第二十八話
「曽根さん?」
曽根さんって、あの秘書課の?
私の頭の中にいつかの騒動が蘇る。私が真樹人さんに近づきはじめたのを牽制するためにかなりひどいことを言われて、頭の中がぐちゃぐちゃになった私は、真樹人さんにも優にもすごく助けて貰った。
あのあと真樹人さんがはっきり断ったからか、曽根さんの話はぴたりと聞かなくなっていた。会うこともなかったし、半ば忘れてきてたのが現状です。
「曽根さんは秘書課の人間だ。社長室とは切っても切れない間柄だし、特に南美のことは好意的に見ているとは考えにくい。だからとっさに彼女が頭をかすめたんだ」
「でもでも、最近は全然---」
「それで思い出したんだ。南美、南美が俺と彼女が一緒にいるところを見て誤解したことがあっただろ?」
ああ、あったあった。ビルの喫茶室で二人が話してるところを見たんだ。私が頷くのを見て真樹人さんは話を続ける。
「あのとき俺がきっぱりと断ったのに、彼女、妙に余裕があったんだ。『今は引き下がる』 みたいなこと言って立ち去ったし」
そういえば、不思議に思ってたんだ。後から"真樹人さんが曽根さんを断った"シチュエーションだったと聞いて、私が見かけたとき曽根さんがにこやかに笑っていたのはどうしてだろう、って。あれは何かの思惑があって、いずれは真樹人さんと結ばれると思っていたからの笑みだったっていうこと?
「だから考えたんだ。もし彼女が関わっていたなら筋が通るんじゃないかって。この事件の主導権を握っているのは室戸さん、あんたじゃなくて曽根さんなんじゃないかって」
しいん、と沈黙が降りる。真樹人さんと室戸さんは互いに視線を外さずに睨み合っていて、空気は重苦しいのに張り詰めている。
ええと、真樹人さんの話の結論としては、SDカードの一件は曽根さんが室戸さんにやらせたこと、そういうこと?
「---証拠は?」
低い声で先に口を開いたのは室戸さんだ。真樹人さんには想定内の質問だったんだろう、焦る素振りもない。
「押さえてる---とでも言えば満足か?」
「はっ、口だけなら何とでも言えるだろう?」
「そうこうしてるうちに、見合い話が来たんだ」
突然の話題のチェンジ! それも私にはちょっとスルーできない内容なんですけど、なに? それ。
室戸さんもそう思ったのか、眉毛が片方だけぴくりと上がった。
「両親から押しつけられたんだけど、全く興味がなかったから無視するつもりだったんだ。それでも先方から是非にってゴリ押しされてるって言うから写真と釣書見たら、驚いたよ。それがあの曽根さんだったんだ」
「ええ?!」
「あ、もちろん速攻断ったよ。なのに、電話があったんだ」
「電話が?」
「曽根さん曰く、南美は浮気している。その証拠に、今日は会社の帰りに浮気相手と飲みに行っているはずだ、ってさ。ばかばかしいと思いながら聞いた店を覗きに行ったら---南美と、室戸さんがいた」
ああそうか。昨日の話だ。
「でも、それ見てちょっとだけほっとしたんだ。南美、硬い表情で座ってた。あれで曽根さんが言ってたように浮気なんかじゃないってすぐわかった。でもそこで疑問に思ったんだ」
あ、それわかる。
「どうして曽根さんが私が飲みに行ったことを知ってたか、でしょ?」
「そう、それ。たまたま南美が飲みに行く話をしているところを見かけたのかとも考えたけど、店まで知ってるのはどうかな、と」
「どこの店に行くかは私も店につくまで知らなかったよ」
「やっぱりな。---とすると、あとは元々南美と室戸さんが飲みに行くことを知ってたってことになる。店を決めたのは室戸さんだ。ということは---室戸さんと曽根さんはどこかでつながりがあった、ってことになる」
そこまで話して真樹人さんは真っ直ぐ室戸さんを見た。
