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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 最終話 光の谷の記憶 ~The Long-Term Storage in the Shining-Chasm~
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第四章最終話(一)サルナトの新名物

邪魔(じゃま)ね」


 夢幻郷サルナトの街、目抜き通りに横たわるシャイガ・メールを見てラビナは(つぶや)く。

 サルナトの目抜き通りは元々、左右に店が立ち並び、多くの人が往来する場所であった。

 商売人たちは目的の店を自由に梯子(はしご)できていた。

 しかし今ではサルナトの目抜き通りは二つの道に分けられてしまっている。


「確かにね」


 ジュニアはラビナの言葉に同意する。


 サルナトの街に異変が発生し、サルナトの街は一時閉鎖された。

 サルナトは元々災害の可能性が警告されていて、避難訓練も行われていた。

 実際に異変が発生した際も、訓練通りに東サルナトの街に逃れている。

 商売人たちは商売できないことを除けば()したる被害を被っていない。


 サルナトの異変によりサルナトを離れた商売人も居るには居た。

 しかし多くはサルナトでの商売の甘味(うまみ)を手放したくないと考え、東サルナトで酒を飲みながら様子を(うかが)っていた。


 商売人たちの期待通り、サルナトの異変は(わず)か数日で鎮静化し、再びサルナトの街は商売人たちに開放された。

 街が破壊されたという(うわさ)もあったが、建物などは(むし)綺麗(きれい)になっていて、破壊の跡は見て取れない。


 しかし、商売人たちはサルナトの大きな正門を初めて(くぐ)るとき、一様におどろく。

 石灰色(せっかいしょく)の巨大な山がサルナトの目抜き通りを左右に分断しているからだ。

 そして左右のどちらかの道を選び歩いてゆくと、石灰色(せっかいしょく)の山から大小さまざまな昆虫の、もしくは節足動物の足のようなものが生えているのに気づき、再度(おどろ)く。


「なんだあれは?」


 初めて見るものは道行くものに訊き、それがシャイガ・メールという新しいサルナトの住人であることを教わる。

 なんでもサルナトの王は新しい法律を作ったらしい。


 ――サルナトでは、人間、地球猫、地下(ねずみ)、スーン・ハー、言葉のわかるガスト、それにシャイガ・メールは仲良くサルナトの進歩発展に協力しあわなければならない。


 シャイガ・メールとはあのでかいやつのこと。

 そしてスーン・ハーは最近よく見かける緑色の亜人のこと。

 商売人たちは学習する。

 新しい法律を守るのにやぶさかではない。

 商売人たちにとってはシャイガ・メールのほうが新しい法律を守ってくれるのか、そちらのほうを切実に知りたい。


 ――サルナトでの商売は短期で利益確定させるべし


 サルナトの王が決めたルールである。

 サルナトでは、元々店舗は一週間単位でしか貸してもらえない。

 災害が起きた場合の補償は無い。

 代わりに店舗の賃料は格安だ。

 税金も安い。

 商売人たちは異様なビジュアルのシャイガ・メールを見上げて、今まで以上に短期で利益確定させようと心に誓う。


 とはいえシャイガ・メールは大人しい。

 (ほとん)ど動かない。

 ごくゆっくり動くのは数多あまたある脚の地面に接していない部分だけだ。

 その他には巨体の両脇にある幾つかの赤い光点が明滅するが、全体としてはじっと静止している。

 数日経った今でも、危険はないように見える。

 人はどんな状況にでも慣れるものだ。

 危険が無いと思うとシャイガ・メールの(おぞ)ましい姿をあまり気にしなくなる。

 再びサルナトの目抜き通りは数々の店が競うように商売を行い、活気に(あふ)れる。


 しかしシャイガ・メールは大きい。

 その巨体ゆえに場所を(ふさ)ぐ。

 左右の店舗を行き来しなければならない商売人、丁稚(でっち)たちはかなりの距離の迂回(うかい)を強いられ、迷惑する。

 そして思う。

 邪魔だなぁ、と。


 シャイガ・メールの上からリュートの(かな)でるメロディが聞こえる。

 奏者は下からは見えない。

 陽気なメロディがサルナトの目抜き通りに響き渡る。


「結構陳情が多く寄せられているんだよ。

 邪魔だから()けてくれと。

 (みんな)俺があそこに鎮座させていると思っているんだ」


 ジュニアは迷惑そうに(つぶや)く。


「にゃはは、確かにあそこ以外では場所が無いからあそこに置いているのにゃ」


 サビは面白そうに笑う。


「あの場所は偶々(たまたま)だよね?

