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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 最終話 白き都市の王と外からの神 ~The King of the Leucopolis and the Outer-God~
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第三章最終話(六)避難訓練

『どう?

 湖の水質、劇的に改善されているでしょう?』


 サプリメントロボットはニコニコした目をしながら自慢げに訊く。


「いや凄いね。

 湖底がキラキラ輝いて見える」


 ジュニアは感嘆したような声をあげる。

 湖の東岸に群生していた麻は刈り取られ、今では湖岸には土が見えている。

 湖の水は透き通って見え、湖底は貝殻の内側のように輝いて見える。

 かつての湖は翠色みどりいろの濁りであった。

 そして今でも緑色ではある。

 しかし同じ緑でも色は全く異なる。

 緑色に薄く濁っているものの反射して輝く湖底が見える。

 傍らにはサビとガストが居て、共に湖を見ている。


『以前は重金属の溶け出した翠色みどりいろだったけれど、今は藻類の緑色よ』


「たったの一週間で凄いのにゃ。

 この水は飲めるのかにゃ?」


 サビが横から訊く。

 サビは着ているスモッグのような服の裾を両手で持ち上げ、裸足を湖水につけている。


『未だ直接は飲まないほうが良いかも。

 この辺りの水質は良好だけれど、湖の西側は未だ汚れが酷いわ。

 水の流れ次第では良くない水が混じるの』


 サプリメントロボットは試験管に湖の水を汲みながら応える。

 でも、飲用水源としては十分よ、と眉毛を下げ笑った顔で付け足す。


「それはそうと、湖底から何か見つかった?」


『三割しか見切れていないけれど、色々沈んでいるわね。

 船とか骨とか建材とか機械とか、それはもう色々と。

 重金属の汚染源も幾つか有ったわね。

 だけど特別吃驚(びっくり)するようなものは無かったわよ』


 サプリメントロボットは応える。


「サプリ、君が吃驚びっくりするようなことって例えばどんなこと?」


 ジュニアは茶化すように訊く。


『ちょっと言っている意味が判らないわね』


 サプリメントロボットは眉毛をり上げ、剣のある目を作りジュニアを見る。


「特に有毒ガスが発生しそうな環境も、危険な水棲すいせい生物が居るわけでも無いわけだね?」


 ジュニアは湖を見ながらつぶやくく。

 今のところは、だけれど、とサプリメントロボットは補足する。


「サルナトの災厄って何なんだろうね?」


「なんであっても、私がジュニアを護ってあげるのにゃ」


 サビは、にー、と笑う。


「いや、そこは逃げようよ。

 命てんでんこ、だよ?」


「ジュニアが逃げるのなら、ジャンプしてにがしてあげるのにゃ」


 サビはジュニアを見上げて、笑う。

 ジュニアは、それじゃ、困るんだよね、と応じる。


「確かに君たち地球猫は、夢幻郷では卑怯ひきょうなくらい強いけれど、サルナトの災厄って、数千万のサルナトの住人を滅ぼしたほどのものなんだろう?

 そこは意地を張らないほうがよくないかい?」


「意地を張っているのはジュニアのほうだと思うのにゃ。

 ここの資源だけを使って、ここは捨てて光の谷に行くのなら、それはそれでも良いはずにゃ」


 サビは湖から上がり、靴を履く。


「おや、かなり厳しい所を突いてくるねぇ」


 ジュニアは苦笑する。


「サビもフリントも、この街に期待しているんだろう?」


「私の為だけなら、気にしなくても良いのにゃ。

 捨てられた街であっても日向ひなたぼっこはできるのにゃ」


「あはは、ごめん。

 君たちの為だけでは無くて、サルナトの災厄がどんなものか、気になるんだよね」


「悪趣味なのにゃ。

 長生きできないのにゃ」


 サビは首を右に倒して上目遣いでジュニアを見る。


「うん、そうだね。

 でも君たちを巻き添えにしたくないんだ」


「私がいたほうが逃げられる確率が高いのにゃ」


「うん、そうかも知れないね」


「ジュニアが逃げないのなら私はジュニアを守って戦うのにゃ」


「うーん、戦える相手なら良いのだけれど……。

 じゃ、これを渡しておくよ」


 ジュニアは握っていた卵型の白いものをサビに渡す。

 サビはそれを両手で受け取る。


「ふにゃ?

 これは……、見たことがあるのにゃ。

 ジャックが持っていた、マシンゴーレムの卵にゃ」


 サビは物体の正体を正確に言い当てる。


「ご名答。

 君は十分強いから大丈夫だと思うけれど、もし君の力だけで勝てそうも無ければ、これを使ってよ」


 ジュニアは物憂げな表情でサビに言う。


「判ったのにゃ。

 いざという時に使わせてもらうのにゃ」


 サビは受け取ったマシンゴーレムの卵をスモッグのポケットに大事そうにしまい、ポケットのボタンを閉じる。


「ところでたくさん居た緑色の大きな蜥蜴とかげは?」


 ジュニアは思い出したように訊く。

 見渡すかぎり緑色の蜥蜴とかげは見えない。


『この付近から居なくなっちゃったわね。

 湖の西岸のほうに移動したようよ』


「ふーん?

