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彼女が眼鏡を外すまで

診断メーカー様で「隠れてキスをしている2人」的なお題が出たので書きました。

コピー忘れてどの診断かわからなくなった…申し訳ありません。

本編曽根さん事件の決着がついてから少しあとのお話。

ちょっと以前書いた番外と時系列がおかしいんですが、暖かくスルーしていただけると…

 曽根さんたちがいなくなって1週間、でも会社の中はそんなに変わらない。

 仕事は毎日否応なく来るんだし、社内スキャンダルなどで立ち止まっている暇はないのだ。


 もっとも一部の女子社員の雰囲気はちょっと変わったかもしれない。社内を騒がせた不祥事が曽根さんたちの計略だったことが広がり、曽根さんの取り巻きをやっていた女の子達は肩身が狭くなってしまったらしい。手のひらを返したように曽根さんに対する文句をああだこうだ言い始めたから他の社員達も影では呆れてるみたいだ。


 私は結局そのまま会社に勤めている。あんな騒ぎに巻き込まれて居づらくなっちゃうかな、とも思ったけれど、課長を筆頭に同僚のみなさんが積極的に味方になってくれたから、その気持ちに応えたいとがんばっている。

 そして誰よりも、真樹人さんが応援してくれているんだもん。


「ねえ、藤田さん。あなたと高木さんがつきあってるって本当?」


 だからこんなふうに女子更衣室でかこまれたって大丈夫……ええっと、まあ、大丈夫なはず、です。

 相手は元曽根さん取り巻き軍団。噂の彼女達です。オンナの迫力、すごい。

 でも私はあのとき決めた。今の自分のままで真樹人さんが幸せになれるようにがんばろう、って。となりに立って一緒に歩いて行けるように胸を張る。


「はい。おつきあいさせてもらってます」


 いやーっ、って悲鳴があがった。元取り巻き軍団は阿鼻叫喚だ。


「だから、なんでこんなちんちくりんのメガネザルが!」

「高木さんみたいな優良物件を!」

「曽根さんは性格悪かったけど高木さんのとなりに立って見栄えのする美人だったからあきらめもついたけど! ああでも、この子ならまだ私たちにも可能性が」

「ああ、それもそうよね。さっさと別れさせて――――」


 なんて勝手なことを話し合ってる。そのたびにちらりちらりと見下すような視線をこちらによこすのやめてちょうだい。

 今までの私なら何も言えないで黙っちゃったかもしれない。真樹人さんに自分が本当にふさわしいんだろうか、とかネガティブなことを考えて言葉が出てこなくなったかもしれない。

 でもそれじゃだめなんだ。真樹人さんが私の無実を晴らしてくれたように、私も真樹人さんのためにがんばるのだ。


「高木さんにアプローチするのは皆さんの自由です。けど、私は彼を誰かに譲る気なんてありませんから。真っ向から受けて立ちます」

「――――」


 そう啖呵をきって、唖然とする人たちを置き去りに私は更衣室を出た。追いつかれないようにさっさと社員通用口を出て夜の街に踏み出す。


 さっきの、怖かったわけじゃない。腹はたつけど真樹人さんはそれだけかっこいいんだからしょうがないとでも思っておこう。

 うん、怖かったわけじゃない。

 ただ、胸の奥にまだこびりついたように不安が残るだけだ。以前、曽根さんと取り巻きたちに囲まれたのもやっぱり女子更衣室だったから。

 だから嫌でも曽根さんや室戸さんとのいざこざを思い出してしまうのだ。


 曽根さんは真樹人さんを射止めるためにいろんな手をつかって私を陥れようとした。

 室戸さんはお金のために曽根さんに手を貸した。

 人には悪意というものがあるってわかっていたつもりだったけど、実際自分の身に降りかかってみると誰でも負の側面を深く持っていることもあるのかも、と怖くなってしまう。高校生の頃に一度騙されたことがあったけど、あの人はちょっと特殊だったからなあ。ごく普通の人でもそんな悪意を持っているという意味で曽根さんたちに再認識させられたというか。


 曽根さんも室戸さんもいなくなった。だから一段落、のはずなのに、もわもわと不安が首をもたげる。

 ――――もう、私には関わってこないよね?

 どこからか突然目の前に現れて怒鳴りつけられたりとか襲われたりとか、そんなことないよね?


