第四章第二話(三)四百年前のラブソング
エリーとアムリタは空間を超え、扉の反対側に立つ。
扉は開けられていないままだ。
アムリタはランプを高く持ち上げ、周囲を照らす。
空気は淀んでいるが息苦しいということはない。
「疲れた」
エリーは本当に疲れたように呟く。
アムリタは、あははは、と吹き出す。
「口調、戻してしまうの?
このまま続けていれば慣れると思うわよ?」
アムリタは励ますように言う。
「外に出たらまた頑張るよ。
暫くは休憩」
エリーは弱々しく応える。
「ところで、換気は大丈夫?」
アムリタは微笑みながら話題を変える。
「大丈夫だ。
少しずつ空気が循環するようになっている」
エリーは空中に文章を綴りながら応える。
中は廊下を挟み、左右に幾つかの部屋がある。
廊下の隅にくすんだ銀色の筒が立っている。
さほど大きくはない。
アムリタはランプを近づける。
「どこかで見たような造形ね」
アムリタの膝丈くらいの高さだ。
筒の上部には半球状のドームが付いていて、地面に付いた下部からは投げ出すように二本の足が伸びている。
筒の左右の上部からはそれぞれ腕のようなものがダラリと伸びている。
ジュニアのサプリメントロボットや、ジャックのサポートロボットと似ている。
しかし動きを止めているように見える。
アムリタは右手の人差し指で銀色のロボットを軽く突く。
――ンンー……
音にならないような音がして銀色のロボットが動く。
上部に付いていた半球状のドームの顔が眠そうな表情になる。
そしてアムリタを見上げる。
優しく懐かしそうに笑ったように見えた。
しかし直ぐに表情は眠そうになり、目を瞑る。
銀色のロボットは再び動かなくなる。
「あら、今のかなり可愛かったわ。
もしもーし。
朝よ、起きて!」
アムリタは銀色のロボットを振る。
銀色のロボットはされるがままにブラブラと手足を揺らす。
「燃料棒切れじゃないのか?」
「そうねぇ、ロボット用の燃料棒は持ってきていないわね」
アムリタは残念そうに銀色のロボットを左手で胸に抱く。
エリーは先に進んでゆく。
左側には部屋が一つあり比較的広い。
何かの工作室のように見える。
旋盤や裁断機、よく分からない工作機械が壁際に並ぶ。
エリーはそれらを気にすること無く奥へと進む。
そして棚の並べられている棒を手に取る。
「これって燃料棒?」
アムリタはエリーが手に持っているものを見て呟く。
「使えるかどうか判らないが」
エリーはアムリタに燃料棒を差しだす。
アムリタはランプと銀色のロボットを作業台の上に置き、燃料棒を受け取る。
そして銀色のロボットの背中の蓋を開ける。
燃料棒の一つを引き抜き、手に持つ燃料棒と交換する。
――ンンー……
銀色のロボットは目を開ける。
そしてアムリタを見る。
次いでエリーを見る。
銀色のロボットは優しい笑顔を作る。
「君はなんて可愛らしいの!」
アムリタは銀色のロボットを胸に抱きしめる。
銀色のロボットはアムリタの胸の上からアムリタを見上げ、嬉しそうに笑い、腕でアムリタを抱きしめようとする。
「このロボットは随分と君に懐いているな」
エリーは呟く。
銀色のロボットは声をかけるエリーに顔を向け、同じように優しく微笑む。
「私にだけでなく、随分と愛想の良い子ね」
アムリタは銀色のロボットを地面に降ろす。
銀色のロボットはアムリタの足を愛おしそうに抱きしめる。
暫くの後、今度はエリーの足元にトコトコと歩み寄りエリーの足を同様に抱きしめる。
「歓迎されているのかしら?」
「さあ?
