2 名前を、つけて。
「あなたは、どうしたいと思ってるの?」
昔からある夢を見ていた。
最初は薄ぼんやりと。
起きればすぐに忘れてしまう、儚い夢。
しかしそのうち、夢の中でだけΓああ、この前の続きか」と思いだすようになった。
それは年月を経る毎に形を成していき、最近では起きている間も忘れないようになってしまった。
で……だ。
「こんにちは」
「……君か……」
「ようやくお話ができるようになったね」
こんな話、人には言えんな。いい歳した男が少女の夢を見、それに囚われるなんて。しかもついには幻聴まで聞こえ始めるとは。脳までやらえたのかと不安になったが、他は今のところ支障は無さそうだ。
これでも一応人並みに世間体は気にしている。死んだあとは周りの人間が何を言おうが聞こえないのだから、怖いものなしと思うようになってはいるが、不思議なもので死んだ後に後ろ指をさされるのも嫌だなぁとかも考てしまう。
それにしても、こんな顔立ちをした女性なんか、遭ったことなどないのだが?似たような知人を夢の中なりに思い出そうとしたり、段ボールにしまっていた卒業アルバムなんぞを引っ張り出して眺めてみたりしたのだが、さっぱり手掛かりがつかめない。……まあ、良かろう。取り敢えず、人前で声を出すのだけは止めとこう。
「……君は、誰だ?」
「私?私は誰でもないよ?私は私」
「名前は?」
「そんなのないなぁ。無くても困らないし。でも、あなたとせっかく話すことができるようになったのに、『オマエ』とか『君』とかじゃ味気ないよね」
「と、言ってもなぁ」
「じゃあ、あなたが名前をつけてよ」
「はぁ?」
おいコラ待て待て。いきなり名前をつけろと言われてもだな。付けたら付けたでどうせ「なんでこの名前?」とか言い出すんだろ?
「なんでもいいよ?かわいいのお願いね?」
……ほらきた。それ、なんでもよくないだろ。大体食事とかも「なんでもいいよ」とか言ってるのに、いざ店に入ろうとしたら「それ今食べたくない」とか「私食べられない」とか言う奴のなんと多いことか。
ああ、面倒だ。適当につけるにしても、ジョセフィーヌとかアントワネットとかだと長ったらしくて呼ぶのが面倒だし、第一恥ずかしい。もっとこう、日常的なので、短くて……あ。あれとかどうだ?今の俺にはちょうどいい。
「……パセリ。どうだ?」
パセリの花言葉は、「祝祭」「勝利」「お祭り気分」「役に立つ」………そして「死の前兆」だ。
「え。それにするの?」
「ああ。いまそこの雑誌の表紙見て、な。『トマト』や『ポテト』よりはいいだろ」
その瞬間、目の前にうっすらと揺らいで見えていた手のひら大の少女が、みるみるうちに実体を持ち始める。
「貴方が『名』をくれたから、ね。他の人には見えないけれど、現実世界でも一緒にいれるわね?」
なんてこった……!面倒事が増えただけじゃないか。
「あ。大丈夫。他の人には見えないから」
そいつは良かったっ……じゃない!嘘だろ?ずっとついてくるつもりか?
「ところでさ、体調どう?」
「……良いとは言えんな。時々、いきなり極度の疲労感に襲われるときがある。正直、長くはなさそうだ、とは感じている」
「貴方はもう直ぐ旅に出る……最後のね」
「……そうか。あとどれくらいだ?」
「そこまではっきりとは教えられないけど、あと1年くらいは大丈夫」
「1年……か。結構あるな」
「ねえ、何かしたいこと、ないの?」
「そうだな……一つだけ」
旅が、したい。
何にも縛られない、自由気ままな旅を。




