表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第一章 第二話 風の谷の祭殿(さいでん) ~The Shrine at the Wind Ravine~
16/268

第一章第二話(六)高いところが好き

 ――崩壊歴六百三十四年の五月十四日十時


 アムリタとジュニア、エリーの三人は山を沢伝いに歩いている。


「アムリタはこの道、詳しいんだよね?」


 ジュニアはアムリタに問いかける。

 ジュニアは大きなキャリバッグを背負っている。


「うんうん、まかせて」


 アムリタは布袋を背負い、先頭を鼻歌()じりに歩きながら応える。


「沢の流れとか、随分変わって面影が無いけれど、方向的には合っているはずよ」


「面影が無いんだ……」


 ジュニアは、大丈夫かな、と心配そうにつぶやきながらもアムリタに続く。

 その後ろにエリーもついてゆく。

 エリーは黒いえり付きのワンピースの上に黒いローブのフードを深く頭から被り、アムリタ同様布袋を背負っている。

 エリーは歩きながら右手の人差し指で空中に文字を描いてゆく。

 その文字は一瞬銀色に光り、文章らしきものをつづるがすぐに消える。

 エリーはなにか魔法の修行でもしているかのようである。


「大丈夫、山の形は変わっていないから」


 アムリタは朗らかに言い、先へと進む。

 目指すは風の谷、二千五百メートル級の山系の中。

 山々の間の標高千六百メートル付近の渓谷である。


「前は道が有ったのだけど鉄砲水とかで道らしい道が消えてしまったようね。

 この勾配を上ると、山道に出られるはずよ」


 アムリタは気軽に言っているが、三人は勾配と言うには急過ぎる斜面を登る。

 アムリタとエリーも大きな背負い袋を持っているが、ジュニアのキャリバッグは一際ひときわ大きいので大変そうだ。


「ほら、山道に出たでしょう?

 って、荒れているわね」


 三人は右側が山、左側が谷となっている斜面の山道に登りつく。

 アムリタの記憶にある風景からはずいぶん荒れ果てているらしい。


「最近では、誰もここを通っていないのかなぁ」


 アムリタは少し寂しそうである。


「ところで、ジュニアの荷物ってやたら大きいのね。

 それって重いの?」


 アムリタは気の毒そうにジュニアにたずねる。


「見かけほど重くないよ。

 十五キロくらいかな?」


 ジュニアは応える。


「十五キロ!

 流石さすが山の男ね」


 アムリタはあきれる。

 なんでそんなに荷物が要るのだろう?

 自分の荷物と見比べてアムリタは不思議に思う。


「代わろうか?」


 エリーは殊勝にもそう申し出る。


「ありがとう。

 でもいいよ。

 この道なら自走できるから」


 ジュニアはそう言って、キャリバッグを地面に置く。

 するとキャリバッグの四つの角の垂直辺の金属棒がキャリバッグから分離する。

 カバンの下側四隅(よすみ)をそれぞれの関節に金属棒が上側に伸びる。

 キャリバッグの高さにあったそれぞれの関節で折れ曲がった金属棒が今度は下側に伸びる脚となって四本脚で自立する。


 キャリバッグは四本の足でわしゃわしゃと三人を先導して歩き出す。


「わ、凄い、なにこれ?」


 アムリタは驚き追いかける。


「自走キャリアだよ。

 二人ともキャリアの上に荷物を置くと楽ができるよ」


 ジュニアは不機嫌そうな顔で穏やかに言う。


「おお!

