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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第一章 第二話 風の谷の祭殿(さいでん) ~The Shrine at the Wind Ravine~
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第一章第二話(十)体重制限

「アルン、君たちはこれからどうする?」


 ジュニアはアルンに訊く。

 ラビナの左足の骨折はエリーが接いだのでつながってはいるが、暫くは歩けないだろう。

 選択肢としては三つ。

 一つは山を下りること。

 二つ目はここで野営すること。

 そして最後は風の谷の祭殿さいでんに向かうこと。


「ここからアルンがラビナと二人の荷物を抱えて山を下りるのは現実的ではない。

 どうしても下りるならば俺たちも下りるよ」


 ジュニアはアルンに言う。

 アルンはうなずきながらジュニアの言葉の続きを待つ。


「ここで野営するくらいならば、皆で風の谷の祭殿さいでんに向かったほうが良いと思う。

 ラビナは自走キャリアに乗ればよい」


「自走キャリアって上の山道にあった、動くヘンテコなかばんのことか?」


 アルンはそういえば、と言いながら訊く。


「ヘンテコ……ではないけれど、そう。

 四十キロくらいなら運べる」


 ジュニアが先ほどラビナを抱えた感じでは、ラビナの体重は四十キロ程度しかなかったので問題ないと考える。

 アムリタは、えーと私体重は幾つだったっけ、とつぶやき、そわそわする。

 エリーは無表情のままジュニアを見る。

 アムリタもエリーも身長がラビナよりかなり高い。


「こ、ここからなら割と整備された山道を登り、再度沢まで下ったところに風の谷の祭殿さいでんがあるんだ。

 山を下りるよりは楽に辿たどりつける」


 体重の話が嫌な空気を呼んでしまったのにやや狼狽うろたえながら、ジュニアは取りつくろうように言葉を続ける。


「そうだな。

 では風の谷の祭殿さいでんとやらに向かうとしよう」


 アルンも調子を合わせるように同意する。


「では、エリー、ラビナを山道まで二人で上げよう。

 アルン、気を悪くしないでもらいたいんだけれど、ラビナは僕らで山道まで抱えるよ」


 ジュニアはそう宣言する。

 ジュニアはラビナに近づき、抱え上げようとする。

 ラビナはひぃ、とおびえるが特に抵抗することなくジュニアに抱えられる。

 ジュニアはエリーのほうを見る。

 エリーはかすかにうなずき、ジュニアのかたわらに立つ。

 二人の前の空間がひずみその中にエリーが入り、消える。

 ジュニアもそれに続き、跡には誰も居なくなる。

 見れば崖の五メートル程上にエリーとラビナを抱えたジュニアは現れ、同様にエリーが消え、ジュニアが消える。

 彼らはそれを繰り返し、やがて見えなくなる。


「空間魔法……。

 初めて見た。

 でも、人の体をいじる魔法も使うと聞く。

 そんな存在があり得るのか?」


 アルンは目を見開きながらつぶやく。

 サプリメントロボットはアムリタのすそをつつき、アムリタやアルンが下りてきた付近を右手で指し示す。

 どうやらそこから皆で登ろうと言っているようだ。

 サプリメントロボットはトコトコと走り、やぶの深い崖を登ってゆき、早く来いというように手を振る。


「私たちも登ろう!」


 アムリタはアルンに声をかけて崖を登るべく歩き出す。

 二人はサプリメントロボットに続き、比較的勾配の緩い斜面をやぶ頼りに登ってゆく。

 二人が山道まで辿たどりついた先には、ジュニアとエリー、自走するキャリバッグに腰かけ不貞腐ふてくされたような表情をしたラビナが待っている。

 ジュニアは自走するキャリバッグの中に入っていたと思われる荷物を背負っている。


 ジュニアはサプリメントロボットを抱え上げると、ありがとうね、と言いながらラビナが腰かけているキャリバッグのふたを開き中にしまう。

 ラビナは、きゃぁ、なになに? と言いながら足を持ち上げる。


「では、頑張って歩こう。

 目的地はもうすぐよ!」


 アムリタは朗らかに笑いながら先頭を歩き出す。

 それにラビナを載せたキャリバッグがわしゃわしゃと続く。

 ジュニアとアルンは並んでキャリバッグの後ろに続き、少し遅れてエリーが続く。

 エリーは相変わらず光の文字で空中に文章をつづりながら殿しんがりを歩く。


「君たちはジャックとどういう関係なんだ?」


 アルンはジュニアに問いかける。


「一応協力者。

 ジャックに資金援助をしたり物資を渡したりしている。

 しかし、ジャックはほとんど俺たちの前に姿を現さない」


 うそではないよ、と笑いながらジュニアはアルンに応える。


「俺たちもジャックを探しているんだ」


 ジュニアは進行方向を見たまま話す。


「最後にジャックに会ったのはアムリタということになるね。

 今回、直接にはジャックは関係なくて、アムリタの為に風の谷の祭殿さいでんを目指している」


 だから、そこに行ってもジャックはいないよ、ジュニアはアルンにそう言いたいらしい。