 天のゲートから降ってきて以来、一ミリだって動いちゃいないよ」


 ジュニアは険しい顔で応える。


「正確には、一ミリも動かせていない、でしょ?」


 ラビナは()ぜ返すように笑う。

 ジュニアはサルナトの街を再び開放する前、地球猫たちに頼みシャイガ・メールを動かそうとした。

 サルナトの異変の際、多数の地球猫がミケの要請によりサルナトに集結していた。

 地球猫たちは力持ちだ。

 例え、シャイガ・メールがどれだけの目方があろうとも、地球猫のチートな能力により移動させることも、光の谷に返すことさえも可能である。

 ジュニアはそう楽観していた。

 しかしシャイガ・メールに比べて地球猫たちは小さい。

 地球猫たちがシャイガ・メールの下に潜り込み、持ち上げようとするとシャイガ・メールの皮が体内に食い込んでゆくだけとなる。

 シャイガ・メールの足を引っ張り上げようとすると周りの皮が伸び、千切れそうになる。

 その(たび)にシャイガ・メールから悲痛な音が聞こえてくるのだ。


 シャイガ・メールの尋常(じんじょう)ではない大きさ、それ故にシャイガ・メールを安全に動かすのは至難である。

 大きな板を持ってこようかにゃ?

 板じゃ折れるにゃ、鉄の棒が良いんじゃないかにゃ?

 地球猫は議論をしだす。

 そのうちに地球猫たちは、光の谷に動かす必要がある派、上で寝ると気持ちいいからこのまま居るほうが良い派、地球猫には関係ない派、などに分かれて議論が迷走する。


「地球猫が議論をすると大体五つくらいに意見が割れてまとまらないのにゃ」


 サビは自慢げに言う。


「ああ、そうだね、見ていて痛感したよ」


 ジュニアの言葉にサビは、にゃはは、と笑う。

 現時点、ジュニアは地球猫たちにシャイガ・メールを移動させてもらうことを(あきら)めている。


「シャイガ・メールの上で昼寝すると気持ちが良いのにゃ。

 柔らかくて、暖かくて、なんか眠くなってくるのにゃ」


 サビは夢見るような表情で言う。

 サビは上で寝ると気持ちが良いからこのまま居るほうが良い派、であるらしい。

 実際、今でも多数の地球猫がシャイガ・メールの上で昼寝をしている。


「シャイガ・メールは人の思念を増幅して伝えるってそれだけなのかな?

 むしろ人の思念を吸収というか摂取しているように見えるんだけれどね。

 人間と共存できる存在ってどういう意味なんだろう?

 なんか近くに居ると眠くなってくる。

 ラビナ、君は何か知らないの?

 シャイガ・メールって光の谷の御神体みたいなものなんだろう?」


 ジュニアは眠そうな顔でラビナに訊く。


「それはそうだけれど、伝え聞いているのとずいぶん形状が違うのよね。

 私が聞いているのはもっと(はる)かに大きくて、動くものではないのよ。

 私は光の谷に入ったことないし……」


 ラビナは自信無さげに応える。


「ふーん? 光の谷の元王女なのに?」


「白状すると王女って立候補制なのよ。

 しかも私たちの女王が眠ったまま君臨し続けていたので王女が女王になった例はここ数百年無いわ」


 ラビナは言いにくそうに応える。


「へえ? でも女王は起きて、ジャックに光の谷を(ゆだ)ねたんだよね?

 光の谷を開放したらラビナは女王になるの?」


「そういうことになるわね。

 でも女王って言っても名前だけよ?

 特に何をするのでもないと思うわ。

 なんていったって、寝続けている人が君臨していたんだから」


 ラビナは笑う。


「何か良く分からない話だね。

 君も上に乗ってみれば何か分かるんじゃないの?」


 ジュニアは茶化すように言う。


「そうねぇ、でもフォルデンの森で追っかけまわされたのがトラウマでね。

 怖いのよ」


 ラビナは傷ついた表情を見せる。


「克服しなくちゃだよ。

 光の谷を取り戻すんだろう?」


 ジュニアは励ますように言う。

 そしてシャイガ・メールの上を向く。


「テオ! ミケ! そろそろお昼にしよう!」


 ジュニアはシャイガ・メールの上に向かって大声で言う。

 シャイガ・メールの上から白地に濃い茶色と鮮やかなオレンジ色の三色に彩られた髪が(のぞ)く。


「ジュニア! 分かったにゃ、すぐに行くにゃ!

 先に行っていて欲しいのにゃ!」


 ミケがシャイガ・メールの上から応える。

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