第三章最終話(一)金貨の意匠
「これがジュニアの造った金貨にゃ?」
サビは嬉しそうに金貨を見る。
テーブルの上にはサイズの違う四種類の金貨がある。
金貨はいずれも片面にティアラを冠ったサビの横顔が刻まれている。
髪の模様はモザイク状になっていて意匠は細かい。
そして反対の面にはサルナトの丸い屋根の寺院と尖塔の意匠があしらわれている。
意匠は鏡面仕上げの部分と緻密な模様が入っている部分があり、一目でかなり高度な鋳造技術が用いられていることが判る。
サビは、綺麗にゃー、と嬉しそうに金貨を手に持って眺める。
ここはサルナトの白い丸い屋根の寺院の一室である。
部屋にはサビ、ジュニア、ラビナ、テオ、それにミケとチャトラがいる。
「一オンス、二分の一オンス、四分の一オンス、十分の一オンスの金貨だよ。
比重で純金だと判るから、どこでも通用する」
ジュニアは金貨を指差しながら説明する。
テオも、どれどれ、と言いながら手にとって見る。
「認めるわけにはいかないわね。
何でサビなのよ?
私の横顔で造り直しなさいよ」
ラビナは納得いかないようにジュニアに詰め寄る。
「いやしかし、金貨のデザインをしていたときにサビが来て、頼まれたんだよね」
「私には全く相談してくれなかったじゃない!
すぐに私のデザインで造り直して!
今あるやつは全部溶かして!」
ラビナは、キィー! と悔しそうに地団駄を踏む。
「そんな無茶な。
結構大変なんだよ?
既に相当数の鋳造は完了しているし、ここはサビが引き継ぐ街なんだからサビのポートレートで問題ないだろう?
そんなにコインのデザインになりたいのなら、これから銀貨のデザインを行うから、ラビナのデザインにしてあげるよ」
ジュニアはラビナを宥めるように言う。
「巫山戯ないで!
なんでサビが金貨で私が銀貨なのよ!
反対でしょう?
私を金貨にしなさい!」
ラビナは激昂する。
サビはテオに、ジュニアはワザとラビナを怒らせて遊んでいるのかにゃ? と囁く。
テオは苦笑する。
「それじゃ、銀貨はミケのポートレートにするね」
ジュニアは、ミケを見て笑う。
ミケは、よろしくお願いするのにゃ、と言って笑う。
「サビだろうとミケだろうとコインのデザインにしたら髪の模様が違うくらいしか差がでないじゃないの!」
ラビナは悔しそうに言う。
「そんなことないにゃ。
この金貨は紛れもなくサビにゃ。
地球猫の貌の違いをよく表現しているにゃ。
これは銀貨も楽しみにゃ」
チャトラが口を挟む。
テオが、え? そうなの? と手に持った金貨を、しげしげと見つめる。
「にゃ?」
チャトラが鼻をヒクヒクさせる。
テオが、どうしたの? と訊く。
「なんか臭うにゃ」
チャトラは応える。
ミケも、鼻をヒクヒクさせながら、ホントにゃ、と相槌をうつ。
ラビナは、いやあねぇ、と皆を疑わしそうな眼でみる。
ジュニアには何の臭いも感じられない。
「まぁともかく、これからの計画なんだけれど」
ジュニアは皆に向かって言う。
「光の谷に侵攻するための重兵器を造る。
燃料や銃弾、それを運搬する車両も造る。
夢見の山脈に拠点を築き、物資をそこに運ぶ。
光の谷に重兵器を運搬するための最低限の道を確保する。
そのための重機も造る」
ジュニアはツラツラと説明する。
「ふーん。
それってどれくらいの期間での計画なの?」
ラビナは訊く。
「早ければ一週間。
長くても二週間かな?
