第三章最終話(十六)眠れる王女
「さすがにこの状況になれば判るよ」
ジュニアは呟く。
「ナブーから俺を守ろうとしてくれていたんだね」
ジュニアは眼下に立つマシンゴーレムに語りかける。
マシンゴーレムは無言で両掌をジュニアに差し出す。
ジュニアの居る所からマシンゴーレムの掌まで二十メートル程度の高低差がある。
「アムリタとエリーも俺の敵と認識していたんだ?」
ジュニアは笑う。
そして石の窓枠の上に立つ。
直下にはマシンゴーレムがいる。
そして左手遠くには巨大な芋虫に似たクリーチャーが居て、遠近感を狂わせるように近くに見える。
芋虫のクリーチャー、シャイガ・メールは両脇にある幾つかの赤い光点を明滅させながらじっと静止している。
「攻勢障壁停止!
自律再生防壁停止!
うん。
もう俺の敵は居ない。
お前のご主人様の所に連れていっておくれ」
そう言って、ジュニアは窓の外に身を投げる。
マシンゴーレムの差し出す両掌に向かって。
マシンゴーレムはジュニアが両掌に着く瞬間、掌を下に向かって動かす。
そして緩やかなその動作はゴーレムの胸の辺りで止まる。
マシンゴーレムがジュニアを柔らかく受け止めたのだ。
止まったゴーレムの手の横にミケが居て、まるで階段を上るようにゴーレムの人さし指の上に左足をのせる。
「ミケ、来てくれたんだね。
ありがとう!」
ジュニアはミケに笑いかける。
「ジュニアが身投げしたのかと思ったのにゃ」
ミケは、にゃー、とジュニアに微笑み返す。
マシンゴーレムはジュニアとミケを自分の頭上に誘う。
マシンゴーレムの頭はコップのようにへこみ、そこにジュニアたちは移動する。
マシンゴーレムは広場の穴の中に後ろ向きに足を下ろす。
そして、ズシン、ズシン、という音を発しながらゆっくりと穴の壁を伝って降りてゆく。
「湖の反対側からの通路は土砂で埋まってしまって、通れなかったのにゃ」
ミケは残念そうにジュニアに言う。
ジュニアはふわふわしたミケの頭を撫でる。
「大丈夫。
このゴーレムが動いているかぎり、サビは無事だよ」
ジュニアはミケに言う。
ミケは、うん、サビは大丈夫にゃ、マロンも大丈夫にゃ、と応じる。
「サビはそう簡単には死なないのにゃ。
だけどサビはスーン・ハーたちによってイヌハッカで眠らされてしまったのにゃ」
ミケの説明にジュニアは、へぇ? と首を傾げる。
「スーン・ハーたちが言っていたにゃ。
その後、スーン・ハーの神様とサビのゴーレムとが喧嘩になって周囲の洞窟を崩してしまったのにゃ。
地下鼠の女の子が小さな道を探してくれてマロンと連絡が取れたのにゃ」
マシンゴーレムはかなりの深さまで降りる。
降りている竪穴は大きな人工的なものとなる。
竪穴はどこまでも続いているように見え、ところどころ横穴が散見されるようになる。
マシンゴーレムは更に降りる。
下へ下へと。
そしてついに水の流れる大きな横穴に到達する。
マシンゴーレムはその横穴に立つ。
しかし横穴の先は土砂に埋まっている。
土砂の下に水の流れがある。
マシンゴーレムは土砂を掻きわける。
そして堀り進む。
大量の土砂はマシンゴーレムの後ろに投げ捨てられ、先の土砂は崩されてゆく。
ジュニアは薄暗い横穴の中、ついに空洞に出たことを知る。
ミケがマシンゴーレムから跳び降りる。
「私はこの先に行くとミイラ取りがミイラになってしまうのにゃ」
ミケは寂しそうに言う。
「ジュニア!」
暗闇に三対六つの赤い光点が見える。
マロンの声だ。
「ジュニア!
