第五章第一話(九)父の遺品
「うわあ、これも美味しいですね、最高だ。
こんな美味しいものを食べたのは生まれて初めてですよ。
凄い、味付けも素晴らしいし、これは皮ですか? この食感。
外はカリカリ、中はジューシー、焼き具合も絶妙ですね。
今まで十分美味しいものを食べてきたと思っていましたが、これは次元が違う。
ここに来られて良かったです。
生まれてきて本当に良かったです」
ジャックは出された食事を夢中で食べる。
そして感激に咽ぶように褒めちぎる。
演技には見えない。
料理はチキンをオーブンで焼いたものと卵料理、パンとスープだ。
贅沢な食材ではないが、綺麗に盛り付けされていて見栄えが良く、食欲をそそる。
「まあ、そんなことを言って貰えるなんてうちのコック、喜ぶと思うわ」
ハリーの母親は満更でもなさそうに笑う。
リリィも、凄く美味しいですー、と言って笑う。
イリアも同意するようにニコニコしながら頷く。
三人とも満足そうだ。
食後にフルーツの入ったケーキが出てきて、イリアとリリィを歓喜させる。
ハリーはリリィに飛空機の操縦について訊く。
リリィも嬉しそうに飛空機に関して能弁に語る。
「うちにも古い飛空機があるんだけれど、古すぎて飛べないんだ」
ハリーは残念そうに言う。
「そう言えばヨシュアがT&P商会に飛空機の修理に呼ばれたって言っていたね」
ジャックは思い出したように言う。
「うん、去年空賊、じゃなかったリリィのおにいさんたちに来てもらったんだけど、エンジンが古すぎて修理できないし、できても燃料が入手できないっていわれたんだ」
「燃料って化石燃料由来の?」
ジャックは訊く。
「え? 俺はよく分かっていないんだけれど、多分そうなのかなあ?
今は液体水素系くらいしか入手できないらしいから」
ハリーは応える。
「作り変えれば良いんじゃないの?
液体水素系に」
ジャックはお茶を飲みながら言う。
「ええ? そんな簡単なものじゃないでしょう?
そのときエンジンを取り換える話になったんだけれど高すぎてダメだったんだ」
ハリーはジャックの気軽な言葉に驚く。
「確かにケロシン系と液体水素系では燃料供給、貯蔵、燃焼温度や効率など気を付けることは多いんだけれどね。
でも、液体水素系への改造レシピは二千年以上前に確立していて、材料さえあれば比較的簡単なんだよ」
ジャックはお茶を啜り、このお茶も美味しいね、と笑う。
「え? そうなの?」
「うん、材料を揃えられるかがポイントだね。
ねぇ、飛空機見せてよ」
ジャックは微笑みを湛えながら言う。
「え? あ、うん。
じいちゃんに訊いてみる。
ちょっと待っていて」
ハリーは店を駆け足で出てゆく。
「ジャック、本当にジェットエンジンの改造なんてできるの?」
リリィは真顔で訊く。
「こいつさえ稼働できればなんとかなるんだけれど……」
ジャックは椅子の背もたれに引っかけている背負い袋を摩る。
「今日は買い物にきたんだけれどね」
イリアは無表情で呟く。
ジャックはイリアに向かって合掌し、ちょっとだけ、と頭を下げる。
待つこと暫し、ハリーは初老の紳士を伴って帰ってくる。
紳士は自分をハリーの祖父、グレッグと名乗る。
一同は連れたって先ほど歩いてきた道を戻る。
目的地は飛空場近くの倉庫だ。
グレッグは倉庫のシャッターを跳ね上げる。
中には飛空機が一機鎮座している。
確かに古いものだ。
所々へこみ、錆も浮いている。
しかし壊れているようには見えない。
飛空機のほかにも古いバギーも数台ある。
周囲には物が雑然と置かれている。
「飛空機のエンジンを改造できるとは本当ですか?」
グレッグはリリィと同じ質問をする。
ジャックの目は忙しく周囲の資材を見渡す。
「液体水素は……、ある。
燃料棒の吸蔵装置もある。
……使えそうだね。
この古いバギーは素材になりそう。
なんとかなりそうですよ。
この倉庫の中の資材を使って良いですか?
