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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 最終話 光の谷の記憶 ~The Long-Term Storage in the Shining-Chasm~
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第四章最終話(二十)光の谷の思考機械

「聖地奪還、完了!」


 ラビナは筋肉を誇示するように力こぶを作り、握りこんだ拳を顔の高さに上げる。

 ここは光の谷、巨大なシャイガ・メールの(かたわ)らだ。

 ソニアたちは食屍鬼(しょくしき)の手を借り、光の谷に降り立った。

 その後アルンは補助図形を描き、シャイガ・メールを光の谷に(いざな)った。


「聖地ねぇ」


 ソニアは周囲を見渡す。

 木々は立ち枯れて、地面には草もなく砕かれた岩が散乱している。

 崖には人工的な穴があるものの、あるものは(なか)ば埋まり、比較的状態の良いものでも周囲の岩が欠けている。

 谷の中央にある湖も黒く濁り、(よど)んでいる。

 頻繁に地響きがし、方々(ほうぼう)の崖に落石が発生している。


「なんか荒廃した印象をうけますね」


 パールはアルンの肩の上で(つぶや)く。

 シメントも、コクコク、と(うなず)く。


「単翼の闇蛇が大暴れしていたからな」


 アルンも同意する。


「いいのいいの。

 壊れてしまったものは仕方がないわ。

 形あるものはいつかは壊れるのが定め。

 適当に片付けておけばいいのよ。

 それよりこれで私は女王さまよ」


 ラビナ上機嫌に、おほほほほ、と笑う。

 ミケが、にゃははは、と笑いながら小さく拍手をする。


「今のままじゃ、入るのに一苦労だけどな」


 アルンは憮然(ぶぜん)とした表情で言う。

 そうなのよねぇ、とラビナも同意する。


「だが、ソニアの(げん)では、出るぶんには(せき)は邪魔しないそうだ」


 アルンは続ける。


「え? そうなの?

