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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 第一話 土星猫への威嚇(いかく) ~The Hisses to the Saturn-Cat~
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第三章第一話(六)月の台地で躍(おど)れ

 ジュニアは地球猫に抱えられながら空を飛んでいる。

 初めてではない。

 アルタル近郊からダイラトリーンまでチャトラとサビに連れてきてもらった。

 地球猫たちは力持ちだ。

 チャトラに至ってはラビナを乗せたガストを抱え、ダイラトリーンまで跳んだ。

 ジュニアは今まで信じていた常識が削られてゆくのを感じた。


 しかし今回のジャンプは更に常識を削られる。

 サビのジャンプで地面は見る間に遠ざかり、地形は単なる地図のようになる。

 さらに遠ざかる地表を見るに、ああ夢幻郷の地球は球ではないんだ、とジュニアは実感する。

 成層圏まで到達している異常に高い山、大陸や大小様々な島々のある大海原を乗せた巨大な円盤、それが夢幻郷の地球の形だ。

 世界の終わりがある世界。

 宇宙に浮かぶ巨大なお盆。

 その地球が異常な速度で遠ざかってゆく。


 そして月がぐんぐんと迫ってきている。

 サビが目標としているのは月のへり、夜の部分であるようだ。

 先行する他の地球猫たちも同様に月のへりの一点を目指している。

 ジュニアは地球と月の距離を考える。

 現実世界では約三十八万四千キロメートル。

 しかし地球の形を見るかぎり、そんな常識は成り立たないのだろう。

 なんといっても地球があんなに小さく見えて、月がこんなに迫ってきている。

 明らかに宇宙空間に居るのだが呼吸ができるこの不思議。

 なんの冗談だというのだろう?

 真面目に考えるのが莫迦ばかばかしく思えてくる。

 ジュニアはこんな冗談のような世界で死ぬのは真平御免まっぴらごめんだと心底考える。


 サビは体を捻り、足を月に向ける。

 そしてジュニアを胸に掲げた両手に抱きなおす。


「着地するにゃ!」


 サビは叫び、月面を見る。

 目標地点にはピンク色に光る物体がある。

 サビは躊躇ちゅうちょ無くピンク色の物体を踏み抜くように着地する。

 ピンク色の物体は弾けるように壊れ、飛び散る。

 角度があるため、サビはしばらく滑るように流れ、両足を広げこらえて止まる。

 ジュニアは激しい衝撃を背中に受け、うわあー、と叫び声をあげる。


「着いたにゃ!」


 サビはキャリバッグを抱えるジュニアを抱えたまま、にー、と笑う。

 ジュニアは恐るおそる月の台地に立つ。


「今、何か踏み抜かなかった?」


 ジュニアはピンク色に飛散する物体を眺めながらサビに問う。


「月獣にゃ!

 ついでだから踏み潰してやったにゃ!」


 サビは誇らしげに応える。

 見れば周囲にピンク色をした蟇蛙ひきがえるのようなクリーチャーが多数居る。

 そのクリーチャーに地球猫たちが襲いかかっている。

 戦いは地球猫たちが圧倒しているように見える。

 遠くには黒いガレー船が見える。

 そこにも多数の地球猫が空中から舞い降り、踏み抜いているようだ。


「サビ!」


 空中から何人かの地球猫たちが降り立つ。

 アルタル近郊で会ったキジシロ、ハチワレ、アオたちだ。


「お手柄にゃ、サビ!

 月獣たちの拠点をたたくことができたにゃ!」


 キジシロは興奮気味に言う。

 他の地球猫たちも、そうにゃそうにゃ、と呼応する。

 サビは、にゃー、と目を細めて笑う。

 続いてチャトラが空から現れる。


「あの黒いガレー船の乗組員は比較的人間に形状が近い月獣たちにゃ!

 人間に擬態していたにゃ!

 巧妙な擬態にゃ!」


 チャトラも興奮気味に皆に叫ぶ。

 見る間にピンク色の月獣たちは地球猫たちに蹂躙じゅうりんされてゆき、黒いガレー船は破壊されてゆく。

 ジュニアはそのなんとも理不尽な戦いを眺める。


「月獣って何者なの?」


 ジュニアは遅ればせながら、敵について地球猫たちに訊く。


「月の台地を奪おうとしている悪い奴らにゃ。

 月に台地は地球猫のものにゃ。

 これはずっと前から決まっていることなのにゃ。

 残酷で人を食ったりするにゃ。

 許さないのにゃ」


 ハチワレが興奮気味に応える。

 他の地球猫も、そうにゃそうにゃ、と呼応する。

 見れば月獣たちは劣勢で、月の裏側に逃げてゆく。

 地球猫たちはのがれる月獣を追って月の裏側へと向かう。

 とどのつまり猫の縄張り争い?

