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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 第二話 天垂(てんすい)の糸を見上げて ~Looking up to the Strato-Strap~
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第五章第二話(八)ビターチョコレートをどうぞ

 ――崩壊歴六百三十四年六月三十日午前九時


「まさか浮島(うきしま)にルークとフィーを連れて昇るとは思わなかった」


 トラックの運転をしながらリリィは言う。

 トラックはジャングルの中に敷設されている砂利道を進む。

 道は大きな車輌(しゃりょう)が通るには十分な幅がある。


「あはは、(まず)かった?

 でも、天垂(てんすい)の糸まで許可したんなら、昇って良いかな? って思ったのよ」


 トラックの前席中央に座るソニアは悪びれもせずに応える。


「まあねぇ……、迂闊(うかつ)だったわ。

 子供二人分の酸素ボンベを抱えて上に昇れるとは思っていなかったのよね。

 まさかアムリタが無酸素で五千メートルをものともしないなんて……。

 アムリタも体、(いじ)っているの?」


 リリィはチラリと前席反対側に座るアムリタを見る。


「ほえ? 私? (いじ)っていると言いますか、以前超高層ピラミッドの九千メートルテラスにアタックしたことがあって、その時にエリーにちょっと……。

 と言いますか、私も、ということはリリィも体、(いじ)っているの?」


 アムリタはリリィに訊き返す。


「私? 私は(いじ)っていないわよ。

 って、余計なこと言っちゃったな」


 リリィは舌を出して笑う。


「それは、誰が体を(いじ)っているか聞いて欲しいということよね?」


 ソニアが茶化す。

 アムリタも、え? 誰だれ? と興味津々(きょうみしんしん)でリリィの顔を見る。


(いた)たたた、リリィさんは拷問されても口を割りませんでした、お(しま)い」


 リリィはお道化(どけ)るように言い、左手で自分の頭を小突(こづ)く。

 そしてその左手を左に座るソニアに向けて開く。


「え? 私が言うの? ここだけの話だよ?

 マリアがね、マリアの先生に色々体を改造してもらっているんだ。

 マリアに肉弾戦挑むと死ぬからね、覚えておいて」


 ソニアは小声で言う。


「あー、言っちゃった。

 マリアにチクってやろう」


 リリィは悪い顔でソニアを見る。


「ひぃ! それってどんな殺人トラップ!」


 ソニアは(おび)えた顔でリリィを見上げる。


「大丈夫だいじょうぶ。

 私に絶対服従を誓えばチクったりしないから」


 リリィは左手でソニアの頭をポンポンと(たた)く。

 ソニアは、(ひで)ぇ、と(つぶ)く。


「そ、それはともかく、フィーの親御さんは見つかったのかしら?」


 アムリタは慌てて話題を変える。


「んー、今のところ手掛かりはないわね……。

 うちの旦那とかなり範囲を広げて探しているんだけれど、行方不明の少女の情報はないみたいね。

 まあ、治安が良くてなによりだわ」


 リリィは真面目な顔で言う。


「ふーん? じゃ、フィーは本当に海の向こうから来たのかしら?」


「うーん、最近大きな船は来ていないのよね。

 って、東の向こうって地球三分の一周、海だよ?