 綺麗きれいな水には棲めないということかな?

 まあいいや、街に戻ろう。

 フリントが待っている」


 ジュニアはサルナトの街の門に向かって歩きだす。

 一行はゾロゾロとジュニアを追う。


 門の周辺には多くの人々が行き交っている。

 大きな背負袋を担ぐもの、驢馬ろばの背に荷物を背負わせているもの、多くは商人たちである。

 門の側の水場や周囲にある牛馬用の小屋にも多くの驢馬ろばや馬、牛たちがいる。

 それを世話する者たちも忙しそうである。

 街並みには店舗が並び、多くの者たちが商売を行っている。


「街に活気があるのにゃ」


「そうだねぇ。

 ここでの商売は短期で利益確定させる約束だから皆スピーディーだよね」


 ジュニアは他人事のように言う。

 ここでの店舗は一週間単位でしか貸さない。

 災害が起きた場合の補償はしない。

 その代わり格安で貸す。

 ジュニアはそう決めて、自由に商売を認めている。

 商売人たちにも何か災害が起きた場合は逃げるように指導している。

 夜七時にはサルナトの街から退去しなければならない。


「東サルナトも随分と大きくなったにゃ」


 サビは東の山を見て感嘆する。

 東サルナトは山肌の城塞都市で、ジュニアがきたるサルナトの災厄に備えて、東の山肌を切り拓いて作らせた。

 そこには白い建物がある居住区が延々と広がっている。

 住人たちは山肌の城塞都市に住まわせ、いざとなったら東の山を超えて逃がす算段だ。


「サルナトの街から離れるほど人気にんきがなくなってゆくんだよね。

 これ以上人が増えるんなら公共交通機関を作らなければならないかなあ」


 サルナトに通うためには近いほど楽だ。

 高度が高くなるに従いサルナトに通うのが大変になる。

 住人たちの間では条件の良い居住区の権利が高値で売買されているらしい。

 もっとも東サルナトにも食料や雑貨、飲食店、それに酒場が作られ、そっちでも商売が行われている。

 東の山を超えてくる者たちの通過点にもなっている。


 ジュニアたちは大きな白い丸い屋根の寺院に入る。

 ジュニアが本拠地にしている建物だ。

 中には多くの商人たちが列を成している。

 その先には地下(ねずみ)たちや、フリントが雇った役人たちが商人たちの相手をしている。

 更にその奥ではレドとマロンが忙しそうに指示をだしている。


「ジュニア、おかえりなさい」


 通りかかったフリントがジュニアを迎える。


「ただいま。

 なにか変わったことはある?」


 ジュニアはフリントに訊く。


「そうですね。

 フラニスからの船が海賊に襲われて交戦しました。

 勝ちはしたものの、船は小破して積荷の一部が損傷しましたね。

 まぁ許容範囲です」


「人的被害は?」


「幸いにも人死ひとじには出ていません。

 軽傷者が数名」


「今日にも新しい武装商船がもう一隻できるから、フラニス間をそれで置き換えよう。

 安全性は格段に高まるはずだよ」


 ジュニアは既に一隻、高速武装商船を建造しセレファイスの港との間で運行させている。

 現在のところ火力と機動性によりその船は海賊たちを寄せ付けてはいない。

 フリントは、助かります、と言ってかしこまる。


「他には?」


「色々ありますが、今日はこの後、避難訓練の予定です。

 街のものは皆、東サルナトに戻しますので、そのあとゆっくり食事でもしながら話をしましょう」


 フリントはさわやかに笑う。

 ジュニアは、ああ判った、そうしよう、と応じる。


 商人たちの待ち行列は新規を打ち切っているようだ。

 長かった商人たちの列がみるみるうちにさばかれて短くなってゆく。

 列がなくなって暫くたった頃、街中に大きな放送の声が響く。

 録音されたサビの声だ。


『これは訓練なのにゃ。

 これは訓練なのにゃ。

 湖から有毒ガスが発生したのにゃ。

 東サルナトに退避するのにゃ。

 退避時は黄色い担ぎ袋一つだけの運搬が認められるのにゃ。

 それ以外を持って歩くのは駄目なのにゃ。

 二十分後に門は強制的に閉じられるのにゃ。

 警備はロボットに任すのにゃ。

 繰り返すのにゃ……』


 放送は延々と繰り返される。

 人々は黄色く染めた麻の担ぎ袋を背負ってサルナトの街を後にし、ゾロゾロと東サルナトのほうに向かう。

 二十分後にはサルナトの街から人影が消える。

 後にはロボットたちのみが残される。

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