来てくれたのですね!」
別の声がする。
フリントの声だ。
暗すぎてジュニアの目には赤い三組の光点が見えるのみ。
マシンゴーレムの胸が微かに光る。
その光は弱いものであるが、確かにマシンゴーレムの前方を照らす。
水の流れの脇、少し高くなっている所に大きな鳥籠のようなものがあり、中には横たわるサビの姿がある。
その周囲にはサビを護るように三人の地下鼠がいる。
フリントとマロン、それにジュニアの知らない少女の地下鼠である。
「マシンゴーレム!
檻を開けてくれ!」
ジュニアが言うより早く、マシンゴーレムは鳥籠の上を握り上に引き上げる。
――ガシンッ!
大きな音をたてて、鳥籠は開く。
ジュニアはマシンゴーレムの頭から抜け出し、飛び降りる。
飛び降りた先にマシンゴーレムの右掌があり、右掌はジュニアを優しく受け止め、ゆっくりと地面に下ろす。
地面にサビが横たわっている。
サビは何か大量の枯れた植物の粉に塗れているように見える。
ジュニアはサビを抱き上げ、服に付いた粉を払う。
そしてその場を離れる。
「サビ!
サビ!
もう大丈夫だよ!
起きておくれ!」
ジュニアは両腕の中のサビに向かって叫ぶ。
サビは反応しない。
地球猫は人間より小さい。
その地球猫の中でもサビは小さい。
いつも自信満々に語り、力強いジャンプを行うサビは小さく見えない。
しかし今のサビは小さく、そして軽い。
細く小さなサビの体がジュニアの差し出す腕の中にすっぽり収まる。
「サビ!」
ジュニアは叫ぶ。
サビの鼻が、ヒクッ、と動く。
ジュニアはサビを抱きしめる。
サビは、ふにゃあ、と鳴く。
「暗いのにゃ。
私は死んだのかにゃ?
でもジュニアに抱っこしてもらえてるなんて、ここは天国なのかにゃ?」
サビは寝ぼけたような声を出す。
「君はイヌハッカに酔っているだけだよ。
君は生きている。
君は確かに生きているんだよ!」
ジュニアは楽しそうに笑う。
サビは、ジュニアの腕の中で上体を起こす。
そして、ふにゃあ? と怪訝そうな顔をする。
「ジュニア、無事だったのにゃ?
心配していたのにゃ」
サビは心底心配そうに言う。
「うん、俺は無事だよ。
みんな無事だ。
もう全て終わったんだ。
だから上に帰ろう」
ジュニアはそう言って、サビを抱きかかえたままミケのいるマシンゴーレムの掘った横穴に戻る。
「君たちも無事で良かった」
ジュニアは地下鼠たちに笑いかける。
「あの、私、ソニアの友人のパールです」
パールはジュニアに自己紹介する。
「ああ、君たちがソニアをここまで連れてきてくれたんだね。
ソニアと仲良くしてくれて有難う」
ジュニアは右手を差し出す。
パールははにかみながらジュニアの右人差し指を握る。
「パールは私の妹なんですよ」
フリントが付け加える。
「俺ら二人の妹がそれぞれの兄を助けに来てくれたんだね」
ジュニアは笑う。
「上に帰ろう。
ミケ、お願いできるかな?」
「お願いできるのにゃ。
でもゴーレムはどうするのにゃ?」
「ゴーレムはサビを追って自力で上がってくるよ」
ジュニアは応える。
ミケは、ふうん? と首を傾げるが、まあ、いいのにゃ、みんなを運ぶのにゃと、と言って笑う。
ミケはサビを抱きかかえたままのジュニアの尻と背中を持って頭上に差し上げる。
ジュニアの上に三人の地下鼠がしがみつく。
「行くのにゃ!」
激しい声に反して、緩やかに、しかし確かな速度でミケは横穴を出口方向に跳ぶ。
ゆっくり体が反転してゆく。
そして竪穴に出ると今度は上に向かって跳ぶ。




