニアに訊く。
「ああ、それは構わないよ。
そうだね、じゃあ半分をお弁当として包んでもらおう。
でもね、あんまり保たないんだよ、直ぐに食べる必要があるから注意してね」
ジュニアは笑いながら応える。
「うん、大丈夫。
美味しいから、すぐに食べるよ」
フィーは頷きながら応える。
「じゃあ、半分はテイクアウトにしてください。
他には?」
ウエイターにオーダーをだした後、再度皆に確認する。
「私はそろそろデザートが欲しいかな?」
エリーがナプキンで口を拭きながら言う。
ルークは既に満腹であるのか、食が止まっている
「え? じゃ私も」
アムリタが肉をモゴモゴと咀嚼しながら左手を挙げる。
ソニアとフィーも同じく手を挙げる。
「OK、じゃ、デザートも出してください。
以上かな?」
ジュニアは注文を締める。
ウエイターは注文を確認し、厨房に消えてゆく。
「まあ、辛さそのものではなくてスパイスとハーブの多用が特徴なんだね。」
クリーミーなチーズ風味で全然辛くない料理もあるよ。
調理の方法は多彩でバリエーションに富んでいる。
色々あって飽きないし、慣れたころには辛くない料理が物足りなくなっているという寸法さ」
「確かに暑く乾燥した地域だから、ハーブで体調をコントロールするのは理に適っているわね」
エリーはジュニアの言葉を受ける。
「そうそう、私はこっちにきて、すごく体調が良いわよ」
アムリタは両拳を挙げて脇を締める。
「いや、アムリタはお肉食べていればいつも元気だから」
ソニアは笑いながら言う。
「ええ? そんなことはないと思うけれど」
「確かに、豆料理が続くと元気がなくなっていくわよね」
エリーは笑う。
まあ確かにお肉は必要よね、とアムリタも認める。
「宇宙食、水牛のステーキやシチューを開発したから帰ったら試食してみる?」
「まあ、素敵、楽しみだわ」
アムリタは碧色の目をキラキラさせて合掌する。
「宇宙食ってなに?」
フィーが訊く。
「宇宙で食べるための保存食さ。
腐らないよう、食べやすいよう、色々工夫しているんだって」
ルークが炭酸の入ったジュースをストローで飲みながら応える。
「保存食……、腐らないようようにしたお弁当……。
本当に天垂の糸に登るの?」
フィーは更に残る最後のエビをフォークで突きながら訊く。
視線はジュニアに向いている。
「え? ああうん、登るよ。
そのためにここまで来たんだからね」
ジュニアは応える。
フィーは何やら天井を見て考え事をしているようだ。
「僕も行きたいなぁ」
誰に言うまでもなくルークが呟く。
フィーの首がゆっくり回り、ルークのほうを向く。
他の者の視線もルークに集まる。
「じゃあ、一緒に行く?」
フィーは首を傾げてルークに問いかける。
アムリタはソニアを見る。
ソニアはジュニアを見る。
ジュニアはソニアの視線を受けて、え? 俺? という顔をする。
「えーとね、ミッションには役割が決まっているんだ。
パイロット、オペレーター、エンジニア。
希望を言えば複数の役割を担えると助かる。
少なくとも自分のことは自分でできて、役割を熟せることが最低条件。
その上で他者のフォローができないと困るんだ。
ルーク、君は何ができる?」
ジュニアは優しい口調で説明する。
しかし言っていることは、連れていけない、ということだろう。
ルークは少し傷ついたような表情でジュニアを見る。
「かあさんは九歳のころに天垂の糸に登ったって自慢しているよ。
今の僕より二歳も下だ。
イリア叔母さんだって十一の頃だろう?
丁度僕と同い年だよ?」
ルークは食い下がる。
「確かにね、でも当時でもリリィはパイロット、イリアはエンジニアとして一線で活躍していたんだよ?
彼女たちはかなり特殊な環境にいたから異常に早熟なんだよ……」
ジュニアは、ねっ、分かるだろう、というように笑う。
ルークもリリィの生い立ちは知っている。
幼いころに両親を失い、マリアやヨシュアたちと共に修羅場を潜ってきた。
ほぼ温室育ちと言ってよいルークの環境とはかけ離れている。
同列では語れない。
「オペレーターってなにをやるの?」
ルークはとりあえず訊いてみる。
パイロットは分かる。
リフトの操縦を行うものだろう。
エンジニアもなんとなく分かる。
機械や設備の調整について考えたり、修理を行うものだろう。
どちらもルークにはできそうもない。
だから残るオペレーターになれないか興味があるのだ。
「え? ああうん、設備を動かしたり船外活動をしたりする担当者だね」
ジュニアは簡単に応える。
(このメンツで僕が船外活動する担当にはなりえないよな)
ルークは悄気る。
「まあ、ともかくリリィにお伺いを立ててみれば?」
アムリタが取り成すように言う。
(かあさんはダメっていうだろうなぁ)
ルークはグラスのストローを吸う。
ズズッ、と音が鳴る。
中身は既に氷だけだ。
暫く会話が途切れる。
気まずい沈黙をウエイターが運んできたデザートが打ち破る。
蜜で練った芋をフルーツとクリームでデコレートしたケーキだ。
アムリタたちはキャッキャと嬉しそうに啄む。
フィーも一口食べて満面の笑みを浮かべる。
ルークは一口食べるが、甘すぎること、妙なハーブの味がするので食べるのをやめる。
「食べないの?」
フィーは大きな目でルークを見て言う。
「ああうん、もうおなか一杯。
これ食べる?」
ルークはケーキを指さす。
フィーは微笑みながらコクコクと頷く。
そして、天垂の糸、一緒に登れると良いね、と言って笑う。




