表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 第二話 私の頭の中に囁く声 ~The Whispering Voice inside My Skull~
111/268

第三章第二話(七)天空のゲートを超えて

『エリー?

 ホントに冗談だからね?

 久しぶりにエリーと話せたからハイになってしまっただけなのよ?』


 パイパイ・アスラはエリーを気遣うように言う。

 尚もエリーは考え事をしているようだ。

 視線が定まっていない。


『なんか失敗しちゃったな。

 まさか十四歳だなんて、そんなの卑怯よ。

 普通に考えたら余りにも昔のことだから、耄碌もうろくして私を忘れてしまったと思うじゃない?

 忘れるなんてそれは酷いよーって。

 私は悪くないもん』


 パイパイ・アスラはねるような口調になる。


「エリーはね、夢幻郷に行きたいの。

 でも禁止者らしく夢幻郷の門をくぐれなくて困っているの」


 アムリタは助け舟を出す。


『禁止者……、奴らと敵対したのね?

 エリーは武闘派だからねぇ』


 パイパイ・アスラは茶化すように言う。


『でも大丈夫。

 シャイガ・メールの幼体も近くに居るようだし、それを媒介にして夢幻郷への穴を開ければ良いわ。

 ついでにそれを夢幻郷に戻してやれば?』


「え?

 そんな事ができるのか?」


 エリーは反応する。

 蚕蛾かいこがのクリーチャー、シャイガ・メールの幼体がゆっくりと上下する。


『もっちろんよ!

 かつて私もアウラの脳を媒介にしてよく夢幻郷への穴を開けたものよ』


 おほほほ、とパイパイ・アスラは笑う。


「アウラって、パイ、貴女の息子さんじゃないのですか?」


 アムリタは恐るおそる訊く。


『そうよ、アウラは私のジュニア!

 愛おしき一人息子。

 貴女、アウラを知っているの?

 アウラは地球に辿たどり着いたの?』


 パイパイ・アスラはアムリタのといくらいつく。


「私たちは知らないの。

 風の谷の思考機械がアウラに会いたがっていたから」


 アムリタは応える。


『サリーが?

 そう……サリーにも会いに行っていないの。

 心配ねぇ……。

 ここしばらく、サリーとも連絡取れなくなってしまったし。

 何やっているんだか』


 パイパイ・アスラはテンションを下げてつぶやく。


『媒介なしでは夢幻郷への穴を開くこともできないし、今の私の力ではもう恒星の重力から抜け出ることもできないわ……。

 エリー、そしてアムリタ。

 アウラを見つけたら伝えて欲しいの。

 おかあさんはいつも貴方を想っているって……。

 お願いよ……』


 パイパイ・アスラはエリーとアムリタに乞う。

 アムリタとエリーは視線を交わす。


「判ったわ。

 ちなみに夢幻郷への穴を作って入ってしまうと禁止者となってしまうの?」


 アムリタは気になっていることをたずねる。


『禁止者……。

 私の場合は問答無用だったけれど。

 貴女たちの場合は蕃神ばんしんどもとの交渉次第ね』


「交渉の余地はあるのかしら?」


『あると思うわよ?

 彼らも全ての情報を持っているわけではないし、強気で行けば大丈夫よ』


 パイパイ・アスラは気軽に請け負う。


「殺されたりしない?」


 アムリタは心配そうに訊く。


『大丈夫よー。

 だってエリーはエリーの時間軸の将来で過去の私と出会うのだから。

 少なくともそれまでエリーは殺されたりしないはずよ』


 そう言ってパイパイ・アスラは、おほほほ、と笑う。

 アムリタは、私は保証のかぎりではないってことじゃない、と言ってふくれる。


「私が死なないのならば、アムリタも死なない」


 エリーが口を開く。


『私もそう思うわよ。

 だってそんなに酷い過去を引きずっているようには見えなかったし。

 引きずっているのはジュニアのことだけね』


 パイパイ・アスラは楽しそうに同意する。

 アムリタは微笑む。

 エリーの顔から血の気が失せる。


「教えて欲しい!

 夢幻郷へのゲートの開き方を!」


 エリーは乞う。


『貴女の大好きなジュニアが危険なの?』


 パイパイ・アスラはなだめるように訊く。

 エリーは返答にきゅうする。


「そうなの。

 ジュニアは今、監禁されているの。

 私たちが助けに行かなくちゃ」


 アムリタが代わりに応える。

 エリーは、ギョッ、としてアムリタの顔を凝視する。


『アムリタ、貴女は未来が見えるの?』


 パイパイ・アスラは物憂ものうげに訊く。


「ほんの少しだけ。

 凄く限定された未来が見えるわ」


『そうなの。

 それで未来は開けているの?』


 パイパイ・アスラは重ねて訊く。


しばらくは閉じた未来を選ばなくて良いみたい」


 アムリタは微笑みながら応える。


『そう……』


 パイパイ・アスラは短く言い、黙る。


「アムリタ!

