第四章第三話(一)結婚の報告
――崩壊歴二百二十二年の五月四日午前十時半
「ブラウン先生!
聞いて下さい!
僕、結婚したんですよ!」
ブラウンの診察室、トマスはブラウンの顔を見るが早いか、挨拶もそっち退けで大声で報告する。
誇らしそうだ。
トマスは二週間ぶりに診察を受けに、ブラウンンの診療所に来ている。
「へえぇ?
それは本当におめでとう」
ブラウンは面食らった表情で、辛うじてそう返す。
「えへへへ、有難うございます!」
トマスは嬉しそうに、照れるように言う。
「この前、言っていた遠距離恋愛の彼女?」
ブラウンは余裕のある表情に戻る。
「そうです、そうです」
「遠距離婚とか?」
「最初の三日はそうだったんですけどね、もう一緒に暮らしているんですよ!
今も待合室で待っていてくれているんですよ!」
トマスはニコニコ笑いながら言う。
「ええ? 本当かい?
それは素晴らしい!
えっとね、診察の時、奥さんと一緒に来てもらって全然構わないからね。
家族への説明も、必要ならするよ」
ブラウンは満面の笑みを浮かべながら言う。
「前回、彼女さんの住んでいる所を探すって言っていたことから考えると電撃展開だね」
ブラウンは、そう言いながらもトマスに上半身の着衣を脱ぐように促す。
「あははは、いやー頑張りましたよ!」
「いや、実際のところ、どうやれば、たった二週間で遠距離恋愛の彼女に結婚を承諾させて、同居するところまでもっていけるのか極意を聞きたいものだね」
ブラウンは真顔でトマスに囁く。
「いやもう、必死で思いの丈を告げました!」
トマスは上半身裸のまま、右手で頭の後ろを掻く。
「そうかぁ……、やっぱり情熱的な男が勝利を勝ち取るんだなぁ。
君は恋の勝利者だねぇ」
ブラウンは感慨深げに呟く。
トマスは、勝利者かぁ、と嬉しそうに復唱する。
「いや、ごめんごめん。
あまりにもドラマチックな話だったから、私としたことがえらく個人的なことを聞いてしまった。
で、体調のほうはどうなの?
何か変わったこことはあるかな?」
ブラウンは聴診器をあてながら、本来最初にするべき質問を改めてする。
「あ、はい。
前回とあまり変わりは無いです。
相変わらず握力が無くて、長時間立っているのが辛いくらいです」
トマスの答えを聞きながら、ブラウンはカルテに書き込んでゆく。
「うんうん。
今回は二週間だからね。
そうそう変わってもらっては困る。
でも、体調の変化は細目に記録しておいたほうが良いよ」
「はい、そうします」
トマスは服を着ながら応える。
「この後、またアイスナー先生の検査だ。
そのあともう一度ここね」
「判りました」
トマスは一礼をしてブラウンの診療室を出て待合室に出る。
待合室には十数人の患者とその付き添いのものが待っている。
隅の席に銀髪の少女が座っている。
パイパイ・アスラのインターフェースだ。
パイパイ・アスラのインターフェースはベージュのワンピースを着ている。
長い銀色の髪とあわせて清楚な印象を与える。
パイパイ・アスラのインターフェースはトマスの姿を見ると小さく手を上げて、ニコリとトマスに微笑みかける。
「パイ!
待たせてごめん。
診察、半日仕事になるんだ」
トマスはパイパイ・アスラのインターフェースに声をかけて隣に座る。
『別に気にしなくて良いのよ』
パイパイ・アスラはそう言って首を軽く傾げる。
「次はアイスナー先生の診察で、それが終わってからもう一度ブラウン先生の診察。
さらにそれが終わってから薬の処方があって、お金を払ってお終いになるんだよ」
『大変だけれど、良くなるためには頑張らなくっちゃね』
パイパイ・アスラはトマスを元気付けるように言う。
パイパイ・アスラのインターフェースの口も、それに合わせるように動く。
傍から見れば小声で会話しているように見える。
違和感はここ数日でまったく無くなった。
ブラウンの診察室から白衣を着た背の高い男が慌ただしく出てくる。
ブラウン本人だ。
ブラウンは、周囲を見渡し、トマスを見つけるとニヤリと笑う。
そしてトマスに向かって歩いてくる。
満面の笑みだ。
「やあ、トマス。
奥さんに挨拶に来たよ。
これは奥さん、ご結婚おめでとうございます。
トマスの担当医のブラウンです。
トマスにも言いましたが、診察、一緒に聴かれて構いませんから」
ブラウンは、はっはっはっ、と笑い、二言三言パイパイ・アスラのインターフェースに挨拶を行い、去っていく。
周囲では年配の女性たちが、あれ、絶対に興味津々で我慢できなくなって見にきたんだよね、と囁きあっている。
そんな女性たちに、パイパイ・アスラのインターフェースはにこやかな笑顔を振りまく。
『陽気なかたね』
自分の診療室に去ってゆくブラウンを見ながら、パイパイ・アスラは感想を述べる。
「ブラウン先生はとても気さくな方なんだ。
忙しいんだけれど余裕を失なわず、適切な治療を行うところが患者の信頼を得ているんだ。
立派な人だと思うね」
トマスの言葉に、パイパイ・アスラのインターフェースは、うんうん、と頷く。
「次に診察するアイスナー先生も凄いんだよ。
検査するんだけれど、アイスナー先生の検査を受けると、なんか体が軽くなるんだよね。
凄く不思議な雰囲気を持つ先生なんだ。
次の診察、一緒に来るかい?」
トマスはパイパイ・アスラを誘う。
『そうね、トマス。
でも診察、一緒で構わないと仰ったのはブラウン先生なのでしょう?
アイスナー先生に、妻を同伴して構わないか訊いてもらえるかしら?
もし良いのなら、次回から一緒に話を聴かせてもらうわ』
パイパイ・アスラは至極常識的な返答をする。
「ブラウン先生が良いと言ったのだからアイスナー先生もダメとは言わないと思うんだけれどね。
でも、分った、パイの言っていることのほうが道理として正しいと思うし、アイスナー先生に訊いてみるよ」
トマスはそれ以上は無理に誘わない。
しばらく後に女性看護師がトマスを呼ぶ。
トマスはパイパイ・アスラのインターフェースに軽く手を振り、アイスナーの診療室に向かう。
パイパイ・アスラのインターフェースも小さく手を振り、見送る。




