番外編★新年のご挨拶
番外編です。
時期的には本編最終話直前になります。
なお、南美視点の一人称で書いていますが、途中★で区切ったあとからは真樹人視点になっています。
空港の独特の雰囲気は好き。
これから旅に出る高揚感、あるいは旅から無事戻って来た安堵感。そんなものがないまぜになって、ちょっと浮き足立つ。
今の私は、後者。無事日本に帰ってこられてホッとしてる。一人で飛行機に乗るのは初めてじゃないけど、やっぱり一人旅だと寂しいところもあるからなあ。
あ、でも今回は隣の席の人が社交的な人で、おしゃべりに付き合ってもらったから案外楽しかったかな?
私の両親は仕事の都合でアメリカに住んでる。もとは日本の大きな企業で働いていたけど、今は現地法人の社長としてあちらに行ってるんだ。
なので、この年末年始は両親のところに行ってました。今、日本に帰り着いたところ。
今回は参った。
私もよく知ってる、両親のアメリカの友人ウッド夫妻とそのお嬢さんと新年のパーティーをしたんだけど、そこで私がしていたペンダントの話題になった。
そう、真樹人さんにもらった、あれ。
私なんかより遥かにグラマーでセクシーな女子高生のスザンナが「それ、男からもらったでしょ」って言い出して。まだ両親にはお付き合いしてることを話してなかったので、大慌て。結局、問い詰められて真樹人さんのこと話しちゃった。
その時のことを思い返しながら回ってきたスーツケースをピックアップする。うん、重たい。
必死に持ち上げてると、横から手が伸びてきて持ち上げるのを手伝ってくれた。
「ありがとうございました――――あ、近藤さん」
さっきまで隣のシートでくだらない話に付き合ってくれてた人だ。真樹人さんと同い年くらいの男の人だ。
「随分重たそうだね。手伝うよ」
「ありがとうございます! でも、大丈夫ですよ。あとはリムジンバスまでゴロゴロ引っ張っていくだけだし」
「そう? それにしても――――」
近藤さんが言いながら必死に口元が緩むのを隠してる。何でしょう?
「藤田さん、必死にトランク引っ張る姿がね、何か可愛くて。小動物っぽいって言われない?」
うっ……!
引きつった私を見て、近藤さんが慌てて言葉を足した。
「ごめん、気にしてた? でも、何ていうかなあ、見てると守ってあげたくなっちゃうような雰囲気あるんだよね」
話しながら荷物のタグのチェックを受け、内側からしか開かない自動ドアをくぐる。
「あのさ、だから良かったら君の連絡先――――」
「南美!」
くぐった先で真っ先に目に飛び込んできたのは、外に出たら真っ先に電話して声を聞きたいと思っていたその人で。
「真樹人さん!」
勝手に顔が笑顔になって、勝手に体が真樹人さんに駆け寄る。真樹人さんも軽く両腕を広げてくれて、私は迷わずそのに飛び込んだ。真樹人さんもぎゅっと抱きしめてくれて、飛行機の疲れも一気に吹き飛んじゃうよ!
「真樹人さん、どうしてここに?」
「迎えに来たんだよ、もちろん」
確か、今日は仕事があるから正月出勤だ、って言ってなかったっけ?
「ソッコー終わらせてきた」
言いながらおでこにチュ、とかやめてくださいっ! ここ、空港ですよっ! 人目がああああ!
私がもがいていると、後ろから「あのー」と声がした。
やば、忘れてた。
「す、すいません近藤さん! ありがとうございました」
「あ、ああいや、うん、お役に立てて何よりだよ。それじゃ」
近藤さんは引きつった笑いを浮かべながら、なんだかがっくりとした様子で去っていった。
どうしたのかな?
「南美、今の人は?」
「飛行機で隣の席だったの。スーツケースが重くて持ち上げられなかったのを手伝ってくれたのよ」
「ふうん? まあいいか、そういうことにしとこう」
なに? なんで急に不機嫌になってるの?
