第三章第三話(七)地下森林大空洞
列車は中央車両内の喧騒とは無関係に速度を緩めてゆき、やがて平たい岸のようなものの横に止まる。
コスザイル山ステーションンに到着したのだ。
ステーションは出発地点と同じく地下の空洞にある。
ステーションには異なる灰色の髪をした四人の地下鼠が居る。
先頭車両の風防が開けられ、スティールが降りる。
続いてパールとシメントも降りる。
スティールはプラットフォームの地下鼠たちと話をする。
そして真ん中車両の風防が開けられる。
「狭くて悪かったな。
今ベルトを外してやる」
スティールは慣れた手つきでベルトを外す。
バーを力なく握りながらソニアがヨタヨタと立ち上がる。
顔は真っ赤になり、憤怒の形相だ。
「そ、そんなに不快な旅だったのか?
す、すまんかったのう……」
ソニアの形相を見てスティールは口ごもる。
ソニアはフラリとプラットフォームに立つ。
スティールは、いそいそと後部車両に逃げるように移動する。
アルンは五点式シートベルトを外し、ゆっくりと深呼吸をする。
そしてプラットフォームに出る。
ソニアはアルンを凝視している。
アルンは後部座席にいき、荷物を取り出す。
アルンは背負袋と両手剣を背負い、ソニアに近づく。
アルンはソニアポシェットに似たバッグを手渡す。
ソニアは黙って荷物を左手で受け取る。
右手はズボンの横で白くなるほど握りしめられている。
ソニアは真っ赤な髪に負けないくらいに顔を赤くして、憤怒の形相でアルンを睨む。
無言のまま肩がブルブルと震えている。
アルンはまっすぐソニアの視線を受け止める。
そして顎を引き、歯を食いしばる。
ソニアは、くっ、と悔しそうに息を漏らしたかと思うと、クルリと後ろを向き、歩きだす。
「スティールさん!
運転お疲れさま!
助かりました!」
ソニアは憤怒の形相のままスティールに礼を言う。
スティールは、お? おお、と辛うじて応える。
「シメント!
案内してちょうだい!」
ソニアは続けてシメントとパールに向かって言い、シメントの背中を押す。
シメントは、ひぃ! はいぃ! と言いながら慌てて歩きだす。
ソニアは右手を握りしめたままシメントに続く。
「アルンよー、お前さん何かしたのか?」
スティールは心配そうにアルンに訊く。
「何もしていないぞ。
天地神明に誓って」
アルンは不機嫌そうに返す。
「お?
おお……、それなら良いんだけどよ。
帰るときは早めに言ってくれ」
スティールは言う。
アルンはスティールたちに礼を言い、待っていたパールと共にソニアたちの後を追う。
「痴話喧嘩ですか?
