第四章第三話(五)乾物屋の雇われ店長
――崩壊歴二百二十二年の五月十一日
「パイ様は居られますか?」
日焼けした男がトマスに訊く。
場所はダッカの街、トマスの住む共同住宅の一階部分だ。
店舗用に改装してはいるが現時点、商品は無い。
男は、パイパイ・アスラを訪ねてきたのだ。
男は身長百七十センチ程度、筋肉質で精悍な顔つきをしている。
しかし表情はどこか暗い。
日に焼けて潮の香りがする。
「えーと、失礼ですがどちら様?」
トマスは怪訝な顔をして男に尋ねる。
トマスの足元にいる、くすんだ銀色のヘルパーロボットも怪訝な顔で男を見上げる。
「あ、失礼。
バースモルドの街でパイ様にお仕えしているギルと申します」
男は挨拶をする。
バースモルドは東の海岸付近にある中規模の街だ。
漁と水産物加工が主な産業の街である。
「そしてこっちはノーマです」
ギルは自分の後ろを手で指し示す。
そこには黒髪の女性がいる。
身長百六十センチくらい、意志の強そうな美しい女だ。
ただし、ギル同様、何かに怯えるような表情をしている。
「はい?
パイに仕えているって――」
『――あら、早かったわね、ギル、それにノーマ』
トマスが疑問についてギルに訊こうとしたとき、奥の部屋に居たパイパイ・アスラの部分が出てきてギルたちを迎える。
パイパイ・アスラの部分は身長百六十センチくらい。
ロングスカートにぶかぶかのローブを羽織り、体のどの部分も見えない。
パイパイ・アスラの後ろにはインターフェースもいる。
全身を服で隠すパイパイ・アスラの部分を見て、ギルとノーマは明らかに怯えたような表情となる。
『この方たちは、乾物を卸してくれる問屋なの。
ギルとノーマ。
バースモルドの街を本拠地にしているのだけれど、私たちを手伝ってくれるわ』
パイパイ・アスラは二人を紹介する。
ギルとノーマは暗い表情でトマスを見る。
『そして、彼が私の旦那様、トマスよ』
パイパイ・アスラはトマスを二人に紹介する。
パイパイ・アスラの部分はトマスの腕をとり抱きしめる。
トマスは、緩んだ表情で笑う。
ギルとノーマはマジマジとトマスを見る。
「わー、パイに協力者ができたって、それは喜ばしい。
ギル、ノーマ、よろしくね。
僕のことはトマスで良いよ。
妻はこの街に来て未だ日が浅いんだ。
仲良くしてあげて欲しい」
トマスは屈託がない笑顔で二人に言う。
ギルは、は、はぁ、と曖昧に返す。
ノーマは無言で頷く。
『ギルは物流の責任者で、バースモルドとの往復になるのだけれど、ノーマは住み込みの店主として働いてくれるのよ』
パイパイ・アスラはなんでもないことのように言う。
「へえ? それは凄い。
よろしくお願いします。
じゃ、二人の部屋を準備しなくちゃいけないね。
幾つか候補の部屋があるから見ていってよ」
トマスはノーマに笑いかける。
『あ、それじゃノーマに部屋を選んでもらってちょうだい。
私はギルと商品を運ぶわ』
パイパイ・アスラの部分はギルを伴い、外に向かう。
「それじゃ、行こう。
上だよ」
トマスは内廊下にある階段を上る。
手には鍵の束を持っている。
パイパイ・アスラのインターフェースがトマスを支えるように付き従う。
ノーマは、は、はぁ、と溜息のような返事をしつつも、トマスについてくる。
さらにその後ろをヘルパーロボットが続く。
「そうかー、なんか嬉しいな。
バースモルドで、パイは皆さんと仲良くしてもらっているんだね」
トマスは嬉しそうに言う。
ノーマは、はぁ、と応える。
「乾物屋、どうやって始めようかと悩んでいたんだけれど……。
問屋さんの伝手もあるみたいだし、専門家の店主まで雇えるなんてもう成功したようなものだね」
トマスは二階を先導しながら言う。
パイパイ・アスラのインターフェースも目を細めて、コクコク、と頷く。
「ここは四階建てで、三階と四階は僕ら夫婦が使っているんだ。
一階は店舗と倉庫の予定。
二階は未だ全区画が空いているから好きな部屋を選んでもらって良いよ。
両端の部屋が、窓が多くてお勧めかな?」
トマスは左端の部屋の扉を開く。
玄関があり、その奥に広い居間がある。
窓から明かりが射し込み居間は明るい。
居間の奥にいくつかの部屋があるようだ。
「水回り、火も使えるから。
バス、トイレもすぐに使える。
寝室には造り付けのベッドがあるから、今からでも生活を始められるよ」
トマスは一番奥の部屋のドアを開き、こでどう? とにこやかに笑う。
「はぁ、じゃあ、こ、ここで」
ノーマは応える。
「うん、じゃその隣はギルに使ってもらおう。
鍵を渡しておくから。
なにか問題があれば遠慮なく言ってね」
トマスは鍵の束から鍵を二つ取り出してノーマに手渡す。
「はい、有難うございます……。
と、ところで、この方は?」
ノーマはパイパイ・アスラのインターフェースを見てトマスに訊く。
「え? ああ、パイのインターフェースだよ。
パイの一部」
トマスは嬉しそうに応える。
パイパイ・アスラのインターフェースは可愛らしく微笑む。
ノーマは、ギョッとした表情を見せ、黙る。
トマスとパイパイ・アスラのインターフェース、ノーマは階下に降りる。
そこに両手一杯に荷物を抱えたパイパイ・アスラの部分が帰ってくる。
ギルも荷物を抱えている。
『見て、トマス!
バースモルドの乾物よ。
鰹に鰺に鰯、鰊に鰆。
貝柱に烏賊、蛸もあるわ。
どれも美味しいわよ』
「よかったね、パイ。
これで魚、食べ放題だね」
トマスは両手を上げて喜ぶ。
『だから、トマス。
私、そんなに食いしん坊ではないんだってば。
これはお店の商品よ?
そりゃ、少しは私も頂くけれど』
パイパイ・アスラは抗議する。
「じゃ、早速商品を陳列しようか?」
トマスは陽気に言う。
「ちょ、ちょっと待ってください」
ノーマがトマスを遮る。
「ここ、人通りが無くて最初はお客を呼び込めません。
目抜き通りのテントの店舗を確保しましょう。
そこで商品を並べて、客を掴むのです。
固定客がつけば、この店まで客を呼び込むことができます」
ノーマは言う。
「なるほど! さすがプロだね。
いい人に来てもらったね、パイ!」
トマスは感心する。
パイパイ・アスラのインターフェースも微笑み、頷く。
「そ、それでは早速、商店会に交渉してきます」
ノーマは慌ただしく出ていこうとする。
『あ、私も行くわ』
パイパイ・アスラの部分が後を追おうとする。
ノーマは、ひぃ、と怯えた表情をする。
「パイ、お任せしようよ。
ヘルパーロボットをお供に付けるよ。
ヘルパ、ノーマを商店会の人たちの所に案内してあげて」
トマスは、パイパイ・アスラを押し止める。
ヘルパーロボットは、うんうん、というように頷く。
ノーマはヘルパーロボットを伴って、通りに出ていく。
「はぁ」
店から十分離れた所で、ノーマは深い溜息をつく。
ヘルパーロボットはノーマの足をスカート越しに、ポンポン、と叩く。
そしてノーマを見上げながら首をコクコクと縦に振る。
まるで、お気の毒さま、と言うように。




