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第二十六話

「何が言いたいんですか?」


 心の中に湧き上がった疑問がむくむくと膨らんでいく。

 室戸さんは、私に恋人が居ることを知ってるらしい。そしてそれをまるで私の目の前にぶら下げるように提示してる。


 何でだろう?


 この流れって、まるで私を脅してるように聞こえるよ?


 脅して―――どうするの?


 室戸さんの真意が見えない。言ってたことが本当なら、私を手に入れるためって思えるけど、どうしてか私はそう思えなかった。かといって、室戸さんが私を脅してつきあわせるような理由も思い当たらない。

 私は、室戸さんの考えを測りかねて、真っ直ぐ室戸さんの目を見て、そしてハッとした。



 これだ。この目だ。

 私が、室戸さんの言葉を額面通りに受け取れなかったのは。


 室戸さんの瞳は、酷く冷たかった。


 好きだ、と言うには情熱も執着も、温かみすら感じられない。なのに口からは飾り立てるようにスラスラと口説くような言葉を吐く。



 ―――なんか腹立ってきた。


「つまり、私に恋人がいることを知られて彼の立場を悪くしたくなかったらいうことを聞け、って脅してるわけですね?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれないか?これはね、取引だよ。君が僕とつきあえば、君は彼の身分やこの先の立場を保障してもらえる。僕は僕で面目躍如。ほら、悪い取引じゃあないだろう?」


 取引。

 つまり、あの美辞麗句はやっぱり本心じゃなかったってことだね。


 そこまで気がついて、やっと私は理解した。室戸さんの目は、あの人と同じだったんだ。

 昔、私をだまして優と麻生さんを危ない目に合わせた、清野さんに。




 ※※※※※



 まだ高校生だった私は、まるでヴィジュアル系ロックバンドみたいな美形の彼―――清野さんに口説かれてのぼせ上がっていた。

 彼は理想の王子様で、優しくてかっこよくて。


 でもそれは、全部嘘だった。


 彼は、優と麻生さんを捕まえたかった。清野さんが掌握していた組織の研究材料として、人とは違う能力を持っている二人を欲していたんだ。

 そのために私を手なづけて、私を盾にまずは麻生さんを脅して誘拐した。私自身は監禁されたわけでもなく捕らえられたわけでもないのに、知らず知らずのうちに麻生さんに対しての人質になっていた。「僕を信じ切ってる南美に危害を加えられたくなかったらいうことを聞け」みたいな感じで。

 そして、その麻生さんをダシに優も連れ去ったんだ。


 私は、優が攫われる直前まで優といっしょにいた。優が私を逃がしてくれた。

 それ以前からもう清野さんに疑念を抱いていたけれど、その時私ははっきりと清野さんの正体を見せつけられたんだ。


「これで君の役目も終わりだよ、みなみ」


 そう言った清野さんの目は冷たくて、まるで虫けらか何かを見ているように私を見てた。思い知らされたんだ、私は清野さんにとって利用価値のあったモノにすぎないって。


 その後、優たちは無事に逃げ出して、紆余曲折して事件は解決したんだけど、私の心はあの時のショックをずっと忘れられないでいた。忘れられなくて、男性の自分に対する好意にひどく臆病になってたんだ。


 ああいう冷たさが、室戸さんの瞳にはある。また私は利用されているんだ、って思った。

 それは私に其の程度の価値しかないから?それともボーッとしていて騙しやすそうに思った?






 あれ?でもちょっと待って。

 今回、私と室戸さんがつきあったとして、室戸さんのメリットは何?私のこと、好きでもなんでもないんでしょう?

 何をどう聞いていいかわからずに押し黙って睨みつけてる私に、室戸さんは「やりにくいですね」と肩をすくめてみせた。


「え?」

「いえ、こちらが考えていたより藤田さんははるかに聡いってことですよ。困ったことにね」


 む。

 バカにされてるよ?


「褒めてるんですよ。---とにかく、一緒に来てくれますよね?」


 何だろうこの見下された感は。私を脅して優位に立ってるこの人は。


 正直、一瞬いうことを聞かなきゃダメだろうかと思った。

 でも、私はそれで本当に真樹人さんを守れるんだろうか。そんな想いが頭をよぎる。真樹人さんの立場を守るために真樹人さんから離れる---つまり、真樹人さんを裏切るなんて。

 真樹人さんの心を裏切るなんて。



 できない。



「いやです」


 背筋を伸ばして、視線はまっすぐ室戸さんに向けて。声が震えそうなのは、膝の上の手をぎゅっと握ってなんとかこらえる。

 はっきりと拒否した私の言葉に、室戸さんは眉をひそめた。いらだちが伝わってくる。


「そう---では、彼氏がどうなってもいいと」

「そんなこと言ってません。でも私は自分の大事な人の心を裏切る真似は出来ません」


 泣くな、泣くな私。大丈夫だ、こんな人怖くなんかない。

 もう一度ぎゅっと手に力を込めて膝の上で握り直す。





 そのとき。





 だんっ!!



 テーブルに乱暴にコーヒーカップが置かれた。


「そこ、俺の席なんだけど」


 怒気をはらんだ低い声がして、どきっとした。見上げると、無表情な真樹人さんが私のななめ後ろに立っていて、じっと室戸さんを見つめていた。無表情なのに、目が据わってる。

 はっきりいって、コワイデス。


「高木君……」

「室戸さん、でしたよね? そこ、俺の席なんだけど」


 ひゅわあああああ。ブリザードが室戸さんに向かって吹いていくような幻覚が見えます。ダイヤモンドダストが辺り一面に散っているようにすら思えます。


「君が藤田さんの恋人か?」

「そうですけど、それが何か?」


 さらりと答えた真樹人さんに、室戸さんが口角を少しだけ上げるように笑ったのが見えた。


「認めるんですね」

「認めるも何も、隠し立てなんかしませんよ。必要もないですしね」


 堂々とそう言ってのけると、真樹人さんはずいっと室戸さんに顔を寄せた。


「あんたに話がある」

「話?」


 室戸さんは意外だったのか、眉がまた少し上がった。


「店出てどこかで話そうか。---南美もおいで」

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