 ジュニアは今どうなっているんだ?」


 エリーはアムリタに言い募る。


「大丈夫よ、エリー。

 一緒に夢幻郷に行きましょう」


 アムリタはエリーの腰を支えている手をエリーの頭に回し、でながら応える。


『エリー、天空にできるだけ大きな六芒星ろくぼうせいを描いて』


 パイパイ・アスラは優しくエリーに言う。

 エリーはアムリタの顔を見つめる。

 アムリタはエリーの目を見ながら軽くうなずいてみせる。

 エリーは空中を見上げ、右手で六芒星ろくぼうせいを描く。

 図形は銀色に輝きながら拡大し、頭上に上がってゆく。


『詠唱するわ。

 復唱して』


 パイパイ・アスラはそう言って詠唱を始める。

 発音は人のものではない。

 パイパイ・アスラの詠唱には人では発音できそうもない音韻を含む。

 ペチャ、ペチャ、という汁気のあるおぞましい音も混じって聞こえる。


 ――ないある・らいあす・おる・みらく

 ――わいで・わいで・おる・まいす

 ――さいなる・ないある・おる・いざる

 ――わいで・わいで・いる・さらす


 パイパイ・アスラの詠唱は続く。

 エリーは一小節遅れながら復唱する。

 エリーの復唱はパイパイ・アスラの詠唱に似ている。

 しかし相違もあるように見える。

 エリーはその差異を埋めるべく詠唱を音写し空中にも描く。

 更には地面に幾つもの禍々しい口が生え、その口々(くちぐち)が湿り気を含んだ復唱を行う。

 六芒星ろくぼうせいの周りに複雑な図形が銀色に輝き、六芒星ろくぼうせいまばゆいばかりに輝き出す。


 ――おるでらん・まいならん・おる・わいで

 ――らいあす・ないあす・いる・まいす


 六芒星ろくぼうせいの輝きは異常なまでに輝き、直視できぬほどにになる。

 エリーは左手で両目を隠しながらも尚も復唱を続け、空中へ文章をつづり続ける。


 ――ないある・さいなる・おる・わいで

 ――ないある・らいあす・ぱいぱい・あすら


 いまや天空全体が煌々(こうこう)と輝き、世界を照らす。

 そして ドコン! と異常な地響きのような音がし、六芒星ろくぼうせいは消え、大きな円が空中に開く。

 円の内側は紫色の空がのぞく。


「おお!

 凄い!

 本当に穴が開いた!」


 アムリタが賞賛するように叫ぶ。

 シャイガ・メールはるように進み、体前半分が大きく持ち上がる。

 シャイガ・メールは明らかに穴に向かって伸び上がろうとしている。


「パイ!

 もう一つ教えて。

 エリーはどうやって過去に跳んだのかしら?」


 アムリタは慌てて訊く。


『残念だけれど知らないわ』


 パイパイ・アスラは朗らかに応える。


「じゃあ、じゃあ!

 過去に跳ぶ方法を知っているかしら?」


 アムリタは重ねて訊く。


『私は知らないけれどトマスの本に載っているかも知れないわね。

 そうねぇ、私たちが残してきたものの場所を貴女たちに教えてあげるね。

 そこにトマスの本もあるから』


 パイパイ・アスラは、特別よー、とうれしそうに言う。


『限定三体問題の五つある平衡解へいこうかいのうち、公転軌道上の正三角形解、公転方向側。

 判る?』


 パイパイ・アスラは歌うように言う。

 うん、わからないわ、とアムリタはエリーを見る。


「どの三体だ?

 太陽と地球?」


 エリーが訊く。

 シャイガ・メールは大きく体を伸ばし、天空に開いた穴に届こうとしている。


『地球と月よ。

 そこにトマスと私は旅に不要なものを置いてきたの』


 パイパイ・アスラの声は遠くなりながら続く。

 アムリタとエリーを乗せたシャイガ・メールは穴をよじ登る。


『元気でねー。

 トマスの本、大事にしてねー』


 パイパイ・アスラの声が遠くなる。

 シャイガ・メールは穴を乗り越える。


『夢幻郷、穴が閉じると普通には出られないから気を付けてねー』


 パイパイ・アスラのかすかな声が聞こえる。

 シャイガ・メールは消える。

 シャイガ・メールとともに黒い霧も晴れる。

 後にはフォルデンの森の空地が元々の面積より大きくなって開けている。

 空地の上にシャイガ・メールが超えた穴が浮かぶ。


 時刻は夕刻。

 ソニアの飛空機は空地付近の森の中に茶色のシートを被せられ、駐留している。

 誰も出てこない。

 森の中に風が吹く。

 風は森の木々をで上げる。

 特別なことなど何も無かったかのように。

第三章 第二話 私の頭の中に囁く声 了

続 第三章 第三話 地下世界の重力列車

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
作者の方へ
執筆環境を題材にしたエッセイです
お楽しみいただけるかと存じます
ツールの話をしよう
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