 駅に向かって歩こうかと思ったけれど、気持ちを立て直したくて進路変更。このまま一人の自宅に戻ってもきっと不安なままだ。精神衛生上良くなさそう。ちょっとやけ買いでもして気晴らししようかとショッピングセンターに足を向けた。

 その時だ。


 ぐいっと手を引かれ、背後から突然抱きつかれた。

 あたりはビル街、人は全くいないわけじゃないけどまばらな時間帯だ。ざあっと血の気が下がる。さっきよぎっていた不安と恐怖が一気に頭をもたげる。

 なのに恐怖と驚きで声すら出ない。ひっ、と息をのんだまま硬直する。


 ――――けど。


「みーなみ」


 すぐに耳元で声がして途端にフリーズがとける。背後にいるのが誰なのか一瞬で理解して、世の中で一番安心できる腕の中にいることに気がついたんだ。


「ま、きと、さん」

「ちょうど南美が出て行くの見かけたから追いかけてきた――――って、あれ? そんなに驚かせちゃった?」

「び……びっくりした……」

「ごめんごめん、って、南美?!」


 文字通り腰が抜けた。あんなこと考えてた最中だったからマジで怖かったんだよ?! へなへなと座り込んでしまいそうな私を真樹人さんが必死に抱えてくれていた。





「大丈夫、俺が一緒にいるから」


 私の不安な胸のうちを聞いて、真樹人さんが今度は正面から抱きしめてくれた。暖かい腕の中、こびりついた不安がポロポロと剥がれ落ちていく。


「そうだね、でも不安になる気持ちはわかるかもな。

 ――――でも社長に聞いた話では、曽根さんはずっと家にいるって。社長の家だよ。ゆっくり話をして、それからカウンセリングも受けさせるって。曽根さん自身、俺のことを本気で好きなわけじゃなかったみたいだから、時間を置けば落ち着くだろう。

 あと、室戸さんはさっさと退職して消えちゃったらしいよ。そこだけ聞くと不安だろうけど、彼に関しては逆恨みして、とか言うのはないと思う」

「どうして?」

「警察に告発されたくないからさ。あの男はむしろそういう感情的な部分は切り捨てて計算づくでものを考える奴だ。この期に及んで俺や南美を傷つけたってあいつには何の利益にもならないだろ」


 納得行くような行かないような。

 真樹人さんの言葉はあくまで予想の範疇を過ぎない。楽観的といえば楽観的かもしれない。

 でも私はその言葉に乗っかることにした。真樹人さんだってこれで私が完璧に納得するとは思ってないだろうけれど、論理的な言葉を聞かせることで私が自分の中で整理できるようにしてくれているんだと思うから。


「――――うん、そうだね」


 私が頷いたことでホッとしたみたいな真樹人さん。大きな手で私の髪を優しく撫でてくれる。


「もっとも、たとえあの二人が近寄って来たとしても俺が南美の視界に入れさせるわけがないけど」

「もー、過保護!」

「過保護で結構――――本当はこのまま一人暮らしさせとくのも心配なのに」

「え? 何か言った?」


 真樹人さんの言葉の後半は小さい声でよく聞き取れなかった。聞き返したその時、人の話し声がした。


「――――、生意気なのよあの子」

「高木さんは私のものー、みたいで」


 さっきの人たちだ。別に怖いわけじゃないけど固まってしまう。

 その一瞬の変化を見逃さない誰かさんはピンと来たらしい。


「あれが原因か」


 すぐに私をそっと押してビルの壁が凹んでいるあたりに立たせ、正面から私を隠すみたいに覆いかぶさってきた。


「真樹人さ、んん……」


 そのまま唇を塞がれた。

 真樹人さんのキスはいつも甘くて、芯から蕩けてしまいそう。私はいつもこれにごまかされちゃう。

 でも、今はいいか。

 少し雲がたちこめるような暗い気持ちの中にポッと明るい焚き火が見えて、そこからじわりと晴れていく。

 すっかりさっきの一団のことなんか頭から消えちゃっていた。


「あの人達から南美を隠すつもりだったんだけど、顔が近くなったら我慢できなかったね」


 長い長いキスからやっと開放された頃には身も心もヘロヘロ、なのにしゃらっとそう言ってのける真樹人さん。ちょっとだけ彼を睨みつけたけど、真樹人さんはそれはそれは幸せそうな顔で笑っていて。


 うう、私またなんかごまかされてる?

 この人には一生勝てない気がする。くやしい。


 ――――まあ、嫌な気はしないけど。


「ところで南美、コンタクトに変えてみない?」

「え? 突然どうしたの?」







 で。

 よくわからないうちに勧められるまま眼鏡をコンタクトに変え、そしたらなんかピタリと女子社員のやっかみが止まってしまった。

 そしてその後真樹人さんがおおっぴらにベタベタするようになってきたんですけど……?

 さすがに公私はきっちり分けてるけど、どうしたんだろう。


「いや、南美の可愛さを全面に押し出して突っかかってくる人を黙らせようと思ったんだけど……余計な虫が、あ、いや、ヤブヘビというか」


 なんだかちょっとうんざりした顔してません? 真樹人さん?


「女子社員避けより南美目当ての男を牽制するほうが忙しいとは、はぁ」


 真樹人さんのぼやきは小さすぎて、これまた私の耳には届かない。私はよくわからなくて首を傾げるばかりだった。

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