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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第一章 第二話 風の谷の祭殿(さいでん) ~The Shrine at the Wind Ravine~
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第一章第二話(九)エリーの抗弁

「銃声よ!」


 アムリタは叫ぶ。

 ジュニアとアムリタは銃声を聞き、来た道を引き返す。

 ジュニアのキャリバッグが、わしゃわしゃと二人に続く。


「あの銃声、聞いたことがある。

 ラビナの小銃だ。

 ラビナはジャックを探しているんだ」


 ジュニアはアムリタの言葉を聞きながら走る。

 それにアムリタが続き、ジャックのキャリバッグがついてくる。

 ほどなく走った山道にジュニアのサプリメントロボットが飛び跳ねながらジュニアに向かって手を振っていた。

 山道はジュニア達からみて左側が山肌、右側がやぶ深い崖になっている。

 サプリメントロボットは崖側やや下方向の空中を右手でピシッと指し示す。

 そこには空中に顔だけを出すエリーが居る。


「エリー!」


 ジュニアは空中に居るエリーを呼ぶ。

 エリーは空中から消え、程なくジュニアとアムリタの前に現れる。


「怪我をしているんだね?

 大丈夫かい?」


 ジュニアはエリーのフードを探り、エリーの右手を取る。

 黒い長袖のワンピースが鋭利な刃物で切られたように裂けている。

 その下に見える真白な肌に長さ二十センチ幅二センチほどの異様な黒い肉の塊のようなもので覆われている。


「怪我は問題ない。

 時間はかかるが治る」


 エリーは崖の下を気にするようにうかがう。


「でも痛そうだよ?」


 ジュニアはエリーを気遣う。

 エリーは無言のままジュニアの顔を見返す。


「俺らを守ろうとしてくれたんだね」


 ジュニアは優しく問う。

 エリーはジュニア顔を見返すばかりだ。


「相手を無力化したのだけれど逃げられてしまったんだね?」


 ジュニアは重ねて優しく問う。

 エリーはコクリとうなずく。


「相手の生命いのちが危ないので探しているんだね?」


 ジュニアは幼い迷子に、お家はどこ? とたずねるように訊く。

 ジュニアはなんでそんなことが判るんだろう、アムリタは不思議そうに二人を観察する。


「免疫をいじった。

 このままではやがて死ぬ。

 ここから跳んで逃げた。

 探しているが見つからない」


 崖下を指さしながら、エリーはやや暗い声の調子で応える。

 ジュニアは崖下を見る。

 とてもここから跳ぼうと思う崖ではない。


「サプリ、探して」


 ジュニアはサプリメントロボットに命じる。

 サプリメントロボットは眉尻をキリリとり上げ、右手で敬礼をしたかとおもうと、サッと崖を降りてゆく。

 しばらくガサゴソとやぶが動いたのち、ピーッ! ピーッ! という音が聞こえてくる。

 崖下の左方向かなり下のやぶのほうがガサガサと揺れる。


「あんなに遠くまで移動したのか」


 ジュニアは驚く。

 エリーは既に姿を消している。

 アムリタは崖の下を見て、ラビナはここから跳んだのか、とつぶやいている。

 ジュニアはアムリタの顔を見る。

 アムリタの顔は凄く楽しそうに笑っている。

 アムリタは躊躇ちゅうちょなく崖の何も無い空間に右足を踏み出し、そして崖の下に滑り降りる。

 アムリタは器用に斜面を滑り、やぶを、ひょい、ひょい、と跳び、あっという間に崖の下に降り立つ。


「みんなどうかしている!」


 ジュニアは忌々しそうにつぶやき、崖を降りられそうなところを探し、やぶ伝いに斜面を降りる。

 降りた先には小川があり、そこから少し上流に向かう。

 斜面をやや登った深いやぶにエリーはしゃがみ込んでいる。

 ジュニアのサプリメントロボットがジュニアに、ここだ、というようにピョンピョン飛び跳ねながらアピールをする。

 アムリタも、ここだ、というように手を振る。

 ジュニアはごくろうさん、といってサプリメントロボットの頭をでながらエリーの元までい上る。


「やっぱりラビナよ」


 アムリタが指し示す先には、飴色あめいろの髪をした小柄な女性が熱っぽい顔でうなされながら横たわっている。

 エリーはラビナの服をまくり上げている。

 ラビナの、細い腹と仰向けになってなお豊かな胸が白くあらわになっている。


「どんな状態?」


 ジュニアはやや面食らいながらもエリーに後ろから訊く。


「ジュニア、服をまくっているので見ないでやってくれないか」


 エリーはジュニアに短く言う。

 ジュニアは、あ? ああ、と言ってエリーの後ろにまわり後ろを向く。


「多臓器不全の一歩手前だ。

 補体系の免疫システムが自臓器を攻撃している。

 でも大丈夫。

 助けられる。

 免疫は抑制させているので熱は下がる。

 これからダメージを受けた臓器を修復する」


 エリーは早口で、しかし落ち着いた口調でジュニアに説明する。

 エリーはラビナの腹と鳩尾みぞおちに手をあてる。

 エリーの両手から黒い煙状のものが出てくる。

