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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 第一話 お嫁に来てくれるよね ~Don't You Come Here as My Bride?~
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第四章第一話(八)崖を降りる

「うおー!」


 声が下に落ちてゆく。

 荒事師の一人が滑落したのだ。

 真っ白な霧の中、ザイル伝いに垂直な崖を降りている最中にだ。

 誰にも助けることはできなかった。

 他者を巻き添えにしなかったこと、それだけが救いであった。


 残る三人は皆静かに耳を澄ます。

 滑落した仲間の最期を音で感じ取ろうとしている。

 しかし音は聞こえない。

 風の音が大きすぎる。

 地面との衝突の音は風の音に覆い隠されてしまったのだろうか。

 そうは言っても、二百メートル程度ならば衝撃音が聞こえてきてもおかしくはない。

 聞こえてこないということは、下まで未だかなりの高さがあるということだ。


棟梁とうりょう、どうするかい?

 進むか?

 それとも戻るか?

 ここから先に行くと上に戻ることは困難になるぞ」


 先導する背の低い男が訊く。

 既に五百メートル近く降りている。

 この霧が雲であるのなら直ぐに抜けて視界は晴れるはず。

 そう期待していた。

 しかし視界は晴れない。


 元々怪しげな幻を乗せていた霧だ。

 妙に明るいのも不自然だ。

 人為的か否かはともかく、ずっと下まで霧で隠されているのかもしれない。


「残りのザイルはどれくらいある?」


 棟梁とうりょうは背の低い男に訊く。


「そうだな、短いのは五本くらいある。

 五十メートルは一本だ。

 上に未だ回収できそうな五十メートルがもう一本あるな」


「判った。

 では後、五十メートル降りて視界が晴れなければ撤退しよう」


 棟梁とうりょうは言う。

 背の低い男は、おう、と言って、また降りだす。

 棟梁とうりょうと背の高い男は岩棚で待機する。

 しばらく後、背の低い男の使っているザイルが大きく左にずれる。

 そしてテンションが無くなり、小刻みに揺れる。

 降りてこいという事だ。

 棟梁とうりょうが先にザイルを伝って下に降りる。

 ややオーバーハングしている部分もあるが、さほど難所はなかった。

 更に降り続けていくうちに突然視界が晴れる。


 棟梁とうりょうがザイルでぶら下がっているのは、谷を挟む片側の崖の中腹。

 そこからは光の谷の全貌ぜんぼうが見える。

 幅数キロ、長さはその五倍以上ある細長い回廊。

 両側は切り立った崖で挟まれている。

 そのすべてが白く輝いている。


 まさに光の谷。

 そして反対側の崖付近に遠近感を狂わせる、大きなおおきな芋虫に似たクリーチャー、シャイガ・メールが一体、横たわっている。

 シャイガ・メールの下半分には、大小様々な節足動物のもののような脚が無数にあり、ゆっくりとうごめいている。

 回廊の中央には細長い湖があり、林や草々も見て取れる。


棟梁とうりょう

 こっちだ」


 背の低い男が左下の岩棚から声をかける。

 棟梁とうりょうはザイルを左側に振りながら同じ岩棚に降りる。

 そしてザイルを振り、上で待つ男に合図を出す。


「すげえ所だな」


 背の低い男はつぶやく。


「やっと下が見えたな。

 しかし、まだかなりの高さがある。

 目視で五百メートルといったところか」


 棟梁とうりょうは応える。

 二人は眼下の風景を眺める。

 人影はない。

 人が住んでいるようには見えない。

 小動物は見て取れる。

 鳥が飛んでいる。


 大きなおおきな芋虫に似たクリーチャーには警戒する必要がある。

 しかしそれ以外に大きな危険は見当たらない。

 真下付近には滑落した仲間も見える。

 動いていない。

 恐らくそれほど苦しまずに死ねたはずだ。


「おお、すげえな」


 頭上から声がする。

 背の高い男が降りてきたのだ。

 棟梁とうりょうは右手を上げ、岩棚に誘導する。


「降りるんだろう?」


 背の低い男が棟梁とうりょうに、促すように訊く。


「そうだな。

 上にあるザイルや道具を回収してくれ。

 もう登ることは考えなくて良い」


「おう。

 おまえらはここで休んでいろ」


 背の低い男は何の質問もなしにザイルを手繰たぐり、するすると崖を登ってゆく。

 そして右上の霧の中に消えてゆく。

 背の高い男は岩棚で崖を背に座りこむ。


「降りた後、どうやってここを出るんだ?」


 背の高い男は訊く。


「ゴーレムは逃げるとき、追ってこなかった。

 だからここから出る分には大丈夫なんじゃねぇか?」


 棟梁とうりょうは何でもないことのように応える。


「だったらいいけどよう」


 背の高い男は棟梁とうりょうの応えに不満そうだ。

 棟梁とうりょうは、もしくは、と続ける。


「飛空機の野郎が定期的に来るんだろうよ。

 殺して飛空機を奪う」


 その応えになんの感情も躊躇ちゅうちょも感じられない。


棟梁とうりょう、あんた飛空機の操縦なんかできるのか?」


 背の高い男は棟梁とうりょうの応えを全く信用していないようだ。

 そんな背の高い男のあからさまな抗議を、棟梁とうりょうは全く意に介さないように続ける。


「それもできなければ、崖をじ登ればいいさ。

 お前はついてくるだけでいい。

 この谷でも食い物はありそうだ。

 この谷から出られないのなら、ここで生きていくのでも良いだろう?

