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第六話

「高校生の頃、付き合ってた人がいたんです」


 ぷつぷつとビールのあわが音を立てる。高木さんが上手に注いでくれたビールは、グラスの上2センチほどがきめ細やかな泡になっていた。


「私、男の人と付き合うのはそのときが初めてで。

 だから、舞い上がってたんです。」





「初めて出来た彼氏は、まるでヴィジュアル系のバンドやってる人みたいなイケメンで、私のことをものすごく甘やかした。女の子なら誰でもポーっとなっちゃうような言葉と、綺麗すぎる笑顔と、紳士な態度。…私みたいなネンネちゃんは、落とすの簡単すぎただろうと思います」


 冷えて汗をかいているビールジョッキをぐいっとあおって、苦さに顔をしかめた。

 もちろん、苦いのはビールだけじゃないけど。


「でも、その人は本当は私のことなんか好きじゃなかったんです。あっという間に飽きられて、ポイっと捨てられて、それでおしまい。」

「そいつには、遊びだったってこと?」

「まあ、そうなんでしょうね。…で、初めての彼氏がそんなだったから、もう男の人とお付き合いしたいって思えない。信じられないんです」


 わざと明るくそう言って、一息に残りのビールをあおった。


「だから、高木さんとお付き合いなんて、無理なんです」


 高木さんを見ると、真面目な顔で私をじっと見てる。上手に注がれたクリーミーなビールの泡がだいぶ減ってしまっているのは、手を付けずに私の話を聞いてくれていた証拠だ。


「…南美、俺のこと嫌いか?」


 ぼそっと高木さんがつぶやいた。


「まさか。そんなわけないじゃないですか」


 思わず即答する。すると、高木さんは嬉しそうに笑顔になった。


「嫌いじゃないんだな?なら、何がしかの好意は持ってくれてるわけだ」


 ええ?いやそりゃ、高木さんかっこいいし、優しいし。


「でも、恋愛って意味じゃ」

「わかってるよ。それでも俺が側にいて嫌じゃないなら今はそれで充分だ。南美が俺のこと信じてくれるように頑張るから」



 そう言ってにっこり笑う高木さんに、私はただただ慌てるばかりで。


 気がついたら、週末の約束を取り付けられていた。




 *****


「薔薇の育て方について相談に乗って欲しい」


 というのが、高木さんの言い分だった。

 以前、薔薇のジャム作りにチャレンジした話をしたことを覚えてくれていて、そこから私の一番の趣味が園芸だと言うことがばれてしまった。そうしたら、そんな話になったんだけど。


「ええと、高木さん?どこまで行くんですか?」


 週末、高木さんに薔薇の相談に乗ることを約束させられて会うことになってしまったが、車でうちまで迎えに来てくれた高木さんは、私を乗せるとなぜか高速道路に乗ってしまったのだ。


「うん、軽井沢」

「軽井沢?!」

「薔薇の相談に乗って欲しいって言ったでしょ?軽井沢の別荘で伯母が薔薇を育ててたんだけど、伯母が入院しちゃってね。まわりにわかる人が全然いないんだよ。」


 別荘て。


「あ、別荘って言ってもそんなすごいものじゃないからね、期待しないで」


 私がびびってると、高木さんが笑いながらそう茶化した。

 いえいえ、私のような庶民からすれば別荘を持ってるってこと自体がすごいことなんですけど。


 けれど、高速道路を走っている車に乗っている私は逃げ出すことも出来ず、結局軽井沢まで連れて行かれる以外の選択肢はなかったのだった。






「わあ・・・・・っ!」


 連れてこられた別荘地は山の斜面になっていて、高木さんの別荘はその斜面の上の方にあった。小説に出てくる「お金持ちの豪邸」みたいのじゃなくて、こぢんまりとした小さなログハウスだ。屋根の上に煤けた煙突が見えるから、暖炉か薪ストーブがあるのかもしれない。

 道に車を止めて斜面を見上げると、丸太で土留めしたような階段が蛇行しながら別荘まで伸びていて、道を取り囲むようにいろいろな植物が植えられていた。花は少ししか咲いてこそいないけど、寒冷地の秋の寒さに耐える葉が整然と植えられている。


 芝桜、萩、スイセン、ムスカリ・・・そして何より、薔薇。

 薔薇は斜面の中程、一番日当たりのいいだろう場所に花壇に仕立てられていた。


「花が咲いてなくて、申し訳ないね」

「いいえ、春になったらきっと花盛りなんでしょうね。わくわくします」


 ほとんどは花が咲いていないけど、数株だけ薔薇が花をつけている。近寄ってみると、深い甘い香りが鼻をくすぐった。


「いい香り・・・オールドローズですね」

「薔薇の分類?」

「はい、1867年に発表されたラ・フランスっていう品種の薔薇があって、それ以前の品種をオールドローズっていうんです。形が優美で、香りが深くて、私、オールドローズ大好きで・・・すみません、こんな話つまらないですよね」

「そんなことないよ。俺が南美に頼んだんだから。南美は本当に花が好きなんだね」

「はい!大好きです」


 そう言ったら少しだけ高木さんの頬が赤くなったような気がするけど、きっと気のせいだ。私は広い斜面一杯のすてきな庭に夢中になっていた。


「でも、ちょっと誘引したほうがいいかもしれないですね」

「誘引?」

「これ、つるバラじゃないですか」


 私の見ている先には、薔薇のアーチがあった。


「つるバラは冬の間に誘引っていって、アーチとかに止めて形を整えていくんです。冬の間にやらないと、枝が傷ついちゃうから。あ、でも、軽井沢みたいな寒冷地だったら3月くらいの方がいいのかな」


 ぶつぶついいながらあちこち見て回りながら階段をあがっていくと、階段の下にいる高木さんが急に吹き出した。


「何ですか?」

「ご、ごめん・・・本当に好きなんだなあと思って」

「いいですよー、園芸バカって正直に言ってもらって」


 くっくっと喉を鳴らしながら階段を上がってきた高木さんが私のすぐ後ろに立って「寒くない?」ってジャケットをかけてくれた。


「・・・あ、ありがとうございます」


 ジャケット、あったかい。体、気がつかないうちに冷えてたんだな。


「ごめんね、本当は別荘に入って暖かいお茶でもと思ったけど、やっぱりまずいでしょ」

「え?どうして?」

「そりゃ、まあ、ほら、密室で二人っきりになるのは、俺もあんまり自信がないって言うか」

「・・・!」


 そ、そういうことですか。

 そうですね。

 すみません、鈍感女で・・・






 結局、その後庭の様子をだいたい見てから別荘を後にして、軽井沢でランチをご馳走になってしまいました。

 そして、時間の空いている週末は、別荘の庭の手入れをする、ということで、いつの間にか話が決まっていたのでした…





 あれぇ?

連続投稿は本日までになります。

このあとはまたボチボチ更新してまいります。

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