バギーは部品取りとして」
ジャックは嬉しそうに訊く。
「まあ、この倉庫は創業当時からのもので今は使っていないものです。
飛空機が蘇るのなら、使って貰って構いません」
グレッグは興味深そうに笑う。
「じゃ、先ずはこいつの燃料棒を吸蔵させてもらいます」
ジャックは背負い袋からくすんだ黄色い筒、サポートロボットを取り出す。
吸蔵装置に液体水素のボンベを接続する。
そして燃料棒を取り出し、燃料の吸蔵を行う。
ジャックは燃料吸蔵済みの燃料棒をサポートロボットに差し込む。
――ムー
軽い作動音がしてサポートロボットは動きだす。
ジャックはサポートロボットを軽く胸に抱きしめ、そっと地面に置く。
そして小声でサポートロボットに囁く。
サポートロボットはジャックに向かって右手で敬礼し、回れ右をする。
サポートロボットは忙しそうに飛空機に向かって作業を開始する。
「おや……、そのロボット、似たものがここにもありますよ」
グレッグはそう言って、開き扉のキャビネットの中からアタッシュケースに似た鞄を取り出す。
古いものだ。
然程汚れた感じはしない。
グレッグは鞄を開ける。
「動かなくなって久しいのですが、二百五十年くらい前までは動いていたらしいです」
中にはくすんだ銀色の筒が入っている。
確かにジャックのサポートロボットと似ている。
「……そうですか。
さすがに四百年、稼働し続けるのは難しいんですね……。
お願いがあります。
飛空機が無事直ったら、燃料棒の吸蔵装置とこのロボット、頂けませんか?」
ジャックは頭を下げ、上目遣いで訊く。
グレッグは少し考える素振りをする。
「吸蔵装置は問題ありません。
差し上げましょう。
ただ、このロボットは……、私どものものではないんですよ。
だから差し上げるわけにはいかないんです」
グレッグは単調な口調で応える。
「え? ずっとここに在ったものなんでしょう?
それじゃどなたのものなんですか?」
ジャックはやや失望した顔で再度問う。
「その前に……、貴方はどなたです?」
グレッグはジャックの質問に応えず問い返す。
「ああ失礼、名乗っていませんでしたね。
僕はジャック、トマスとパイパイ・アスラの息子です。
宇宙で生まれて、昨日、地球に来たところです」
ジャックはグレッグの目を見て、真面目な顔で応える。
グレッグは少し驚いた表情になり、目を瞑る。
「縁なのでしょうね」
グレッグはしっかりした口調で言う。
そして目を開ける。
「ご存知かも知れませんがトマス・シャルマとパイパイ・アスラ夫婦は私どもの創業者です。
私たちの先祖はトマスとパイから事業と資産を譲り受けました。
この倉庫もその一部です」
グレッグはジャックの反応を確かめるように言葉を切る。
ジャックは黙って頷く。
「例外があって、そのロボットは譲り受けていないのです。
そのロボット、ヘルパーロボットは今もトマスの所有のままです。
トマスはヘルパーロボットにノーマを、これは私どもの先祖なのですが、彼女たちを助けるように、と指示し、地球を発たれたのです。
以来このロボットは動作停止するまでノーマとその家族、子孫のために尽くしてくれたそうです」
グレッグは落ち着いた優しい声で言う。
リリィはポカンとした顔でグレッグを見る。
「……トマスとパイパイ・アスラはどうされたのですか?」
グレッグは問う。
「父は……、僕が生まれる前に他界しています。
母は故郷の星に帰りました」
ジャックは寂しそうに応える。
イリアは無表情でジャックの顔を見上げる。
「そうですか……。
では、これはトマスの遺品、貴方が相続人ですね」
グレッグはアタッシュケースに似た鞄をジャックのほうに差し出す。




