第五章第一話(三)宇宙生まれ、宇宙育ち
「急げ!」
ヨシュアは心臓マッサージを続けたままで叫ぶ。
リリィは副操縦士席を立ち、右側のハッチを開ける。
マリアは寝台に駆け寄り、留め具を外す。
ヨシュアとマリアは寝台ごとジャックを運ぶ。
「こっちだ」
ランプを持って出迎えた人影、長い白銀の髪をした若い男、エリフが右側の地面を指さす。
指さす先には銀髪の少女、イリアが黒い肉の袋の横で作業をしている。
少女はナイフで肉の袋の上部を縦に裂いている。
ヨシュアとマリアは寝台を肉の袋の横に置く。
「先生、既に裸に剥いている。
心肺停止から概ね十五分」
ヨシュアは銀髪の男に報告する。
エリフは頷きながらジャックの胸に手を添える。
エリフの左手から黒い煙が湧き出す。
黒い煙の中、大きな禍々しい肉の塊のようなものがジャックの胸を覆い、脈動しだす。
「十五分も大変だったね」
エリフは汗だくになって座り込んでいるヨシュアに微笑みかける。
ヨシュアははにかんだ笑顔でヨシュアを見返す。
イリアは無言で白い布をヨシュアに手渡す。
汗を拭けということだろう。
マリアとリリィはエリフが用意していた燃料を慌しく飛空機に充填する。
飛空機の再離陸の準備をしているようだ。
エリフはジャックの頭部に左手を添える。
肉の塊が成長し、頭部を覆ってゆく。
「確かに火傷は酷いが修復できる。
火傷のショックが引けば治るな」
ヨシュアはジャックを抱き上げ、肉の袋の中に沈める。
そして左手を肉の袋の裂け目にあて、閉じる。
「マリア、お陰さんで今回は大ごとにはならないよ。
ここを離脱する必要は無さそうだ」
エリフは飛空機の回頭誘導を行っているマリアに声をかける。
「あらセンセ、私のボーイフレンドは無事なのね?
良かったわ」
マリアは飛空機の操縦士席のリリィに静止のジェスチャをしながら笑う。
「ボーイフレンド?」
エリフは笑みを浮かべたままマリアに訊く。
「ええ、さっき、落ちてくるジャックから愛の告白を受けたのよ、センセ」
マリアは嬉しそうに笑う。
イリアが不思議そうにマリアを見上げる。
「へえ、それはそれは。
それで君はジャックの愛の告白を受け入れたんだね?
マリア、ジャックと仲良くしてやっておくれ」
エリフは穏やかな笑顔で言う。
マリアは、もちろんですわ、センセ、と笑顔で返す。
「あのおっかない化け物、来ないんだよね?」
リリィは飛空機から降りてくる。
「ああ、君たちのお陰だ。
準備した夕食も無駄にならなくてよかった。
今回は無茶を聞いてくれてありがとう」
エリフはリリィのふわふわとしたオレンジ色の髪をポンポンと撫でる。
リリィは、えへへへ、と笑う。
エリフはジャックの入った肉の袋を持ち上げる。
かなりの重量がありそうなのだが、エリフは力を込めているように見えない。
肉の袋は荷車に横たえられる。
「じゃ、少し遅いけれど夕ご飯にしよう」
エリフは荷車を引く。
ヨシュアが荷車を押そうとするのをマリアが代わる。
「私が押すよ。
心臓マッサージでクタクタでしょう?」
「ああ、荷台に載っていきたいくらいだ」
「じゃあ、そうする?」
マリアは笑う。
冗談だよ、と言ってヨシュアも笑う。
エリフの家は山の小高い広場にあるログハウスだ。
この家にエリフとイリアが住んでいる。
ログハウスの隣には離れがある。
エリフはジャックの入った肉の袋を離れの土間に寝かせる。
「酷い火傷だけれど皮膚の再生だけだからね。
明日の朝には出てこられるんじゃないかな」
エリフは肉の袋を確かめながら言う。
「では食事にしよう」
エリフは離れのドアを閉める。
「お邪魔しまーす」
リリィは朗らかに挨拶しながらエリフの家に入る。
ログハウスは中央にリビングと水回りがあり、右と左に部屋が二つずつある作りだ。
リビングに大きな卓があり、椅子が六つ並ぶ。
卓の上にはパンとサラダの入った大皿がある。
イリアは取り皿を皆の席に配る。
「今日はミルクとチーズのシチュー、大豆団子の唐揚げ、ナッツとチーズのパンにサラダ、夏野菜のスープだよ」
エリフとイリアは料理を配膳する。
「うわー、美味しそう、頂きまーす」
リリィは満面の笑みを浮かべる。
一同、頂きまーす、とリリィに続いて唱和する。
「ねえねえ、先生、質問!
ジャックって誰なの?」
リリィは食事を頬張りながら訊く。
「うん、知人の息子だよ。
私が後見人になっている。
だから私の息子という位置づけかな?」
エリフは何でもないことのように応える。
イリアはエリフの顔をチラリと見る。
リリィは、へー、先生の息子かー、と応じるが大豆の唐揚げのほうが大事そうだ。
「でもなんで空から降ってきたんです?」
ヨシュアがヨシュアに訊く。
「ああ、ジャックのご両親は恒星間旅行をしていてね。
ジャックは宇宙で生まれたんだよ。
事情があって親御さんは地球に戻れなくなったんだ。
でもせめてジャックだけは地球に戻したいということでね」
エリフはシチューを食べながら説明する。
「へえ、宇宙生まれ……、育ちも宇宙ということかしら?」
マリアは感心したように訊く。
「まあ、色々複雑な話があるんだけれど……。
詳しい話はジャックが目覚めてからにしよう。
本人も自分が居ないときに話されるのは嫌かもしれないからね」
エリフは優しい口調で言う。
「分かったわ、明日が楽しみ」
マリアは笑う。
「マリア、明日は早朝からロケットエンジンの回収だぞ」
ヨシュアは言う。
「あらら、そうね。
早く回収しないと沈んじゃうわね」
マリアは思い出したように言う。
最速でエリフの元にジャックを届けるためにロケットエンジンを海上に投棄してしまった。
とはいうもののマリアたちにとっては虎の子の品だ。
ロケットエンジンにはフロートが付いているので直ぐには沈まない。
しかし波の状況によっては失われてしまうだろう。
明るくなり次第回収に行くべきだろう。
「そっか、明日は早起きか……」
リリィは腹が満ちたのか、急速に眠そうな様子になる。
「明日の朝は私とヨシュアだけでも良いけれど……。
まあ、いずれにしろお子様は寝る時間ね」
マリアは掛け時計を見て言う。
「うん、私はお子様だから寝るよ。
明日、置いていったりしたら嫌だからね」
リリィの目は閉じかかる。
イリアはリリィを立たせて寝る準備をさせる。
「飛空機の整備はやっておくよ。
後部ジェットエンジンの設置も。
湯を用意した。
汗を流して休むと良い」
エリフは立ち上がり食器を下げる。
「あら、有難うございます、センセ」
「礼を言うのはこちらだよ。
今日は本当に有難う」
エリフはマリアに微笑み、キッチンに下がる。
「いえいえ、センセ、感謝しているのは私たちのほうですよ。
私たちがセンセの手助けをできるなんてめったにないのですから」
マリアは小声で呟く。
ヨシュアが、まったくそうだよなぁ、と応じる。




