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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 第三話 ずっときみを見守っていたんだ ~I'd always Kept an Eye on You~
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第五章第三話(五)教えてよエリフ、教えてよサリー

「ガールフレンドが欲しいんだ」


 アウラは囲碁を指しながら(つぶや)く。

 対局相手は教師エリフだ。

 無論他の対局者など居ない。


 地球の暦では崩壊歴五百九十七年。

 恒星船は減速、逆加速に入って久しい。

 恒星船の中の時間経過では二年が経過している。

 アウラは十四歳になった。


 アウラの囲碁の腕前は地球の水準で職業にできるくらいに向上している。

 意外なことに、教師エリフも強くなった。

 今では教師エリフはアウラに二石置いて五分の戦いになる。


『ガールフレンド? そうだね、どんな()がタイプなんだい?』


 教師エリフは優しく問い返す。

 返事は遅く、口調は酷く間延びしている。

 恒星船は依然として亜光速と言って良い速度で航行している。

 しかし速度が落ちているため、恒星船の中の速度は観測系、地球時間と数倍程度しか開きはない。

 それゆえアウラとの意思疎通を緩慢なものとする。

 風の谷、光の谷の思考機械の思考速度、伝達速度が遅すぎるのだ。


「うーん、正直女性っておかあさんとサリーしか(しゃべ)ったことがないんだけれど。

 サリーってエリフの奥さんなんだよね?

 前にもらった二人の絵、サリーって美人さんだよね」


 アウラは明るく問う。

 返事はなかなか返ってこない。

 アウラはコンソールに呼び出したモノクロの絵を眺める。

 絵にはエリフとサリーが立ち、その間にアウラが描かれている。

 皆が笑っている幸せそうな絵だ。


『サリーの絵? ああ、そう言えば送ったかな?

 でも、あれはサリーの若い頃の絵だね。

 今じゃサリーは優しいおばあちゃんさ。

 君とは祖母と孫くらい離れている……。

 そうだなあ、私の知り合いがね、この前女の赤ちゃんを産んだんだ』


 教師エリフは間延びした声で話す。

 口調は落ち着いている。


「赤ちゃん? 女の子?

 うわー、とっても可愛(かわい)いんでしょう?」


 アウラは切なげに声をあげる。


『うん、とても可愛(かわい)かったよ。

 名前はマリアというんだ。

 凄く鳴き声が大きな赤ちゃんでね、元気なんだよ』


 教師エリフはゆっくりと(しゃべ)る。


「へえマリア……、素敵な(ひび)きだね。

 マリアはエリフとサリーの孫なの?」


 アウラの(しゃべ)りは早くて(せわ)しない。


『いいや、私たちの孫の友人の子だよ』


「孫の友人の子供……、って色々混乱するお話だね」


 アウラは苦笑しながら言う。


『そうだね、私たちの時間との付き合いかたは他の人たちと、かなり違うからね』


 間延びした教師エリフの応えには笑みが含まれる。


「うん、分かっている。

 エリフとサリーは特別なんだよね?

 魔法って凄いね。

 でも感謝している。

 だから、僕と同じ時間を過ごしてくれているってこと」


 アウラは笑う。


『うんうん、私たちは君と一緒の時間を過ごせて、凄く(うれ)しいんだよ。

 私たちは君とずっと一緒さ』


 教師エリフの言葉は遅く、しかし強く優しい。


「あははは、有難うエリフ。

 でもさ、ガールフレンドの話だよ?

 赤ちゃんやおばあちゃんじゃなくてさ……。

 僕と同じくらいの女の子はいないの?」


 アウラは話を引き戻す。


『はっはっはっ、そうだったね。

 でもね、君と同じ年頃の子供たちとは付き合いがないんだよ。

 アウラ、君もあと三年もしたら地球に到着する。

 君は賢くて強いから、きっと君に好意を寄せる女の子も沢山(たくさん)いると思うよ』


 教師エリフは酷く遅い口調で軽口を言う。


「エリフってば、いい加減なことを言うなあ」


 アウラは吹き出す。


『君はそういうが、君が地球の女の子に会うのは地球時間で十八年後の未来だよ?

 君にとっては(わず)か三年であってもね。

 恒星船と地球では時間の進み方が違うだろう?

 今から生まれる赤ちゃんが、君が地球に着くころには君と近い年頃になっているという案配(あんばい)さ』


 教師エリフは笑いを含んだ口調でゆっくりと(しゃべ)る。


「えええっ? そうなの? 迂闊(うかつ)だった、計算しなくちゃ」


 アウラはテーブルに埋め込まれているコンソールを操作する。

 複雑な数式がモニタに表示される。

 計算しているのだ。


「うわ、本当だ!

 この船が地球に到着したとき、僕は十七歳、マリアは十八歳!