 ジュニアは一方的な戦いに興味が薄れてゆく。


「サビ、この調子なら俺がここに来る意味ないんじゃない?」


 ジュニアはサビに文句を言ったそのとき、遠くから、にゃーご! にゃーご! と地球猫の鳴き声が聞こえてくる。

 呼応するようにキジシロ、ハチワレたちも、にゃーご! にゃーご! と大声で鳴く。


「どうしたの?」


 ジュニアはサビに訊く。


「土星猫が来るにゃ!」


 サビは短く応える。


「土星猫?

 君たちみたいな人たち?」


 ジュニアは訊く。

 地球猫たちは髪の毛を逆立て、一斉にジュニアのほうを向く。


「とんでもないにゃ!

 土星猫は猫じゃないにゃ!」


 キジシロはジュニアに食ってかかる。


「猫じゃないのに猫と言われているのは腹がたつにゃ!

 ずうずうしいのにゃ!

 猫じゃないどころか生物であるかも疑わしい非常識な奴らにゃ。

 奴らは比喩ではなく土星からやってくるという物理法則を無視したあきれた奴らにゃ!

 非常識もここに極まれりにゃ!」


 キジシロは興奮気味にジュニアに叫ぶ。

 ジュニアは、君たちがそう言うなんて余程よっぽどなんだろうね、と応える。


「ジュニアも実際に見てみれば、奴らがどれだけ鬱陶うっとうしい存在か思い知ることになるのにゃ!」


 キジシロはなおもジュニアに向かって力説する。

 他の地球猫たちも、そうにゃそうにゃ、と合唱する。


 ――チャラララ


 ジュニアが辟易へきえきしていたところ、遠くから音がしてくる。


「来たにゃ!」


 キジシロが跳ぶ。

 チャトラ、ハチワレ、アオがそれに続く。

 ジュニアは地球猫たちが跳んでいった方向を見る。

 はるか遠くで動くものを見る。

 輪郭は確かに猫のように見える。

 しかし遠すぎてよく見えない。


「私たちも行くにゃ!」


 サビはそう叫び、再びキャリバッグを抱えるジュニアの体を二本の腕で天に向かって差し上げる。

 そして、にゃーん! と叫んでジャンプする。

 ジュニアはし折れそうになる体を捻り、ひぇえ、と叫び声をあげる。

 ジュニアは見るともなしに進行方向を凝視する。

 先ほどは小さく見えた猫のようなものの正体が明らかになる。

 そこでは大小様々な、形も色も多種多様な宝玉が立体的に形作る猫の形をした巨大なクリーチャーが地球猫と戦っている。


「あれが土星猫なの?」


 ジュニアは着地の衝撃に耐えながらラビナに訊く。


「そうにゃ!

 土星猫は生物ですらない化け物にゃ!」


 サビは応える。

 土星猫は、カチカチカチ、パララララ、という宝玉同士がぶつかり合う大小の連続音を発する。

 宝玉の数々は複雑に空間を移動し、全体としての形を変えて猫のような形を維持していく。

 土星猫の足に見える部分は時には三本、時には六本となり一定しない。

 しかし全体の輪郭としては確かに山猫のように見え、しなやかに猫のように動く。

 地球猫たちは土星猫の体の外周に浮遊する宝玉にとりつき、動きを止めようとしているが、土星猫が体を捻るたびに振り落とされる。

 しかし土星猫も地球猫の数の多さに手古摺てこずっていて打倒するまでには至っていない。

 お互いが決定打に欠けている。


 ジュニアは、どっちも化物だな、と思うが口には出さない。

 ジュニアは土星猫を観察する。

 全体を構成する宝玉は大小様々であるが決まった位置が有るわけではなく場合場合で移動するようだ。

 その中でも位置が変わらない宝玉が幾つかある。

 胸の中心付近にある一際大きな赤く輝く宝玉、顔面に二つ目の位置にある暗い紅玉、脊椎を構成している細長い黄色の勾玉まがたま


「ねぇ、サビ。

 土星猫の胸の奥に有る一際ひときわ大きな宝玉が土星猫の急所なの?」


 ジュニアはサビに訊く。


「知らないのにゃ。

 確かにあの胸の宝玉を守ろうとしているから怪しいのにゃ。

 でも守りが固くてなかなかあの宝玉に攻撃が届かないのにゃ」


 サビは悔しそうに説明する。

 ジュニアは、ふーん、と言いながらキャリバッグを開き、サプリメントロボットと三つの蓄音機を取り出す。

 そしてサプリメントロボットに耳打ちをする。

 サプリメントロボットは、分かったわ、と言いながら右手で敬礼をした後、三つの蓄音機を何か別の物に作り変えてゆく。

 手回しのハンドルは無くなり、代わりにグリップが付けられ、三つの拡声器のようなものが出来上がる。


「できたわ」


 サプリメントロボットは誇らしそうにジュニアに宣言する。

 ジュニアは、ありがとうね、と言い拡声器のような機械を一つ拾い上げる。

 ジュニアは再び猫耳を付けている。

 そこにチャトラが弾かれたように落下してき、べチャリと地面に落ちる。

 そしてすぐに立ち上がる。

 チャトラを心配するようにハチワレも現れる。


「悔しいにゃ!