 ラビナの白い腹から胸にかけて粗い網目状の黒い肉のようなものが浮かび上がり、成長してゆく。

 エリーはラビナから手を放し、暫くラビナの体をさすった後、着衣を元に戻す。


「ジュニア、一旦下まで運びたい。

 ここは足場が悪すぎる。

 右足が折れているので慎重に」


 ジュニアはラビナを抱え上げて肩に担ぐ。

 ジュニアは斜面下の空間がゆがむのを見てそこに足を踏み入れ、空間に消えるが、斜面の下に現れる。

 アムリタは不思議な魔法だなと思いつつ、斜面を自力で下る。

 サプリメントロボットもそれに続き降りてくる。

 ジュニアは川岸にラビナを横たえる。

 自分のマントを脱ぎ、丸めてラビナの頭の下に押し込む。


「左手は炎症反応だ。

 神経系をだましているだけなので直ぐ治せるが後だ。

 右足は脛骨けいこつが折れている。

 継いでおこう」


 エリーはラビナの左足のズボンの裾をまくり上げ、黒い煙状のものが出ている両手でラビナの右のすねを両手でさする。

 ラビナの右足のすねは黒い肉状のもので覆われ、次第に硬く固まってゆく。

 いで、エリーがラビナの左手をさすると、れは簡単にひいていった。


「本当はこのれだけでいうことを聞いて欲しかったわけだね」


 ジュニアはエリーに優しく問いかける。


「そうだ。

 しかしナイフで反撃された。

 完全に無力化しようとして免疫をいじったのだが、崖下に飛び降りて逃げるとは思わなかった」


 エリーは表情を変えず淡々と説明する。

 しかしアムリタにはエリーの全身からかもしだす雰囲気は言い訳する少女のように感じられた。


「崖下にダイブしたほうがましだと思うくらいに怖かったんだね、エリーが」


 ジュニアはエリーを茶化すように言う。

 エリーは無言でジュニアをチラリと見て、直ぐにラビナに視線を戻す。

 アムリタはエリーを怒らせるのは止めたほうが良いのではないだろうかと、ジュニアが心配になる。


「後は全身の擦過傷さっかしょう打撲だぼくだが……。

 額のたんこぶとほお青痣あおあざが可哀想だな。

 そこだけは治すとしよう」


 エリーがラビナの顔をさすると、ラビナの顔に透明で粘液質な液体がにじみ出てくる。

 しばらくさするとたんこぶとあざが目立たなくなる。


「他は放置で良いだろう。

 きりがない。

 熱も下がってきたので免疫は元に戻す」


 エリーがそういって黒い煙のようなものをまとう右手をラビナの首にかざす。

 エリーがラビナの治療を一通り終えたとき、崖の上から男の叫ぶ声が聞こえてくる。


「ラビナー!

 どこだー!」


 男はラビナを探しているようだ。


「あ、アルンの声だ!

 アルーン!

 ラビナはここだよー!」


 アムリタは崖の上に向かって声をかける。

 アムリタは崖を降りられる場所までアルンを誘導する。

 アルンはそこからやぶ伝いに崖下まで下りる。

 アルンは横たわっているラビナを見て驚愕きょうがくする。

 しかし生きていることを確認して安堵あんどの表情を見せる。


 アムリタはジュニアとエリーにアルンを紹介する。


「アルンとラビナはジャックの被害者なんだって。

 なんでも資格をうばわれてしまって困っているとか。

 ジャックが居ないと収集がつかない状態なのでジャックを捕まえて戻らないといけないんだって」


 アムリタは自分でも良く判っていないことをジュニアとエリーに説明する。

 アルンは困った声で、ジャックに会いたいだけなんだけれどね、とつぶやく。


「ジャックに会うために俺たちをつけていたということだね。

 それだけなのにこんな目に合って気の毒だな」


 ジュニアはラビナを見ながら言う。

 ジュニアの言葉にエリーは鋭い視線を向ける。


「小銃を持って後を追ってきて、私に対峙たいじするなり発砲した」


 エリーは黒いフードに穴が開いているところを見せる。


「私でなければ死んでいるところだ。

 こんな敵対行動を取った以上、殺されたとしても文句は言えまい」


 エリーの口調はあくまでも淡々としているが、これはあきらかにジュニアへの抗議であろう。


「判っているよ、エリー。

 そんなに怒らないで」


 ジュニアはエリーをあやすような口調でなだめる。


「いや、すまいない。

 最近のラビナは可哀想な目に会い続けていて、正常な判断ができていないんだ。

 俺らは別にジャックに危害を加えようとしているわけでは無い。

 ラビナも銃を君らに向けるべきでは無かった。

 本人もそれは判っているはずだが……」


 アルンがそう言っているとき、ラビナが目覚める。


「生きている」


 ラビナはそうつぶやき、自分の手足を見る。


「わ! なにこの黒い肉の塊のようなの!」


 左足にある大きな瘡蓋かさぶたのようなものを見て驚き騒ぎ出す。


「怪我が治れば自然にがれる」


 エリーはラビナに言う。

 ラビナはエリーを見て、ひぃ! と叫び、おびえて後ずさりをする。


「同じものが、腹や胸にもある。

 それも治療が終われば自然にがれる。

 傷も残らないはずだ」


 エリーはラビナの態度を無視して言葉を続ける。

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