実際の物資は海路で運んだほうが良いだろうから、南方、河口の海岸に港を造ってそこで船積みする。
もう桟橋もできている。
湖までの貨物船も建造中だ」
「貴方も相当な魔法使いね。
現実世界でもそんな事ができるの?」
「大量の物資があればできるかもね。
でも現実世界では化石燃料が枯渇しているから、あんまり無茶はできない」
ジュニアはラビナの問いに応える。
ラビナは、できること自体が異常なのだけど、と呟く。
「出来合いの設計があるからね。
造るのは俺じゃなくてサプリの造ったマシンたちだし。
で、足りない物資をこの金貨で買い付けるわけだ。
とりあえず一つの袋に四十オンス分の金貨が入っている。
これでショッピングしてきてよ」
ジュニアはテーブルの横のいくつかの布袋を指差す。
「薬品や鉱石を仕入れるのならナイ・マイカに行っても無駄にゃ」
チャトラがラビナに言う。
ナイ・マイカはこの周辺では一番大きな街ではあるものの交易の街ではない。
「そうねぇ、私もその手合はよく分からないけれど、ややこしいものを調達するなら最初からセレファイスに行くほうがいいかしら?」
ラビナは不安そうに言う。
「セレファイスに行くの?
俺も行くよ」
テオが嬉しそうに言う。
「テオ、貴方、観光がしたいだけじゃないの?」
ラビナは疑わしそうな目でテオを見る。
「まぁいいわ、私とミケ、テオとチャトラで行くのでいいわね?」
ラビナは確認するように言う。
みんな異存はないようだ。
「最初は情報集めと食料や日用雑貨だけ重点的にお願いするね。
毎日干し肉と魚の干物じゃちょっとね」
ジュニアは合掌して笑う。
「了解したわ。
ところで、軍資金は全部でどれくらいあるの?」
ラビナはさり気なく訊く。
「知らないほうがいいよ」
ジュニアは悪い顔で笑う。
ふうん? と言って、ラビナはおとなしく引き下がる。
「日用品を毎回買いに行くのは面倒だから最初はナイ・マイカに行くわ。
ナイ・マイカの商人に定期的に日用雑貨と食料を届けさせるようにする。
その足でセレファイスに行きましょう」
ラビナは宣言する。
ジュニアは、うん、それでお願い、と頭を下げる。
ラビナは金貨の入った布袋を一つ掴む。
「とりあえず最初は一袋もあれば十分ね。
行きましょう」
ラビナは、ミケ、テオ、チャトラを率いて部屋を出てゆく。
ジュニアとサビが残る。
ジュニアは窓の外を見る。
窓の外には白い街並みが広がり、道路には様々な大きさのロボットや重機たちが忙しそうに動いている。
サビもジュニアに並んで窓の外を見る。
「凄いのにゃ。
一晩でここまでになるとは夢にも思わなかったにゃ。
伝説の王様たちが短期間で王国を築き上げた前例はあるにはあるのにゃ。
ジュニアは伝説の王様の一人になるのにゃ」
サビは街並みを見ながら呟く。
そして、親子そろって凄いのにゃ、と付け足す。
「あのさ、サビがジャックに協力してたんじゃないの?」
ジュニアは訊きたかったことをサビに訊いてみる。
「にゃははは、バレたにゃ、流石にゃ」
サビは、目を細めて頭を掻く。
「最初はおもしろそうだから協力してただけなのにゃ。
でもジャックの力はとんでもなかったにゃ。
夢見の山脈から光の谷に至る道を封鎖してしまったにゃ」
「やっぱりジャックが造ったのは機械のゴーレム?」
「そうにゃ。
光の谷を守らなければならないと言ってたにゃ。
必要だからと言ってたにゃ。
でもそのせいでラビナは困っているのにゃ」
サビはやや暗い口調で呟く。
窓の下、寺院の出口からラビナ、ミケ、チャトラ、テオが出てくる。
ミケはラビナを、チャトラはテオを担ぎ上げ、ニャーオ! と叫び、ジャンプし、消える。
「サビが思い悩む必要はないよ。
ジャックは光の谷を護る駒を置く必要があった。
それがラビナの不都合になった。
俺がラビナに都合の良い布陣に置き換える。
それで問題は解決さ」
ジュニアは優しく、サビの頭を掌で、ポンポン、と叩く。
サビは、ありがとうにゃ、ジュニアは優しいのにゃ、と言い、にゃー、と笑う。
「ところで、お客さんが来たようにゃ」
サビはそう言いながら、部屋の中に振り向く。