 なんで知っているの?」


 ラビナはソニアに向き直る。


「うん? ああ、ジャックの記憶にあったから。

 あれでもジャック、人死にが出ないように気を使っているんだよ?」


 ソニアは笑う。

 ラビナは、ふーん? と(つぶや)く。


「あのさ、割り込むようで申し訳ないけれど、光の谷の祭殿ってどこにあるの?」


 テオは催促するように言う。


「ん、そうね、あの洞穴よ。

 行きましょう。

 この調子では動くかどうか怪しいけれど……」


 ソニアは湖の反対側の崖を指さす。

 アルンは背負い袋の中からソニアの背負い袋を取り出し、ソニアに渡す。

 ソニアは礼を言い、背負い袋を背負う。

 そして歩き出す。

 一同ソニアに続く。


「ん? チャトラは?」


 ラビナはミケに訊く。


「なんか大きな蛇を追っかけていったのにゃ。

 あの蛇がこれ以上暴れると、この谷は埋まってしまうのにゃ。

 だからやっつけに行ったのにゃ。

 食屍鬼(しょくしき)の人と一緒なのにゃ」


 ふーん? とラビナは首を(かし)げるが、()して気にするでもなく歩き出す。

 ラビナに付いてゆくように、シャイガ・メールが移動を始める。


 ソニアは崖の下、岩棚の上にある洞穴の前に立つ。

 洞穴の周囲には崩落の跡があり、大小の岩盤が散乱している。


「ここなのかい?」


 テオは(うれ)しそうに訊く。


「ええ、そうよ。

 でも今にも崩れてしまいそうね。

 修理をしてからでないと危険かもしれない」


 ソニアは躊躇(ちゅうちょ)する。


「早く行かないと崩落して思考機械そのものが永久に失われてしまうよ」


 テオは笑みを浮かべてソニアに(ささや)く。

 そして一人、洞穴の中に入ってゆく。


「あ、テオ、ちょっと待って。

 貴方一人で行っても意味ないから」


 ソニアは慌ててテオの(あと)を追う。

 アルンがソニアに続く。


「大丈夫なのにゃ。

 (みんな)が埋まらないように傘をもってゆくのにゃ」


 ミケは平たく大きな岩盤を頭上に差し上げながら付いてゆく。


「傘って……、この岩盤の下敷きにならないのかなあ」


 ソニアは胡散臭(うさんくさ)そうに岩盤を見る。

 テオは皆が追いつくのを待ちながら微笑(ほほえ)んでいる。

 ソニアは背負い袋からアムリタのヘルパーロボットを取り出す。

 ヘルパーロボットは眠そうに眼を(こす)る。

 そしてきょろきょろと周囲を見渡す。


「貴方を光の谷の思考機械に接続するわ。

 悪いけれど思考機械のインターフェース拡張をお願いしたいの」


 ソニアはヘルパーロボットに(ささや)く。

 ヘルパーロボットは少し考える素振りを見せる。

 そして真面目な顔で(うなず)き、ソニアに向かって微笑(ほほえ)む。


「ありがとう、本当にありがとう」


 ソニアはヘルパーロボットを胸に抱きしめる。

 ヘルパーロボットは後頭部を掻きながら笑う。


「じゃ、ちょっと行ってくるわ。

 留守番お願いね」


 ソニアはラビナ、パール、シメントに手を振る。

 そしてアルン、テオ、ミケとともに洞穴の中に消える。


「地響きがしているよ。

 あちこちの洞穴が崩落しているんじゃないのかなぁ?」


 シメントは心配そうに(つぶや)く。


「そうね、ミケが居るから大丈夫だと思うけれど、念のためにチャトラに声をかけておきましょうか。

 悪いけれどチャトラに伝えてくれる?」


 ラビナはパールとシメントに言う。

 地下鼠(ちかねずみ)の姉弟は、こくり、と(うなず)き、消える。


 ソニアは洞穴の階段を進む。

 階段は二人がやっと並んで通れそうな幅しかない。

 一同は足早に階段を降りる。

 周囲は無数のガラスの細管でできた複雑な機械で埋め尽くされている。

 時々の落石が下にあるガラスの機械を割る。

 ミケは岩盤を差し出し、落石から皆の頭上を守る。


 階段は幾層か続き、比較的広い空間に出る。

 地面には無数の樹脂で覆われた線が広がっている。


 ソニアは樹脂被膜線を束ねたコネクタをヘルパーロボットの首の後ろに接続する。


「これはジャックが行った機能拡張の跡よ。

 前回はシャイガ・メールが居なかったの。

 だからジャックは通信に成功していない」


 ソニアは早口で説明する。


「どう? いけそう?」


 ソニアはヘルパーロボットに問う。


『……ここは危険です。

 ここは(じき)に崩落するでしょう。

 一刻も早く、ここから退去してください。

 これは警告です』


 ヘルパーロボットから声が聞こえる。

 男性の声、事務的な口調に聞こえる。


「分かっているわ。

 ここが崩れる前に私はパイパイ・アスラと話がしたい。

 パイパイ・アスラと取り次いでいただくことは可能ですか?」


 ソニアは言う。

 アルンは無表情でソニアの顔を見る。

 テオは期待に満ちた顔で天井を見上げる。


『パイ様と……。

 ああこの波動、幼いシャイガ・メールが居るのですね。

 前のシャイガ・メールは旅立ってしまった。

 試みてみましょう、今なら思念の経路が確立できるかもしれない』


 ヘルパーロボットから聞こえる声は一転して朗らかに聞こえる。

 空洞の天井から岩石が()がれ、落下する。

 岩石はミケの差し出す岩盤の上で跳ねて周囲に散る。


『パイ様、パイ様……、ああ、パイ様。

 お久しぶりです。

 「当初の人格」です、私をお(おぼ)えでしょうか?』


 ヘルパーロボットの声は(うれ)しそうな、切なそうな色を帯びる。


『あら、思念の経路が復活したの?

 エリーとアムリタはうまいことやってくれたのね?

 私が貴方を忘れるわけないじゃない。

 貴方は私たち親子の恩人なんだから』


 ヘルパーロボットから女性の声が聞こえる。


『パイ様、ああパイ様。

 最期にお話しできて良かった。

 私の半身はもうすぐ壊れるでしょう。

 光の谷の思考機械は崩落により壊れ、永久に活動を停止します』


 「当初の人格」は切なそうに言う。


『そう……、とっても残念だわ。

 私は貴方を、貴方たちを忘れない。

 私たち親子は貴方たちへの感謝を忘れない』


 パイパイ・アスラは落ち着いた口調で言う。


『願わくはアウラが風の谷に辿(たど)り着けることを……。

 アウラがサリーやエリフと再会できることを祈っているわ』


 パイパイ・アスラは祈るような口調で「当初の人格」に語りかける。


『それなのですが今――』


「――アウラは地球に到着しているわ!」


 「当初の人格」がしゃべりかけたとき、ソニアが(さえぎ)るように叫ぶ。

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