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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第一章 第二話 風の谷の祭殿(さいでん) ~The Shrine at the Wind Ravine~
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第一章第二話(五)少女と蜘蛛の怪

 片付けが終わった後、エリーはアムリタに店の中を説明する。


「我々の部屋は二階だ」


 エリーは、寝起きする場所だが、と言いながら階段を上がる。

 アムリタも階段をエリーに続き付いていく。

 二階はかなり広めの一室になっている。


 部屋の端に階段があり、ベッドが階段の反対側に一つ、階段の隣に一つ、階段から見て右側の窓の下に一つ計三つある。

 左側に本棚、部屋の中央には四人掛けができそうなテーブルがある。

 ただし椅子は一脚しかない。

 本棚には本が詰め込まれていて、本棚の上には奇妙な木彫りの人形が並んでいる。

 部屋の隅には大きな布袋がいくつかまとめられていてあまり生活感が感じられない。


「あのベッドは私が使っているものだ。

 一応奥のベッドを準備しておいたが、好きなベッドを選んでもらって構わない」


 エリーは自分のベッドとして机の横、本棚の反対側のベッドを指さす。

 続いてアムリタ用にと一番奥のベッドを指さす。


「椅子はキッチンから一脚上げよう。

 残念ながらクローゼットは無いのだよ。

 一応ハンガーを買っておいた。

 必要ならば使ってくれ」


 エリーは淡々と説明する。

 アムリタは有難うと言いながら、奥のベッド付近に自分の買ったばかりの荷物を置く。

 この状態で既にエリーの荷物よりも多い。


「この本はエリーのものなの?」


 アムリタは本棚を指差し尋ねる。


「そうだ。

 おかあさんの蔵書の一部だ。

 ここにある大部分が人体に関するものだ。

 おかあさんは偉大な医者でもあるのだ」


 エリーは淡々と能弁に応える。

 アムリタはエリーがおかあさんについて語るとき多弁になることに気付く。


「エリーもお医者さんを目指しているの?」


「目指すというか私も医者だ。

 自称ではあるがね。

 ただし、治すより壊すほうが得意だ」


 エリーは物騒なことを言う。


「今は信用してもらえないだろうが、いつかは君の健康も管理させて欲しい」


 エリーのその申し出に、アムリタは、そうその時はよろしくね、と愛想笑いで応える。

 アムリタはエリーの言うとおり、今は医者としてのエリーを全く信用できずにいる。

 アムリタは話題をエリーのおかあさんに戻す。


「エリーのお母さまは多芸多才なのね」


「そう、そのとおり。

 おかあさんは大魔法使いであり、医者であり、薬剤師であり、教師であり、学者であり、画家であり、彫刻家であり、建築家であり、作曲家であり、作詞家であり、演奏家であり、楽器製作者でもある。

 その全てが高い次元にある」


 淡々とした感情が感じられない口調ではあるが言っていることは母親自慢以外のなにものでもない。

 アムリタはそんなエリーが可愛らしく感じて笑う。


「そうだ、おかあさんがいた絵がある。

 見せよう」


 エリーは布袋の中から、古い分厚い一枚の動物の革で表紙と背表紙を構成した本を取り出す。

 その本は背表紙から表に本の開きが革のベルトで閉じられている。

 それはスケッチブックにも画集にも見えず、なにか禍々しい雰囲気をかもしだす古書のようだ。


 エリーは表紙をめくってアムリタに差し出す。

 そこには複数のページを白い顔料で塗り固めて作った下地に木炭で描いたと思われる男女の写実的な肖像が描かれている。

 木炭は定着剤で表面処理されているようで特に乱れた様子は無い。

 たしかに自慢するだけあって、その絵は素人離れした繊細なタッチで鮮やかに人物を写実的に描き上げている。


「これはエリーのおとうさんとおかあさん?」


「そう、私の産みの父と母だ。

 おかあさんは私の育ての母なのだ。

 実の父は私が生まれる前に亡くなっていて、産みの母も私を生んでまもなく……行方が分からなくなったらしい。

 おかあさんは産みの母の友人で私を引き取って育ててくれたのだ」


 エリーは相変わらず淡々と感情を感じさせない口調で語る。

 エリーの話の内容がわりと壮絶なので、アムリタは黙ってうなずくだけとなる。


「この絵は、私に父母の記録を残そうとしておかあさんがいてくれたものだ」


 エリーはページをめくる。

 複数のページを白い顔料で塗り固めた下地に描かれた木炭画が続く。

 二枚目以降は主に母親らしき女性の写実的な絵が描かれていて、女性の多様な表情がリアルに浮かび上がっている。


「エリーはおかあさま似なのね。

 凄く生きいきとした絵だわ。

 確かにエリーのおかあさんは画家としても一流ね」


 アムリタは感心しながら絵を眺める。

 ページを進めると画風は一転してデフォルメされた童女の絵となる。


「可愛い絵ね、これはエリーの小さいときの絵かしら?」


「そのようだ」


 そこには顔の下半分に口を半円にして満面の笑みを作る可愛らしい童女が描かれている。

 しかしその絵は異様なことにデフォルメされてはいるもののクリーチャーの背に、童女が馬乗りになっているものである。

 巨大な腕を持つ猿の上半身を八本足の巨大な蜘蛛くもの下半身にくっつけたような形状をしているクリーチャーの背に、童女が馬乗りになっているのだ。

 にこやかに笑うやんちゃな少女が猿のクリーチャーを無邪気に困らせているように見える。

 後続のページも同様で、少女とクリーチャーの交流がテーマであるようだ。


「この動物はなにかしら?」


 アムリタは恐るおそるたずねる。


「私も良く知らないのだが、おかあさんによれば私の幼いころの友達らしい」


「友達……」


 アムリタは大魔法使いともなればこのようなクリーチャーとも友達になれるのかしらと思い、それ以上追及はしないことにする。

 本は途中から元々のページになっていて、なにやらアムリタには読めない異国の言葉と怪しげな図面で埋められている。


「おかあさまの自画像はないの?」


 アムリタはエリーに尋ねる。


「残念ながら」


 エリーは画集を閉じ、丁寧ていねいに布袋に戻しながら短く応える。


「さて、未だ早いが今日は休むといい。

 疲れているだろう」


 エリーはアムリタに就寝を勧める。


「私は店の残務があるので下に行くよ」


 そう言って、エリーは階下に降りてゆく。

 アムリタは確かに激しい疲れを感じていたのでエリーの言葉に甘え休むことにする。

 市場でエリーに勧められるまま買った寝間着ねまきに着替え、指定されたベッドに潜り込む。

 ベッドは清潔で柔らかく良い匂いがする。

 アムリタは直に眠りに落ちる。


 エリーは夜半、仕事を済ませて二階に上がり、アムリタがうなされているのに気付く。

 エリーは暫くアムリタを見ていたが、ナイフと木片を取り出して机の上に置き、椅子に座る。

 エリーは木片を削り始める。

 木片はたいして時間がかからず、人形の形に削られてゆく。

 人形は三頭身の乳房と大きな腹をもつ、恐らくは妊婦の形をしたものである。

 いくつかの人形を削り上げ、本棚の上に置き、木くずを集め、捨てる。

 その後エリーはベッドに潜り込み、動かなくなる。

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