 沿岸から徐々に捜索範囲を広げていくほうが現実的だわねぇ」


 リリィは丁度進行方向に見える海を指さす。


「フィーはどうなってしまうの?」


 アムリタは問う。


「ん? 噓を言っているようにも見えないから、本当にかなり遠くからきたのでしょうね。

 親御さんが見つかるまではうちの旦那が後見人になるわ。

 というか、ルークも若干十一歳で女の子をお持ち帰りするなんて、そんな教育した積りないんだけれど」


 リリィは(うれ)しそうに(つぶや)く。

 アムリタは、まぁ、お持ち帰りだなんてそんな、と(とが)める口調でいう。


「まぁ、でもルークはフィーに()れているね。

 フィーもまんざらじゃなさそうだし」


 ソニアは悪い顔で笑う。

 リリィはトラックのコンソールを操作する。

 キュイーン、という音がなる。

 リリィはハンドルの裏に付いているレバーを早い速度で打ってゆく。


 ――トトン・ツー……


「ちょ、ちょっとリリィ、何をしているの……、『マリア、ソニアガマリアノヒミツヲオモシロオカシクワライモノニシテイルヨ』、って、きゃー止めてー!」


 ソニアはリリィの右手を(つか)む。

 トラックは大きく揺れる。


「ソニア、危ないわよ。

 カージャックをする気?」


 リリィは悪い笑顔でソニアを見る。


「わざわざ十八メガ帯の非常用チャネルを使って……、酷い、普通そこまでやる?」


 ソニアは涙目になってリリィを(にら)む。


「あははは、大丈夫だいじょうぶ。

 空中線電力、絞ってあるからマリアのところまで飛ばないって」


 リリィは爽やかに笑う。


 ――ツー・トトトトン・トトン・ツー……


 室内に早い電信音が鳴り響く。


「え? 『コチラSSコントロール、リリィヘ、イマノナイヨウ、マリアへテンソウヒツヨウカ、シジサレタシ』……、って、きゃー」


 ソニアは運転するリリィの膝の上にのしかかるように体を預け、ハンドルの通信レバーを猛烈な速度で打つ。


『コチラリリィ、SSコントロールヘ、イマノハゴホウナリ、ナイヨウハハイキセヨ、オーバー』


 そう打鍵する。


 リリィは見下ろすようにソニアを見て笑う。

 また電信音が鳴り響く。


『シサイリョカイ、オミヤゲニキタイスル、チョコレートガタベタイナ、オーバー』


 電信音は無常に社内に鳴り響く。

 ソニアは脱力しつつも、リョウカイ、キタイサレタシ、オーバー、と打鍵する。


「SSコントロールって誰よ、基地の誰か?

 幼気(いたいけ)な子供相手に……、よってたかってみんな大人気(おとなげ)なさすぎるんだけれど」


 ソニアは身を起こし、不満を述べる。

 目には涙が浮いている。

 リリィは、わはは、と笑う。


「ごめんごめん、ちょっと(いじ)めすぎたかな?」


 リリィは右手でハンドルを持ちながら、左手でソニアの頭を()でる。

 ソニアは(ふく)れっ面で前を見ている。


「やっぱ、母親にとって一人息子は特別ですか?」


 話題を変えるようにアムリタはリリィに訊く。


「え? ああ、さっきの?

 いやいやそんなんじゃなくて……、息子が彼女連れてきたって別に寂しくなんかないんだから」


 リリィは寂し気に笑う。

 そして、娘だって可愛いものよ、と付け加える。


「一人息子かー、私には分からないや」


 アムリタは(つぶや)く。


「そう言えばアムリタって男きょうだいが多いんだっけ?」


 ソニアはアムリタに振り向いて訊く。


「うん……、四つずつ離れて、兄が二人、弟が一人。

 男ばっかりだからあまり特別って感じ、しないのよね」


 アムリタは笑う。


「男の子三人だと、さぞ(にぎ)やかなんでしょうね」


 リリィも話題に乗る。


「ええまあ……、でも私たちの場合幼い子供の面倒を年長の子供たちが共同でみるスタイルだったから、それほどきょうだいを意識しなかったかな」


 アムリタは曖昧な笑顔を浮かべる。


「それってとても良いと思うわ。

 今は子供の数が少ないから母子が癒着してしまうのよ。

 何人いるか忘れるくらい子供産んで、子供は子供同士で育て合ったらもっともっと健全に育つと思うわ」


 ソニアは少し元気がでてきたようだ

 リリィとアムリタは、あはは、と笑う。


「そうね、ソニー、でも子供同士での育児って今から考えるとそれはまあ酷いもので、けっこうトラウマになることも多いのよ。

 やってきたことも、やられてきたことも……」


 アムリタは思い出すように言う。


「へえ? 確かに子供たちだけでは酷いことになるのかな?

 例えばどんなことがあったの?」


 ソニアは訊く。


「ええっとそうね、例えば……」


 ――ガガガッ、トトン・ツー……


 アムリタが応えようとしたとき、電信音が割り込む。


『コチラSSコントロール、ソニアへ、1130ナデリノミナトニトウチャクヨテイ、オーバー』


 電信はそう告げる。


「へ? SSコントロールってジュニアなんだ?」


「どうもそうみたいね。

 どう返信する?」


 リリィもSSコントロールの正体は知らなかったらしい。


「じゃ、『了解、ナデリの街で昼食を待つ、デザートにはビターチョコレートをどうぞ』、でよろしく」


 リリィは、わはは、と笑いながら打鍵する。


 大きなトラックは緩やかな下りコーナーを曲がる。

 木々は(まば)らになり視界が開ける。

 下った斜面の向こうに街が見え、街の更に向こうには陽光を反射する海が広がる。

 (はる)か沖の入道雲が空の青に溶けて浮かぶ。

第五章 第二話 天垂(てんすい)の糸を見上げて 了

続 第五章 第三話 ずっときみを見守っていたんだ

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