真樹人さんはちらっと近藤さんが去って行った方向を見てから、私のスーツケースを持って、反対の手を私の腰に回して歩きだした。
「行こうか」
「うん」
「俺んちに」
「へ?!」
「南美んちに送るつもりだったけど気が変わった。無防備にも程があると思いますよ俺は。幸い着替えもたくさん持ってるみたいだし、今夜はゆっくりと話を聞かせてもおうかな」
「ちょ、ちょっと待って」
「待てません。旅行中、どんな男とどんな話したか洗いざらい喋ってもらいましょうか。幸い明日も休みだし、一晩くらい寝なくてもいいデスネ?」
「なんで敬語?! なんで徹夜することになってるの?!」
真樹人さん、こんなキャラだっけ?! アワアワする私をズルズルと車まで連行し、助手席にポイッと放り込んでからスーツケースを積み込み、自分も運転席に座った。
まだ真っ赤な顔で焦ってる私を見て、真樹人さんはついに吹き出した。
か、からかわれたっ!
「ごめん、つい可愛くて。さっきの男だってあからさまに南美に気がありそうだったし」
「そんなことないってば!ただの親切な人だよ」
そう答えると、真樹人さんは疲れたように大きくため息をついて「これだから無自覚は……」と小さく独り言を言った。あれ? え? 私、近藤さんに口説かれてた? そんなことないよね?
でも、折角の真樹人さんとの再会なんだから、妙な誤解で喧嘩するのも勿体無い。そう思ってたら、真樹人さんが私を抱き寄せ、優しく唇が重なった。
「おかえり、南美」
「ただいま、真樹人さん。会いたかった――――あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
少しの間、そうやって見つめあっていた。
☆★☆★☆★☆
正直、この日に仕事を入れてくれた上司を呪ってやりたい気分だ。
年末年始を両親と過ごすために渡米していた南美が帰ってくる日だというのに、得意先の新年会に課長の代理で行ってこい、なんてなんの嫌がらせだろうと思った。時間的には南美の飛行機の到着に重なるか重ならないかの微妙なタイミングで内心舌打ちする。でも課長がインフルエンザじゃしょうがない。しょうがないとわかっちゃいるけど、『じゃあよろしく』と言いおいてさっさと電話を切った課長にはきっと、俺の怒りの念が届いていたに違いない。
それでも何とか目処をつけ、飛行機の到着時間に間に合わせることができた。
南美の乗った飛行機が到着したと表示が出て暫くして、待ちに待った姿が自動ドアの向こうに見えた。
けど、何だあの男は。
俺と同い年くらいの背の高い男。南美の横を歩いて、鼻の下が伸びてやがる。
敵認定。
「南美!」
男を無視して呼びかけると、俺を見てものすごくびっくりしていた南美の顔がすぐに目茶苦茶幸せそうな笑顔に変わった。そのまま、俺の腕の中に飛び込んできた。
ふふふ、見たか。この娘は俺のだから!
そう目で語りかけてやると、男はがっくりと肩を落とした。
「やっぱなあ、彼氏くらいいるよなあ。あんな可愛い娘じゃ」
ボソッと男が呟いた。よくわかってるじゃないか。
でもこの瞬間、俺は南美に使い捨てコンタクトレンズを勧めたことを後悔していた。以前からコンタクトレンズは痛くなるから嫌だと言っていたので、軽い気持ちで使い捨てのを勧めたら気に入って、以来休日は眼鏡はほとんど使わなくなった(仕事では眼鏡を愛用してるらしいが)。ところが少女マンガの王道『眼鏡を外したら美人』を地で行く南美だから、以来俺の『虫』退治は忙しくなってしまった。彼女の可愛さを理解するのは俺だけでいいってことに気付かされる。
男はあっさり引き下がっていったけど、もうこの段階で俺の熱は上がりきっていた。今日は俺の家に南美をさらってしまおう。ただでさえ南美不足なところに嫉妬心に火をつけられて、このまま送っていってバイバイなんて耐えられるわけがない。
車に戻ってすぐに彼女を補うようにキスを重ねる。欠けたものが満ちていくような、でも早く満たされたくてかえって飢餓感を募らせるような、いろいろなものでないまぜになっていく。でもこの辺で止めないと、家に帰り着くまで保たなくなってしまう。危ない危ない。
もう南美をひとりで旅に出すのはやめよう。次に彼女がご両親のところに行く時は絶対一緒に行くために、プロポーズは早めにしようと決心する俺だった。
お読みいただきありがとうございます!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。