「この場合、合理的に考えれば主導的な立場にあったのは曽根さんだ。動機が明確にあるからな。とすると、室戸さんが加担するメリットは何だ?それは---」
「馬鹿馬鹿しい!」
ガン、と椅子を倒す勢いで室戸さんが立ち上がり、真樹人さんを指差して声を荒らげる。
「つきあってさしあげましたが、時間の無駄でした! くだらない妄言を連ねるなら、きちんと証拠を揃えてからの方がいいですよ、名誉毀損で訴えられますから。---これ以上はつきあえません。失礼します」
言い捨てるなりさっさと部屋を出ていった室戸さんを座ったまま見送り、真樹人さんは大きくため息を吐いた。
「ごめんな、怖かっただろ?」
私? うんまあ、怖くなかったって言ったら嘘になるけど。
「怖かったっていうより、ハラハラした。でも真樹人さん、かっこよかった」
「はは、ありがとう。でも、ドラマの探偵役みたいにはいかなかったな」
「そんなことないよ」
私の返事に真樹人さんは照れたように笑って、「軽く食事しようか」とメニューを取った。隣同士だと話しづらいね、って席を立って真樹人さんの向かい側に行くと、ウエイターさんが注文を取りに来た。
「南美」
注文を終えウエイターが出て行くと、真樹人さんが真顔になってテーブルの上で私の手を取った。
「なあに?」
「月曜日、全部決着をつけようと思う。その結果がどう転んでも、南美のことは守り通す。だから信じてて、俺を」
「真樹人さん……」
甘い言葉に思わずうっとりしてしまう。だからじゃないけど、やっぱり好きだなあって改めて思ってみたり。
曽根さんもそんな真樹人さんのことが好きなんだろうなあ。そう思うとちょっと胸が痛い。もちろん譲れないけど。
そんな気持ちが顔に出たんだろうか、ふと真樹人さんが心配そうに眉を寄せた。
「どうした?」
「その、さっきの話きいてて、あんなことしちゃうくらい曽根さんは真樹人さんのこと好きだったんだなあって思って」
「---ああ、そうじゃないんだよ」
「え?」
どういうこと? 曽根さん、真樹人さんのことが好きだから私を真樹人さんから離すためにこんなおおがかりなことしたんだよね?
「そうじゃないんだ。彼女が俺と結婚したいのは、俺が美代子おばさんのお気に入りだからなんだ」
「??」
「おばさんはうちの会社の大口の顧客なんだよ。おばさんが経営してる会社の関連企業だけで、シェアの1~2割を占めてる。当然、株だって保有してる。つまり、どうあってもつなぎとめなきゃいけない相手なわけだ。
美代子おばさんには子どもがいないんだよ。となると、彼女のお気に入りである俺をとりこむことはおばさんとのパイプを強化する手っ取り早い方法なわけで」
「ま、待って待って! それと曽根さんとどういう関係があるの?」
曽根さんだって、同じ社の社員なだけでしょ?
「釣書見てわかったんだけど、曽根さん、社長の娘なんだよ」
「はあ?! 娘え?!」
---ってことは、だよ?
曽根さんは社長の娘で、社と美代子さんのつながりを強化するために美代子さんのお気に入りである真樹人さんと結婚しようとしていて、そのために邪魔な私を排除しようとしている、っていうこと?
もちろん真樹人さんの推理の段階だけど、そう考えるといろいろつじつまがあってくるわけで、どんどんそんな気がして来ちゃった。曽根さんが真樹人さんのことを本当は好きなのかどうなのかは憶測でしかないだろうけど。
「あれ? そこでつながりが欲しくてお見合い話が来たっていうことは、曽根さんのお父さん---社長も事件に関係があるっていうこと?」
「そこはまだわからないな。曽根さんが社長に『お見合いを設定して欲しい』って頼んだだけかもしれないし」
ああもう、どんどんそうとしか思えなくなってきた~~~!