確かに愛想良しだな」
銀色のロボットはエリーの足を名残惜しそうに離すと、トコトコと部屋の出口に向かう。
エリーとアムリタはランプを持ち、銀色のロボットを追う。
銀色のロボットは廊下突き当り右の部屋にエリーとアムリタを誘う。
部屋には壁に面した大きな一人がけの机と本棚がある。
「なにこの部屋?」
「執務室のような部屋だな」
エリーは机の上に散乱している書類を見る。
書類は茶色く変色し所々シミが浮いている。
エリーは天井に図形を描く。
図形は銀色の光となって部屋を照らす。
アムリタは、ま、便利ね、と言ってランプを棚に置く。
エリーは机の上の書類を順番に眺めてゆく。
アムリタもエリーが見終わった書類を眺める。
しかし複雑な図形、読めない文章はアムリタには理解できない。
アムリタは書類を束ねていく。
「これはジュニアが好きそうな図面だな」
エリーは一山の書類に目を通し終わり呟く。
「図面?
何の図面なのかしら?」
「双子の塔の図面だよ。
双子の塔は……、ん?」
エリーは図面の下の書類を見て言葉を止める。
「どうしたの?」
アムリタは怪訝そうに訊く。
「楽譜だ。
この曲は知っている」
アムリタはエリーの見ている書類を覗き込む。
確かに手書きの五線譜に音符が書かれていて楽譜だ。
そこにはアムリタにも読める言葉で表題が書かれている。
「『お嫁に来てくれるよね』という曲?
歌詞も書かれているようね。
『幾千ものチャネルの中に、僕は君の歌を見つけた』ってこれ、ラブソングかしら?」
アムリタはエリーのほうを向き、訊く。
「この歌はフォルデンの森、シャイガ・メールの世界でパイが歌っていたものだ。
少しアレンジが違うがメロディは同じ。
トマス・シャルマの署名がある。
他の図面にもトマス・シャルマの名があるな」
「トマスって、パイの旦那さん?」
「多分そうだ」
エリーは背負袋からフルートを取り出す。
エリーはフルートを左に構え、メロディを吹く。
弾き終わった後、エリーは再び冒頭に戻り、今度は伴奏を演奏する。
アムリタはそれに合わせて歌う。
銀色のロボットはうっとりしたような表情で二人の演奏を聴く。
「アムリタは良い声をしている。
歌手だったのか?」
エリーは意外そうにアムリタに訊く。
「祭りとかの時に少しね。
歌って踊れる剣士兼巫女を目指していたわ」
アムリタは冗談めかして応える。
エリーは、踊れるんだ、と感心したように言う。
「この曲を作ったのがパイの旦那さんで他の書類にも署名があるなら、ここはパイの旦那さんの?」
「ああ、恐らくそうだ。
そして、双子の塔は恒星船だったらしい」
「恒星船?」
「宇宙ロケットだ。
比較的長距離、人を乗せて飛ぶ目的の」
「宇宙ロケット!」
エリーの説明を受けて、アムリタは憧憬の表情を浮かべる。
「うん?
宇宙ロケットが好きなのか?
好きなんだろうなあ。
トマスは二隻の恒星船を修理改造していたらしい」
「パイの故郷に帰るためによね?」
「そうなんだろうな。
恒星船の図面の最終日付は二百二十二年の十月二日。
さっきの曲が作曲されたのが同年の四月二十二日だからほぼ同時期だ」
「二百二十二年って言えば四百十二年前……。
目的地はどこ?」
「プルケリマとある。
うしかい座イプシロン星イザルの別名らしい。
プルケリマは連星になっていて、暗い青いほうの恒星を周る惑星が目的地。
距離約六十二パーセクというからだいたい光の速度で二百年かかる距離だ」
「ふうん?
光の速度で二百年って言われてもまったくピンとこないわ」
「そうだな、私にも二百光年の距離は実感が沸かない」
「トマスは本当にそんな遠い所に行ったのかしら?」
「うーん、どうだろう?
この図面を書いているときは確かに二本の恒星船があったようだな。
しかし二百年前の段階で一つ無くなくなっているとしたら、残る一つは四百十二年前から二百年まえの間に誰かが飛ばしたんだろう」
「トマスが飛ばした?」
「そう考えるのが自然だ。
だが、この船がプルケリマに辿り着いたとは思えない」
エリーは腕組をして言う。