 ではお言葉に甘えて」


 アムリタは自分の荷物をジュニアのキャリバッグの上に置く。

 キャリバッグはしばらくヨタヨタと左右にぶれる。

 だがそのうち安定して歩き出す。

 エリーは荷物を背負ったままである。

 キャリバッグに預けるつもりはないようだ。


「これは魔法なの?」


 アムリタはジュニアにたずねる。


「単なる機械さ。

 僕に魔法は使えない」


 ジュニアはそう応えるが、アムリタには魔法にしか見えない。


「高度に発達した科学文明は魔法と見分けがつかないという例のアレね」


 アムリタは感心してうなる。


「アレなんかに比べると全然魔法じゃないだろう?」


 ジュニアは左側に開けた下界のさらにはるか向こうの山里の上を指さす。

 指し示す指の先にはスッと定規で縦に引いたように見える一本の細い光の筋が見える。


天垂てんすいの糸ね。

 なんでも宇宙から垂れ下がっていると言われている」


 アムリタは目を細めながらかすかに見える垂直の線を見る。


「そう、天垂てんすいの糸。

 今日は条件が良いから珍しく光って見えるね。

 あれは古代文明の遺跡の一つで別名静止衛星軌道エレベータという。

 宇宙に行くためのロープさ。

 今の技術ではあれを作ることはできない。

 失った古代科学文明はまさに魔法だよ」


 ジュニアは歩みを止めて感慨深げにアムリタに語りかける。


「へぇ、あれ宇宙に行けるんだ。

 行ってみたいなぁ」


 アムリタはポケッと口を空けながら憧れの目ではるか彼方の天垂てんすいの糸を見る。


「そうだな、私も行きたい」


 エリーも無表情につぶやく。


「二人とも冒険者だね」


 ジュニアは優しい口調でつぶやく。

 三人とも足を止め、風景を見ている。


「魔法と言えば、アレもそうだね」


 ジュニアは、今度はやや東の方向遠くを指さす。

 その先には直角の角を天に向けた薄く灰色に見える直角二等辺三角形がある。


「超高層ピラミッドね」


 アムリタははるか遠く山に見えるそのなにかを見ながら応える。


「あれが人工建造物というのは脅威以外のなにものでもない。

 直径二万四千メートル、高さ一万二千メートルの円錐えんすい状の多目的ビルディング。

 多くの場所からの風景眺望(ちょうぼう)を変えてしまったアレを、設計するだけならともかく、実際に作ってしまった文明はやっぱり滅びるべくして滅んだんだろうなぁ」


 ジュニアは悪態をついているようで、口調は尊敬してやまないといった感じである。


「一万二千メートル。

 そんなに高いんだ。

 登ってみたいなぁ」


 アムリタはまたも、ポケッと口をあけ、あこがれの目で超高層ピラミッドをながめる。


「アムリタ、君は本当に高い所が好きなんだね」


 ジュニアはあきれながら笑う。


「標高一万二千メートルの世界は、気温零下七十度、酸素分圧は地上の四分の一という極限状態なんだ。

 耐寒服と酸素ボンベ無しでは人間は生きていけない。

 でも、人が作ったものだから登れないわけではないんだろうね」


 ジュニアも標高一万二千メートルの世界がまんざら嫌いであるわけではないようだ。

 それよりも、とジュニアは続ける。


「やはり天垂てんすいの糸のほうが凄い。

 天垂てんすいの糸の先、赤道から垂直に高さ約三万六千キロメートルにある静止衛星軌道に空中庭園、大きな居住区、スペースコロニーと呼んで良い人工衛星がある。


「その先約一万キロメートルにバランサーがある。

 バランサーが遠心力で地球から離れようとする力と天垂てんすいの糸が地球に落ちてこようとする重力が釣り合いを保っているんだ。


「バランサーは逆さまになった大きなクラゲのような形をしているんだよ。

 無数の巻取まきとり式のロープと巨大な分銅ふんどうがあって長さを調節することにより常に空中庭園が静止衛星軌道に留まるように自動調整されているらしい。


天垂てんすいの糸は地球の遠心力でブンブンと振り回されて、ピンと伸びている一本のひもなんだよ。

 このひもは軽くて強靭きょうじんでしなやかでなければならない。


「単層カーボンナノチューブの繊維せんいと複層カーボンナノチューブの繊維せんいで編んだリボンが芯素材。

 それを超々高分子量ポリエチレンで固め、ハニカム構造の中空成形素材としている。

 比重ゼロコンマゼロゼロゼロゼロ一以下という超軽量、超強度の構造材だ。


「そんな謎構造材を作り出す古代文明とはやはり滅びてしかるべきだね。

 今となってはどうやって作ったかなんて皆目判らない」


 ジュニアは尊敬してやまない古代文明に関してうれしそうに語る。


「ジャックは昔空中庭園に仲間とともに行ったことがあるんだって。

 そこからポンポンポンと十六の人工衛星を低周回衛星軌道に放り込んだそうだよ。

 アムリタ、君が話してくれたジャックの光の筋の出どころさ。

 ジャックの最大の切り札」


 ジュニアはアムリタを見ながら笑う。

 アムリタはフォルデンの森に降り注いだ光の筋を思い出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
作者の方へ
執筆環境を題材にしたエッセイです
お楽しみいただけるかと存じます
ツールの話をしよう
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