6 近いのに、知らない。
「………なんだかなぁ」
朝、いつもの時間に目が覚める。もう出勤しなくてよくなったというのに、アラームもかけていないのに、習慣というものは恐ろしいものだ。少し……いや、かなり悔しい。このまま二度寝を決め込もうと思って布団にもぐってみたものの、今度は「いつまで寝てるの?」とか言われそうで落ち着かない。結局少ししたら起きる羽目になった。
いつもよりは遅い朝食を取り、薬を飲み、散歩に出る。本来抗ガン剤は手術前後に処方されるもので、人にもよるが副作用が出るものだ。発熱、脱毛、食欲不振などなど。動けなくなるのが嫌な私は、免疫力を増強させる6種複合免疫療法をメインとしているが、多少併用しなければならない。
今副作用に苦しまなくて済んでいるのは、パセリによるところが大きい。
「私が押さえておいてあげるね」
そう言われた時、始めて感謝の気持ちを持った。我ながら現金過ぎるので、少なくともそれ以降は邪険に扱うのをやめた。
「寒いね」
「ああ、そうだな。だけど、日が照ってるぶん、まだいいかな。風も無いし」
通り慣れた道をゆっくり歩く。すると、もう長い間住んでいるのに、見慣れないものが目に飛び込んでくる。
あれ、こんなところにクリスマス・ローズが。
ああ、ムカゴなんて久しぶりに見たな。
こんな隙間道があったんだ。どこにつながってるんだろう?
まるで、ちょっとした異世界気分だ。ワクワクするのと同時に、どれだけ周りを見る余裕がなかったのかを、思い知る。
「遠出よりも、まず近場からか?いや、それともやっぱり……」
「なんだか楽しそうね」
「……そうか?」
「うん。眉間にシワ寄ってないもん」
そんなにシワ寄ってたのか?と思い、眉間を触ってみる。わずかにぼこぼことした感触があり、思わず苦笑いを浮かべる。まぁ、これも私が歩んできた人生の証なのだろう。
「ただいま」
「おかえりなさい。洗濯物、これ干してね。ちゃんと広げないとダメなよ?」
「わかったよ」
ふむ。これも見過ごしていた「日常」だな。濡れた衣服は冬の外気に触れて、あっという間に冷たくなる。まだ気温が上がらない中、妻は洗濯物を次々と手際よく干していく。
ああ、世話かけてたな。
後で温かいコーヒーを淹れておくとしよう。




