第三章第三話(四)鼠色(ねずみいろ)の姉弟
「先程はシメントが失礼した」
ガンメタルが言う。
場所は小部屋に移っている。
小部屋に見えるが、地下鼠たちにとっては大部屋なのかもしれない。
壁にも天井にも洒脱な壁紙が貼られている。
床には毛の深い豪奢な絨毯が敷かれている。
低い広いテーブルにガンメタルが椅子に座る。
ソニアがその対面に正座する。
ソニアの左横にアルンが胡座をかく。
ソニアもアルンも絨毯に直接座っている。
ソニアの右傍らにパールが椅子の上に立ち、ソニアの右耳を治療している。
「シメント、ちゃんと謝罪をするのだ」
ガンメタルは自分の後ろに立つシメントに言う。
「うう、大変申し訳ありませんでした」
シメントは頭を下げ、小さな声で言う。
こんな怖い人ならちょっかいをかけたりしなかったんだけどな、と付け加える。
「そもそも、アルンの連れなら最初にそう言ってくれれば、俺らも余計な警戒をする必要、なかったんだよ」
シメントは恨みがましそうに付け加える。
「あれ?
ラビナだってアルンの連れなんじゃないの?」
ソニアは笑いながら言う。
「ラビナは特別だよ。
あんな危険人物、そうはいないから。
猫どもと連んで、猫以上に獰猛だ。
その点、アルンは猫どもと一定の距離を置いている。
信用できる」
シメントはソニアの問いに応えて言う。
ソニアは、ふうん? と首を傾げる。
それは単に猫アレルギーだからではなくて? と思うが口には出さない。
「シメントの切歯での傷、消毒して薬を塗っておきました。
ガーゼとテープで保護しています。
痕に残るかもしれません」
パールは申し訳なさそうに言う。
「まあ、それはいいよ。
それよりジュニアとラビナ、今どうなっているって?
確か、王だとか閉ざされているだとか……?」
ソニアはパールを見て言う。
ええ、と言いながらパールは椅子をテーブルのラビナの右隣まで移動させて座る。
「ラビナと、……ジュニアと名乗る人間の少年は地球猫たちと行動をともにしていた。
地球猫たちは彼ら独特の縮地法により距離の概念を無視できる。
彼らの行動の逐一を、儂らが知っているわけではない。
儂らが知っているのは事後的なものばかりだ」
ガンメタルは語りだす。
ソニアは無表情になり、ガンメタルの話を聞く。
「ダイラトリーンに訪れる黒いガレー船、黒い噂が絶えないあの禍々しい船は月から来ていた月獣たちのものであったそうだ。
月獣は猫たちの宿敵であるが、地球に居るほぼすべての生き物の敵でもある。
「ジュニアは猫たちを導き、月において月獣と土星猫を撃退した。
猫たちの通信を傍受するかぎり、そのことによりジュニアは猫たちの英雄となったそうだ。
「その後、いったんラビナとジュニアの足跡は途絶える。
しばらく後に、サルナトが復興したと噂されるようになった。
サルナトはここから西方数百キロ、ムナールの湖畔にある廃都だ。
サルナトは過去三回滅びている呪われた魔都だ。
「ジュニアという少年は廃墟だったサルナトを僅かな時間で復興させ、商人たちが集まる貿易都市に変貌させた。
そして自身はサルナトの街の執政官、王となったらしい。
「復興は急激であったが、暗雲が立ち籠めるのも急激だった。
サルナトの街に異変がおき、誰もサルナトの街に近づけなくなった。
ジュニアという少年は今もサルナトの街に居るらしい。
ジュニアという少年について儂らが知るのはここまでだ」
ガンメタルはそこまで語り、黙る。
ソニアは、ふうん、と呟く。
「先ず、貴方たちはその話をどうやって知ったの?」
ソニアは訊く。
「儂らにも猫どもほどではないが早い移動手段がある。
儂らの仲間は大陸中の地下に散らばっていて、ネットワークを作っている。
儂らはアルンに頼まれてラビナとジュニアという少年の情報を集めている。
サルナトへいく商人たちの話を聞いたものが情報を流している。
サルナトにも儂らの仲間を配置していた」
「その情報は信用できるの?」
「儂らは弱々しい。
この脆弱な儂らが生き残っているのは正確な情報収集能力と科学技術のおかげだ。
儂らのネットワークに流れる情報は早く正確でノイズが少ない」
ガンメタルは誇るようでもなく、淡々と事実を述べるように語る。
「そう、ありがとう。
ジュニアが窮地にたっていることは分かったわ。
それでラビナは?」
「ラビナの足跡は広範囲に渡る。
セレファイスで見たとものもいれば、バハルナに現れたという情報もある。
いずれも吟遊詩人の青年や猫どもと一緒だ。
今日の朝の時点ではナイ・マイカの街に出没していることが判っている」
「吟遊詩人の青年?