「直接には、ということは間接的には関係しているということか?」


 アルンはジュニアの言葉尻を捕らえる。

 ジュニアは特に気にすることなく、まぁね、と応える。


「ジャックは二昔ふたむかしほど前に風の谷の祭殿さいでんに来たことがあるそうなんだよ。

 ここはジャックにとって非常に大切な場所の一つらしい」


 ジュニアはアルンのほうを見ながら応える。

 アルンが話の続きを待っているとジュニアは意味ありげに笑う。


「アルン、君たち二人はどういう関係なの?」


 ジュニアはアルンにストレートに訊き、アルンの反応を見るべくアルンの顔をのぞき込む。

 アムリタは振り向かないが明らかに先行する距離を縮め、聞き耳をたてる。

 エリーも光の文字を空中に描くことを止め、ジュニア達の直ぐ後ろを歩く。

 アルンはどう応えたものかと考えているようだ。


叔母おばおい

 姫と従者でもある」


 叔母おば、姫、アムリタはキャーと言いながらつぶやく。

 アムリタはいつの間にか先頭を自走するキャリバッグに譲り、ほとんどアルンの前に下がってきている。


「ちょっと、アルン!

 何を言い出すの!

 アムリタも誤解しないでね、叔母おばと言っても私のほうが年下なんだから!」


 ラビナは叔母おばという語感に文句を言っているようだ。


「それ以上は説明不要よ!」


 ラビナはアルンをしかり飛ばすように言う。

 アルンは、はいはい、と言いながら苦笑する。


「怖い姫様だね。

 お姫様、乗り心地はいかがですか?」


 ジュニアは笑いながらラビナを茶化す。


「え?

 ええ、そうね、自分だけがラクダに乗って、従者がみな歩いて付き従っているようで気分は良いかしら」


 ラビナは笑いながら応え、ラビナ以外のものは無言となる。


 誰もしゃべるものがいないまま、皆で山道を歩く。

 山道は渓谷の右側斜面の中腹に連なる。

 気温は涼しいと言うよりはやや肌寒くなってきている。

 山の上とは言え、まだ木々は高さを誇っていて、春の若葉が直射日光を程よく隠す。

 左手には小川が流れていて、水の音と鳥の鳴く声が心地よい。

 山道は分岐に差し掛かり、右に登る道と左に下がる道に分かれる。


「左よ。

 ここからはそう遠くないわ」


 アムリタはそう言って先導する。

 左に降りる道は左右を山に挟まれた渓谷となっていて、既に太陽の光は山に遮られてしまっている。

 木々の密度は明らかに少なくなり、低木が中心となる。

 山の斜面にはシダ植物が生い茂り、風景が一変する。

 数十分歩いた先に、木でできた建物と、白い石造りの建物が見える。

 石の建物は渓谷の一番奥の斜面に接していて、高さは二十メートルほどある。

 そのさまは遠目で見ても威風堂々としていて、近づく者を威圧する。


「着いたわ、アレが風の谷の祭殿さいでんよ」


 アムリタは真面目な顔で、石造りの建物を指さす。


「この山小屋も変わっていないわね。

 って、えらく綺麗きれいね。

 誰かが維持しているのかしら?」


 アムリタは木でできた建物に近寄る。

 アムリタは驚く。

 二百年が経過しているので、もっと廃屋のようになっているのを想像していたためだ。

 アムリタは何かの気配を感じて周りを見るが、気配の主は見つからない。


「エリー、誰か隠れていない?」


 アムリタはエリーに訊く。

 エリーは指先から光る文字で空中に文を書きながら、人間はいないようだ、と応える。


「人間以外はいるの?

 なんか怖いわね」


 アムリタは人外のものが周囲にいることを疑い警戒する。


「アムリタ、君は戦士だったんじゃないのか?」


 エリーは薄く笑いながらアムリタに言う。


「もちろんそうよ。

 私が皆を守ってあげる」


 アムリタは腰が引けながらそう言う。


「山小屋は中からしか鍵がかからないので、誰も居なければドアが開くはずよ」


 アムリタはそう言って山小屋のドアを引く。

 キィ、と音がしながらドアはさして抵抗なく開く。

 中は幾つかの木の壁に区切られている。

 ドアの無い部屋が左側に連なり、右側は炊事場になっている。

 炊事場には暖炉を兼ねるかまどがある。

 かまどは薪をくことにより夜間の灯りを兼ねるらしい。

 各部屋には壁側上部に採光を兼ねた換気用の窓がある。


「あら、やっぱり綺麗きれいに維持されているわね。

 誰かしら?」


 アムリタは中をジロリと眺めながら意外そうに言う。

 小屋の中はほこりや砂もなく、床や壁には修復された跡があり、問題無く使えそうだ。


「ラビナを休ませるには問題ないわね」


 アムリタはアルンに言う。

 アルンも、そうだな、と応じる。

 そしてアルンはラビナを抱きかかえ、一番奥の部屋に運び入れ、横にする。

 ラビナは、ありがとう、とアルンに謝辞の声をかける。

 キャリバッグは負荷が軽くなったためか、よたよたとふらついたのち、動作を止める。


「未だ明るいから開けておくよ」


 ジュニアは部屋の上にある換気用の窓を開け、換気する。

 部屋は次第に爽やかな空気で満たされる。

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