 今日の土星猫は強いにゃ!」


 チャトラは髪の毛を逆立てて、フー! フー! と威嚇している。


「チャトラ、丁度良かった。

 これ持って土星猫の右側に回って。

 そして土星猫の胸の紅玉に向かって叫んでくれる?」


 ジュニアは拡声器に似た機械を一つチャトラに渡す。

 そして、君は左側からお願いね、と言いハチワレにもう一つの機械を渡す。

 ジュニアは機械の使い方を早口で説明する。

 チャトラとハチワレは怪訝けげんな顔をするが、すぐに、わかったにゃ、と言い左右に展開する。

 続いてアオがチャトラの居た場所に現れる。


「君もやる?」


 ジュニアは残る一つの拡声器をアオに渡す。

 ふにゃ? と言いながらアオは機械を受け取る。

 そして機械に口を付け、ジュニアに向かって何かをしゃべろうとする。


「うわ!

 味方に向けたらダメだよ。

 危ないから。

 土星猫の胸の紅玉に向けて叫ぶんだ!

 できるだけタイミングを合わせてね!」


 ジュニアはチャトラとハチワレにも聞こえるように大きな声で叫ぶ。

 そして、せーの、と音頭をとる。

 にゃーご! 三人の地球猫は土星猫に向けて叫ぶ。


 ――カカカカ……


 土星猫の胸付近の宝玉が振動しだす。


 ――カカカカッ、カシーン!


 土星猫の胸付近にある宝玉の一つが砕ける。

 一際大きな紅玉ではない。

 付近にある透明な宝玉だ。

 それでも土星猫は驚いた仕草を見せ、反転し、大きく跳ねる。


「凄いにゃ、この武器。

 土星猫の玉を砕いたにゃ。

 追うにゃ」


 チャトラとハチワレが土星猫を追うべく跳ぶ。


「アオ、君に渡したい物がある」


 ジュニアは立ち去りそうになるアオを呼び止める。

 そしてキャリバッグの中から青い猫耳を取り出し、アオの頭にのせる。

 アオは耳が本物のように動くことに驚く。


「この耳を付けて目標物を見るんだ。

 それがターゲットになる」


 アオはコクリとうなづき、きびすを返すとチャトラとハチワレを追うべく跳ぶ。


「それと!

 全部で五発くらいしか撃てないからねー!」


 ジュニアはアオの跳び去った方向に向かって叫ぶ。


「やっぱりあの猫耳はアオにプレゼントするつもりだったのにゃ」


 サビは細めた目でジュニアを見て言う。

 そして、優しいのにゃ、と付け加えて笑う。

 ジュニアは首をやや左に傾け、両方の猫耳を後ろに寝かせて笑う。


「どうなったのかにゃ?」


 サビは土星猫が去った方向をうかがう。

 ジュニアはサプリメントロボットをキャリバッグの中にしまい、そうだね、と応じる。


「様子を見に行くにゃ」


 サビはジュニアに言う。

 ジュニアもうなずく。

 サビは再びジュニアを抱えてジャンプする。

 遠くの空に、空中に向かって遁走とんそうする土星猫が見える。

 それに群がるように地球猫たちが追撃している。

 しかし月面から離れるに従い、地球猫たちは土星猫から離れ、月面に戻ってくる。

 ジュニアとサビは、地面でのびているチャトラ、ハチワレ、アオを見つけ、近くに駆け寄る。


「生きているにゃ?」


 サビがチャトラに訊く。

 チャトラたちは生きているようだ。


「酷いのにゃ、あの機械。

 途中で動かなくなったのにゃ。

 土星猫が集中的に僕らにおそいかかってきたのにゃ。

 もう少しで殺されるところだったのにゃ」


 チャトラが、ぜーぜー、言いながら身を起こす。


「燃料切れだね。

 あれは燃料棒が必要なんだ。

 五発くらいしか撃てないんだよ。

 聞こえなかった?」


 ジュニアは朗らかに言う。


「燃料棒ってなんにゃ、聞いてないにゃ」


 チャトラは元気なくつぶやく。

 ハチワレも、そうにゃそうにゃ、と同様に元気なく同調する。


「でも、土星猫を月から追い出せたから結果オーライにゃ!

 お手柄にゃ!」


 サビは皆を励ますように言う。

 皆は、そうにゃそうにゃ、良かったにゃ、と応じる。


 ――にゃーご!

 ――にゃーご!


 地球猫たちの大きな鳴き声が月面を覆う。

 チャトラもサビも、にゃーご! と勝鬨かちどきを上げている。

 土星猫を月面から追い出し、月獣たちの版図はんとは縮小した。

 しばらくは地球猫たちの優勢が続くはず。

 そう言って地球猫たちは一様に喜んでいる。

 月の裏側の空は黒く星々が輝いている。

 地球猫たちの勝鬨かちどきは続く。


 何時いつになったら宿に帰れるのだろう?

 ジュニアはキャリバッグに腰かけながら考える。

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