アルン、てっきり殴られるのかと思いました」
パールはアルンの肩に乗り訊く。
アルンは剣のある目つきでパールを見、肩を振る。
パールは前方に飛び退き、アルンは無言のまま早足で歩を進める。
アルンはステーションのある広い空間から洞窟に入る。
洞窟は狭く、アルンの手が持つランプが頼りだ。
程なくアルンはソニアとシメントに追いつく。
ソニアもランプを持っている。
「ナイ・マイカはムナールの湖の南三十キロほどにある小さな街なんだ。
このステーションはナイ・マイカの北五キロのコスザイル山の地下にある。
地下道を通って安全にナイ・マイカに行くことができる」
シメントがソニアに説明している。
ソニアの憤怒の表情は解けている。
顔色も普通だ。
ソニアは、ふうん、と言い、軽く頷く。
「ナイ・マイカからムナールに抜けるにはどのみちコスザイルの山を超えなければならないのよね?」
ソニアは訊く。
シメントは、そうなるね、と応じる。
「結構険しい山ね。
超えるのに時間がかかりそう……。
アルン、貴方はどうするつもりだったのかしら?」
「ナイ・マイカでラビナを探そうと考えていた。
ただ、地球猫たちと一緒ならば移動した後かもしれないな」
「そうね。
コスザイルの山を超える最も早い方法は?」
ソニアはシメントに訊く。
シメントはパールを見る。
「ここの地下道は地下の森の大空洞に繋がっているの。
そこを抜ければコスザイルの山の北側に出るわ。
しかし地下の森の大空洞は地底巨人の版図です」
パールが説明を引き継ぐ。
「地底巨人って何?」
「地底巨人は地下世界の住人。
身長は大きいもので六メートル。
腕は肘から先が別れていて左右で四本あり、口は頭頂から顎にかけて縦に別れていて、鋭い牙で獲物を捕食します。
捕食するのはガストがメインだけど、他に選択肢がないからであって、いれば人間も好んで捕食するわ。
我々地下鼠の速度ならば捕食されることはまずないけれど、油断はできません」
パールの説明にソニアは考える仕草をする。
「人間じゃ地底巨人に勝てない?」
「強力な武器があれば勝てるでしょう。
ラビナはかつて地底巨人の群れから逃げ果せたと聞くわ。
彼女は小銃で地底巨人の膝を砕いたそうよ」
「なんで知っているの?」
「見ていた仲間がいたから。
まぁ、彼女ほどの火器が無いのなら、遭遇しないこと、遭遇しても逃げることを考えたほうが無難ですね」
パールはそこまで言い、どうします? と訊く。
行手は枝道になっている。
ソニアはアルンを見る。
「俺一人なら、ナイ・マイカで準備を整えてから山越えをするところだが、お前さんはそんな悠長な選択はしないんだろう?」
アルンはソニアの目を見て言う。
ソニアはアルンを見返し、暫く考える。
「……当然。
北に抜ける通路はどっち?」
ソニアは両手を腰にあて笑みを作る。
そしてパールに訊く。
パールは、右です、と応える。
一同は右の通路を進む。
通路は暗く狭く曲りくねっている。
歩き続ける先に光が見える。
「ここから先はランプを消して。
地底巨人に襲われてもここに逃げ込めば一応は撤退することができるわ。
しかし、地底巨人に見つかればこの通路は塞がれ、二度と使えなくなるでしょうね」
パールは警告する。
「この先が地下の森の大空洞、地底巨人の版図です。
明るいのは壁面一帯に光苔が生えているため」
パールの説明に、ソニアは、ふうん、と応える。
見渡すかぎり森で怪しげな巨人は見えない。
「地底巨人、いないね」
「地底巨人の住処は右手方向の奥です。
ここから左周りに進めば、地底巨人に合わないで石の扉まで行けるかもしれません」
「石の扉?」
「北への抜け道は大空洞のほぼ反対側にある石の扉です。
人間の力なら開けられるでしょう。
しかしそこには常に最低一体の地底巨人が門番をしているはずです。
誰かが地底巨人を引きつけて、その間に石の扉を開ける必要があります」
パールはソニアの顔を見ながら、どうしますか? と続ける。
「それは結構痺れるアトラクションね」
ソニアは軽く応える。
そして大空洞の森の中に踏み込んでゆく。
アルンと地下鼠たちはソニアに続く。
森とは言うものの通常の森のイメージからはかけ離れている。
下生えは苔やシダのみである。
簡単に踏み超えることができる。
木のような柱が無数に天井に続いている。
そこに苔やシダが無数に生えている。
こんな環境にも動物が居るのか、鳥の声や何かの鳴き声が響く。
ソニアもアルンも足音をさせずに歩いている。
三キロほど進んだところで、シメントがソニアの肩に乗って先を指差す。
「この方向に石の扉がある。
距離は後五百メートルくらいのはず。
地底巨人が見えません?」
地下鼠はあまり目が良くないらしい。
ソニアは指差す方向を見る。
最初は判らない。
しかし遠くに有って大きいと判る影が動く。




