第四章最終話(七)ツーリング日和(びより)
山間の舗装路を二台のバイク(自動二輪車)が走る。
二台とも同型のオフロードタイプだ。
色違いで赤と黒。
左前の赤いバイクはソニアが乗っている。
その右後ろ、距離をとってアルンが跨る黒いバイクが続く。
二人ともインカム(無線通話機)の付いたジェットタイプのヘルメットを被り、手にはグローブ、両肘両膝にプロテクターをつけている。
ソニアのバイクにはタンクバックが付いて、その上にシメントが乗っている。
アルンは大きなバックパックを背負っていて、その上にパールが乗っている。
道は真新しいアスファルトで舗装されていて、黒々としている。
急拵え感の漂うもので、ガードレールも道路標識もない。
ただ、道の両脇に辛うじてラインペイントが施されている。
景色は渓谷や急峻な山肌を縫う山岳のものである。
コーナーは続くもののそれほど傾斜はなく、トンネルと橋により道は比較的緩やかなものとなっている。
その道をソニアたちはゆっくりと走っている。
速度は時速三十キロを少し超える程度。
「絶好のツーリング日和ね」
ソニアはインカム越しにアルンに語りかける。
「そうだな……、自動二輪車があると、行動範囲が広がるな」
アルンは独り言のように言う。
「あは、気に入った?
でも道なき道を行くには練習が必要になるわよ」
「道なき道は歩いて切り拓くしかないだろう?」
アルンは不思議そうに応える。
「そうでもないのよ、オフローダーなら。
練習次第でどこにでも行けるようになるわ。
でも、ナイ・マイカまでは道が付けられているから大丈夫――!
止まって!」
陽気なソニアの言葉が止まる。
二台のバイクは路上に停止する。
「どうしたんだ?」
アルンはヘルメットを外し、ソニアに訊く。
「魔の荒野のゲートにアムリタとエリーが居るわ」
ソニアは空を見上げながら応える。
「とうとう来たのか……。
どうしている?」
「そうね、誰かと話をしているみたい。
黒い服の人。
それに凄く大きな動物がいる。
多分、アムリタとエリーが乗っていたシャンタク鳥ね」
ソニアは言葉を続ける。
アルンはソニアの言葉の続きを待つように黙る。
「シャンタク鳥って蕃神の遣いだろう?
あの二人って何者なのさ?」
シメントが訊く。
「魔人よ」
ソニアはシメントに向かって笑いながら応える。
ひえー、とシメントは慄く。
「私の友だちよ。
魔人だけれど、悪い奴らじゃないから大丈夫」
ソニアはシメントに笑いかける。
「彼女たちって、ソニアが探しにきたという方たちですよね?」
パールはアルンの肩から訊く。
「うん、まあそう。
金髪のほうの子を殴りにきたのよ」
ソニアはパールを見て笑う。
「お二方、私は見ていないんですよね。
お会いしたかったなあ」
パールは残念そうに呟く。
「まあ、元気そうだったし、途中で目的が変わってしまったしね」
ソニアは優しい笑顔をパールに向ける。
「で、二人はどうしているんだ?」
アルンはソニアに訊く。
「今、ロスト中。
人工衛星の位置が悪いわ。
でも、もう少しでスコープに入るわね」
ソニアは空を見上げながら応える。
「あ、丁度今、飛び立つところね。
シャンタク鳥に乗って旋回している……。
進路は……、サルナト方面ね」
「ふうん、やっぱりか……。
で、どうする?
ここから別行動でもいいぞ?」
アルンは親指で後ろ、来た方向を指して言う。
「そうねえ……。
それにしてもシャンタク鳥って凄く速いのね。
アムリタ、あの鳥に乗りたいから夢幻郷に来たんじゃないかしらね」
ソニアは疑わしそうな顔で呟く。
「確かにアムリタは、ってエリーもだが色々規格外だな……」
アルンは真顔で同意する。
それが可笑しかったのか、ソニアは、あはは、と笑う。
「まあ、そもそもアムリタを殴りに来たんだから、初志貫徹で殴りに行きますか」
ソニアは脱いでいたヘルメットを顔の高さまで持ち上げる。
「あれ?
サルナトの目抜き通り、人が居るよ」
ソニアは驚いたように言う。
「サルナトの街の目抜き通りだろう?
そりゃ、沢山の人が居るんじゃないの?」
シメントは不思議そうにソニアを見上げる。
「シャイガ・メールの居たところか?」
アルンは訊く。
「うんそう。
シャイガ・メールはなぜか人工衛星のカメラには映らないのよ。
でも、ついさっきまではシャイガ・メールの居た所には人が居なかったの。
人の空白地帯になっていた。
でも今は沢山の人が居るわ」
「シャイガ・メールが移動したということ?」
パールがソニアに訊く。
「分からない。
でも今のサルナトにはシャイガ・メールの巨体分ほど、人の空白地帯は無いわ。
多分移動したんじゃない、消えたのよ。
ジュニアが目抜き通りで呆然としているから多分そうなのよ」
ソニアは空を見上げたまま説明する。
「今、シャンタク鳥がジュニアたちの前に降り立ったわ。
これは偶然かしら?」
アルンは腕組をして、さてね、と応える。
「偶然じゃないんだろうなあ。
シャイガ・メールって出現したときに周りの地形を潰すんだよな?
周囲に異常の現れた土地は無いのか?」
アルンはソニアに訊く。
ソニアは、うーん、ちょっと待って、と言いながら目を閉じる。
そして暫く無言が続く。
「……少なくともサルナトの近くには見当たらないわね。
でもその手の探索って、時間がかかるのよ。
全部目視での確認だから……。
正直、分からないわ」
ソニアは見開いた目をアルンに向け、応える。
「すまなかった。
ただこうなると何か事件が発生していると考えたほうがいいな、それも歴史的な。
そして絶対にラビナが絡んでいる」
「そうね、ジュニアとサビ、それにマロンやガストは居るけれど他の面子は見当たらないわね。
シャイガ・メールの上でリュートを弾いていたテオも見当たらないし……。
それじゃ、戻りますか……、――!」
ソニアは軽い口調で言うものの、言葉を詰まらせる。
「ちょっとまって、シャンタク鳥にガストを括りつけているわ?
一体なにをしているのかしら?
アムリタとエリーがシャンタク鳥に乗って空に舞い上がったわ……。
一体なにを?
「上昇しながら旋回している。
方向はこちらよ。
早い! もう肉眼で見える!」
ソニアは体を捻って、後ろを見ながら空を指さす。
快晴、雲一つ無い空にシミのような黒点が浮かぶ。
アルンもバイクに跨ったまま体を捻り、後ろの空を見上げる。
黒点は見る間に大きくなり、シャンタク鳥の黒い巨大な胴体、黒い羽であることが判るようになる。
「ソニー! アルーン!」
シャンタク鳥の上には金色の髪をした少女、アムリタが両手を振っている。
ソニアはバイクを右に傾けアクセルを全開にする。
バイクの後輪は空転したまま滑り、前輪を中心に弧を描く。
シメントはソニアの服に必死にしがみ付く。
バイクはアルンの跨るバイクの丁度後ろにきて止まる。
シャンタク鳥はソニアの目前で大きく羽ばたき、道路の真ん中に舞い降りる。




