8 軋む、からだ
海岸線から内陸部へと移動し、中尊寺へ向かう。お目当ては言わずもがな、金堂と義経堂。しかし現地に着いた瞬間に、少しだけ後悔した。
どちらも見るためには駐車場から山を登らなければならない。
こちらは今やくたばり損ないの身だ。さて、どうしたものか……
「ねえ、いかないの?」
「いや、どうしたものかと……」
「あー、ジジイにはキツいか。ププッ」
……くそったれ。
こんなおちょくりに乗るような齢でも無いのに、つい乗ってしまい、意を決して登り始める。山道といっても、砂利等で登りやすくはなっているので、少し大げさだったと思い直すが、それでも途中少しずつ休憩を取りながら歩を進める。
パセリの方はお気楽モードで応援してくれるのだが……なんか腹立つ。
とは言え、途中でちょっとした茶屋もあり、そこで休憩している人達もいる。自分だけじゃないと、少し安心するが、元気な身体なら大したことないのにという思いもやっぱりよぎる。
そのまま山を登っていくと二手に分かれた右の方に、コンクリート製の御堂が見える。なんだかこの場に似つかわしくないと思ったら、それが金色堂だった。どうやら劣化対策らしく、元々のお堂を囲い、さらにガラスで覆っている。仕方ないのかもしれないが、なんだか途端にイミテーションぽく見えるのはなぜだろうか。少しがっかりした。
山を降りると、近くに毛越寺─Γもうつうじ」と読む─という名刹があると知り、そちらにも向かう。
庭園を見て驚いた。パンフレットによれば、ここにはかなりの数の大伽藍や塔が建っていたらしいが、今はほとんどそのような建物は無い。
ただ、そのためか背景の森や山を借景にして、広大な庭園が緑に溶け込んでいる。森の中に迷い込んでいたら、突然浄土に辿り着いてしまった、と錯覚してしまうくらいだ。平等院の庭園から建物を無くし、さらに広大にした感じを想像してもらえばわかるだろうか。奥州藤原氏の力がどのくらい強かったのかが、よくわかる。
Γ……綺麗なところね」
Γ……ああ」
余計な建物や人の手がない分、余計にそう感じる。
私はゆっくりと玉砂利の上を歩いた。浄土ヶ浜とはまた違った世界。打ち寄せる音を乗せる波がない分、ここは時間も緩やかに流れている。
東北、と言えば他にも外せないところは多々あった。本来ならもっと時間をかけてゆっくり周りたかったが、どうもそんな訳にはいかないようだ。
昼間、あれっぽっちしか動いていないのに、肺と心臓が軋んでいる。痛みはパセリが抑えてくれているものの、締め付けられるような苦しさ──まだ動きたいのに縄で縛りつけて、押さえ込まれるような感覚だ。
ああ、もっと早く動いていれば良かったなと、今は椅子に座りながら悔いている。
人間、いよいよ、と思わない限り動かない事が多すぎる。自分だけかもしれないが。