 後の事は考えるな。

 お前はお前の仕事をすればいいだけだ」


 棟梁とうりょうは背の高い男に振り向き、言う。

 口元は笑っている。

 しかし目は凍りつくように冷たい。

 お? おおう、背の高い男は曖昧あいまいに応える。


 待つこと数時間、上につながるザイルがズルズルと上に引き上げられてゆく。

 それに代わるように頭上の霧から足がでてくる。

 背の低い男がザイルに頼らず、岩に手足指を引っかけながら、ゆっくり早く、確実に降りてくる。

 背の低い男は棟梁とうりょうたちのいる岩棚に降り立つ。

 ザイルを手繰り寄せ、一纏ひとまとめにする。

 登るためのザイルはこれですべて回収されてしまった。


「待たせたな。

 直ぐにお前らを下に降ろしてやるからな。

 今日は下で飯を食おう」


 背の低い男はなんでもないことのように言い、ニヤリと笑う。

 背の低い男は休むことなくカムを岩間に設置する。

 そしてザイルをカムに結びつけ、谷側に下ろす。

 ザイルの調子を確かめたのち、谷に向かって身を落としてゆく。

 トーン、トーン、みるみる間に下へ、下へと降りてゆく。


 皆が下の足場に降り、背の低い男がザイルや中間支点を回収する。

 それを繰り返し、男たちは高度を下げてゆく。

 そしてさしたる時間をかけず、荒事師たち三人は光の谷の台地に降り立つ。


「有難うよ。

 助かったぜ」


 棟梁とうりょうは背の低い男をねぎらう。

 背の低い男はどうでも良いかのよう岩に座り、壁を見上げている。


 荒事師たちは地面に穴を堀り、仲間の死体を埋める。

 死者の荷物は回収され、残った者たちで分担する。


「これからどうするんだ?」


 干し肉と乾パンをかじりながら背の高い男が訊く。


「いくつかの横穴がある。

 それらを調べてゆく。

 目的のブツがあるか、住んでいるヤツがいるかだな」


 棟梁とうりょうは応える。


「手分けをするか?」


 背の高い男は訊く。


「いや、急ぐこともあるまい。

 三人で回ろう。

 気候が良いから野宿でも構わないが、食料の調達も考えなければならないしな」


 棟梁とうりょうは川の向こう側に鎮座するシャイガ・メールの巨体を見ながら応える。


「あのでかいのは?」


「まあ、距離をとって迂回うかいするので構わんだろう」


「おお、判った」


 荒事師たちは基本方針を確認する。

 そして食事を終わらせて探索を行う。

 シャイガ・メールとは距離を取っている。

 シャイガ・メールは男たちに感心が無いように見える。


 荒事師たちは幾つかの洞穴を探索する。

 どの洞穴も内部は人工的な空間となっていて、祭壇や奇妙なガラスでできた機械のようなものが延々と続いている。


「なんだ、ここは?」


 背の高い男はつぶやく。

 人気ひとけはまったくない谷。

 しかし人工的な機械で埋め尽くされている洞穴。

 そしてそれらはどうやら今でも動いている。

 どのような作用が有るのかは彼らには判らない。

 判らないが作動し続けている。

 そんな洞穴が延々と続く。

 調べた洞穴はもう二十を超えている。


「ここも同じだな。

 お?」


 背の高い男の視線が広間の床で止まる。

 床には図形が描かれている。

 平たい岩の床に描かれているは正三角形三つを四十度ずつずらした大きな九芒星きゅうぼうせい

 九芒星きゅうぼうせいには九つの頂点に外接する円が描かれ、更にその周囲に呪わしい文言が描かれている。

 まだ描かれてさほどの時間は経っていないように見える。


「この魔法陣を知っているのか?」


 棟梁とうりょうは背の高い男に訊く。


「召喚の魔法陣だ。

 生贄いけにえささげて神を降ろすためのものだとされている。

 読めるわけではないがこの字形は俺のじいさまが教えてくれたものと似ているな」


 背の高い男が応える。


「例の本と関係あるのか?」


「判らねぇ。

 俺はあの写本を見たことがねぇからな。

 しかし何れにしろ、これを描いたやつは生かしておくわけにはいかんだろうな」


 背の高い男の応えを聞きながらも棟梁とうりょうは床に描かれた魔法陣を冷たい視線で眺める。

 そして周囲を見渡す。

 ここも人の気配がしない。


「まぁいい、次に行くぞ」


 男たちは洞穴を出る。


 ――コオォォォ


 音がする。

 上からだ。

 荒事師たちは頭上を見る。

 何も見えない。

 音が大きくなる。

 男たちは岩崖に身を隠し、上空を注意深く見る。


 ――ゴオォォォ


 頭上の霧の中から飛空機が現れる。

 飛空機は姿勢を制御しながら高度を下げ、シャイガ・メールの向こう側に消える。


「飛空機野郎が来たぞ」


 背の高い男が小声でささやく。


「行くぞ、殺して構わん」


 棟梁とうりょうは冷たい声で言う。

 男たちは駆け出す。

 しかし飛空機は再びシャイガ・メールの反対側から飛び立つ。


「気付かれたか?」


 飛空機は高度を増してゆく。

 上昇速度はさほどではない。

 姿勢を微調整するように離れた左奥の崖の岩肌に沿って登る。

 そして岩棚と思われるところで止まる。

 音も消える。


「どういうことだ?」


 背の高い男は分けわからないというようにつぶやく。


「知らん。

 だが行くぞ。

 あそこまで登る」


 棟梁とうりょうは飛空機が止まった地点に向かって歩きだす。

 背の高い男と低い男は荷物を背負い、棟梁とうりょうを追う。

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