 っていうか、むしろ年上なの?」


 アウラは愕然(がくぜん)とする。

 教師エリフは、そうそう、と笑う。


『Eの13マゲ』


 教師エリフは囲碁の差し手を指す。


「Eの13……? うわ、完全に油断した、上辺右の大石の、頓死とんしだね。

 負けました……」


 黒の中押(ちゅうお)し勝ち,アウラはゲームを投げる。


『今日は全然集中できていないね。

 囲碁より女の子、思春期だね』


 教師エリフは揶揄(からかう)うように言う。


「まあねえ、お年頃の男子としては切実なのですよ」


 アウラはお道化(おど)るように返す。


『ははは、それは大変だね。

 どうするかい? もう一局打つかい?』


 教師エリフは間延びした口調で訊く。


「ありがとう。

 でも今日はもうお(なか)一杯。

 一人でイメトレするよ」


『イメトレ?』


「初めて彼女に会ったときに備えてね」


 アウラは軽口を叩く。

 教師エリフは、ははは、と笑う。


『じゃ、もうすぐご飯だね。

 明日は用事が有るから、次は明後日に会おう。

 それまでに予習復習も忘れずにね』


 教師エリフは言う。


「分かったよ、エリフ。

 また明後日ね」


 二人は会話を終える。


「ねえ、サリー、サリーっておばあちゃんなの?」


 アウラはコンソールを操作しながら訊く。


『アウラ、前にも教えてあげたと思うけれど、女性にね、歳の話をすると嫌われるわよ』


 乳母サリーの声も間延びしている。

 冷たい(ひび)きがあるのはアウラが年齢の話をしているからだ。

 アウラは、ごめんごめん、と笑う。


「サリーは確か、崩壊歴三百九十一年生まれだよね。

 二百六歳? うわー……」


 アウラは(つぶや)く。

 口調には笑いが含まれる。


『全然分かっていないのね……、まあ()いけれど。

 アウラなんか地球の女の子に嫌われてしまえば良いのよ』


 乳母サリーは()ねたような口調で応える。

 アウラは、いや、本当にごめんなさい、と笑う。

 ジャックは手足の付いた金色の筒を持ち上げる。

 アウラのサポートロボットだ。

 アウラはトマスのヘルパーロボットに改良を加え、今ではほぼ別物になっている。


「サリー、僕はね、サリーやエリフの顔が見たいんだ。

 だからね、サポと風の谷のロボット二体との間にリンクを張ったんだよ」


 アウラは(うれ)しそうに言う。


『リンク? 情報伝達経路を構築したということ?』


 乳母サリーは心配そうな口調で訊く。


「うんそうだよ、さすがに動画は無理だけれど、数日に一回の写真は取得できるんだ」


 アウラの口調は得意そうだ。


『写真って、風の谷の?』


 乳母サリーの口調には(おび)えの色が混じる。


「うん、そう。

 風の谷のヘルパーロボットたちが視た風景を静止画で取り寄せられるんだ。

 凄いでしょ?

 前々回の写真、多分地球の一週間前の写真。

 風の谷って(にぎ)やかなんだね。

 大きな機械、あれは飛空機なのかな?

 風の谷って飛空機が集まるところなの?」


 アウラは訊く。


『アウラ……、アウラ……、(おどろ)かないでね……』


 乳母サリーは取り乱したように言う。


「サリー? どうしたの?

 前回の写真は、小屋の中なのかな?

 ええと、これは地球時間で四日前……。

 多くの人が居る。

 多分この女性が抱いている赤い髪の赤ちゃんがマリアなのかな?

 うふふ、可愛(かわい)い」


 アウラは無邪気に笑う。


『アウラ、もうやめて……、そうね風の谷のロボットたちにはもっと貴方が好きそうな写真を送らせるわ。

 だから次の写真は見ないで……。

 お願いよ』


 乳母サリーは懇願(こんがん)するように言う。


「サリー? 何を言っているの?

 最新の写真はあとちょっとで届くんだ……。

 モザイクが徐々に細かくなっていく……。

 うん、届いたよ、見るのが楽しみだ」


『アウラ、見ちゃ駄目(だめ)よ!』


 乳母サリーは絶叫する。

 アウラはコンソールを開き、一枚の画像を開く。

 室内の写真だ。

 何人かの人物が映っている。

 台の上に箱が置かれてる。

 中には年配の女性が寝かされている。

 八十歳くらいだろうか?

 白い衣服、合掌(がっしょう)を組み、周囲はカーネーションやユリ、バラなどの美しい花々で埋められている。

 箱の向こう側では銀髪の美しい青年が眠る女性を寂し気な表情で見つめている。


「え? この男の人がエリフ? エリフってこんなに若いの?

 もっとおじいちゃんだと思っていた。

 絵のまんまなんだね……、一目でエリフって判る。

 って、この箱って棺桶?

 誰か死んじゃったの……?

 ――! ええー?」


 アウラは声を失う。


『アウラ……、アウラ……、良く聞いて。

 地球時間での一昨日、風の谷で一人の女性がお亡くなりになられたの。

 人は誰でも死ぬのです。

 この女性は天寿を全うされたのです。

 幸せな一生でした。

 親しい人たちに見送られて、天に召されたのです』


 乳母サリーの声は不自然に明るく(ひび)く。


「風の谷に住んでいる女性って……、そんなの……、そんなの……、サリー……?

 サリーは死んじゃったの?」


 アウラは呆然(ぼうぜん)とした顔で乳母サリーに訊く。


『アウラ! だから私はここに居るじゃない!

 私はずっと貴方と一緒にいるわ!

 これからもずっと! ずうっと!』


 乳母サリーは断固とした口調で言う。


「サリーが……、サリーが……、うわー!」


 アウラは天井を仰ぎ、号泣する。

 アウラは、うわー、と泣き叫び続ける。

 亜光速で飛ぶ恒星船の中、アウラの叫び声が(ひび)き渡る。

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