早速ジュニアはラビナに捨てられたのね。
可哀想に」
そう言うソニアの表情は、さして可哀想というものではない。
「それでガンメタルさん、猫たちに匹敵する早い移動手段って何かしら?」
「重力列車だ」
ガンメタルは短く応える。
「そう、それでサルナトに行けるのかしら?」
「サルナトにステーションはない。
ナイ・マイカ近郊にならある。
サルナトの三十キロ南だ」
「そう……」
ソニアは一瞬考える。
三十キロなら走って二時間。
平地なら、ではあるが。
ソニアはガンメタルに向き直る。
「ガンメタルさん。
私は兄を助けに行かなければなりません。
ナイ・マイカまで私を連れていって頂けないでしょうか?」
ソニアは、ガンメタルに向かって頭を下げる。
ガンメタルは言葉を失う。
そしてガンメタルはアルンを見る。
アルンはガンメタルを見返すも無言のまま応えない。
「一つ問題がある……が、それは君らで解決してくれ……。
こちらからも頼みが有る。
儂の孫を、パールとシメントも連れていってくれ」
ガンメタルは途切れとぎれに言う。
「えー?
なんで俺が行かなくちゃなんないんだよ――」
「――シメントは信用できますか?」
シメントの言葉にソニアが割り込む。
「なにー?
お前、人にものを頼むのになんて失礼な――」
――バシン!
シメントがソニアの言葉に抗議しかけるが、パールがシメントの頬を引っ叩く。
「至極普通の反応よ!
お祖父さまが止めるのを聞かず挑発して!
相手が弱いと思って手を出して!
簡単にいなされて組み伏されて!
相手が強いと知るや泣いて許しを乞うて、お姉ちゃんに助けられる!
人のいうことを聞かず、愚かで卑怯で弱く、みっともなく、反省もせず、面白くさえもなく、笑えない!
そんな者を誰が信用すると言うの?」
パールは糾弾しながらシメントを二つ三つと引っ叩く。
シメントは、ひぃ、と言いながら顔を庇おうとするが、パールの掌は強引にシメントの頬を引っ叩く。
貴方のどこに掬うところがあると言うの? そう言って更に引っ叩く。
「わ、私、そこまでは言っていないのだけれど……」
ソニアは手で口元を隠しながらアルンに小声で呟く。
パールはソニアに向き直る。
「大丈夫です。
私がお二人のお供を致します」
パールは宣言する。
「パールさぁ、まがりなりにも人様の前で弟を折檻するのは間違っていると思うぞ?
そういうのは身内だけの時にやるもんだ」
アルンはつまらなさそうに言う。
そしてソニアに向かって、なぁ? と同意を求める。
「え?
ええ、そうね。
そのとおりね。
マリアも……って、それはそうと、シメント、貴方も私たちと一緒に旅に行きましょう。
友達が言っていた。
冒険の旅が貴方を素敵にするはずよ」
ソニアはやや噛みながら言う。
「ガンメタルさん。
大事なお孫さんお二人、お預かりします」
ソニアはガンメタルを見つめ、ニッコリ笑って言う。
ガンメタルは、不肖の孫たちだがよろしくお願いする、と応える。




