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第二十話

 小会議室に入ると、室戸さんは私に椅子を勧め、自分は向かい側に座った。ニコリともしないなあ、この人。威圧感があるわけじゃないけど、ちょっと怖い。

 造作はイケメンなんだけどなあ……


「いくつか質問させてもらいます」


 内容は録音させてもらいます、と机の上にボイスレコーダーを置いて、室戸さんの質問が始まった。

 曰く、毎日の生活パターン、趣味嗜好、家族構成、エトセトラ。

 当然、恋人がいるかという質問も来たが、私は否定も肯定もせず「好きな人はいます」とだけ答えた。

 室戸さんはノートにメモをとっていたけど、その時だけはペンが止まった。


「付き合ってる人はいないんですね?」


 う。

 否定すべきなんだろうなあ。肯定したら、相手が誰かって聞かれるだろうし。真樹人さんの名前は出したくない。

 でも、嘘はつきたくないし。


 とりあえず私は声を出さずに首を横に振った。

 セコいようだけど、これなら「恋人はいない」とも「言いたくない」とも、どっちの意味にも取れるよね。


 その答えに納得したのか、室戸さんは軽く頷き、私をじっと見据えた。


「単刀直入に言います。藤田さん、貴女は例のSDカードに心当たりはありますか」

「ありません」


 ちょっとむっとしながらも、まっすぐ室戸さんの目を見る。目、そらしたら負けな気がして、ぎゅっと口を結んだ。

 室戸さんも私から目を離さない。

 だ、だめだよ!怖くなんかないからね!ないったらない!


 ちょっとの間にらみ合ってたけど、やがて折れたのは室戸さんの方だ。

 ふう、とため息をつくように目を伏せてから、ボイスレコーダーを止めた。ちょっと姿勢を崩していすの背にもたれる。


「……まあ、正直、藤田さんを犯人だと思ってるわけじゃありません」

「……へ?」


 そうだったの?


「こっそり写真を撮るチャンスが一番あったのが藤田さんというだけで、それ以上でもそれ以下でもありません。それにね」


 ふと室戸さんが視線をあげて、私と目が合った。


「私は人を見る目には自信があるんですよ。藤田さんはそういう人には見えない」

「いいんですか、そんな理由で」

「敢えて言うなら……目、かな。後ろめたいところのない、綺麗なまっすぐな瞳だ」


 …………。


 えええええええっ!

 か、かゆいかゆいっ!なにそのかゆい台詞うううううっ!

 陶酔型?陶酔するタイプなの、この人!恋人に「君の瞳に乾杯」とか言っちゃうわけ?


 呆然としていると、室戸さんが言葉を続けた。


「ただ、社の上層部が全員そう思っているわけではありません。ですから、真犯人を突き止めなければ、藤田さんは疑われたままになる」


 う。そうですね。


「ですからそれまでは、社内であまり一人になることがないようにしてください」





♦♦♦♦♦



「えええ~っ、リアルにそんなこと言っちゃうんだ、その人!」


 テーブルの向かい側でジュース片手に優が盛大に呆れている。テーブルの上にはピザとサラダ、それに揚げ物とかが所狭しと乗っていて、とてもじゃないけど食べられそうにないよって量だ。


「やべえ、ツボった」


 と、顔を赤くして笑ってるのは麻生さん。平日の夜なのにグレーのパーカーにジーンズというくつろいだ格好なのは、ここが麻生さんのおうちだからだ。

 待ち合わせ場所で優を待っていたら、麻生さんが一緒に来て、言いくるめられて麻生さんのマンションでご飯を食べる段取りになってしまった。なんでこうなった。

 あ、麻生さんがいるから一杯料理を用意したのかな。


 SDカードの話とか詳細は伏せて、「会社から大事なデータを盗み出そうとした犯人だと疑われている」というところだけ話すと、優も麻生さんも「はあ?!」って呆れた顔をして怒り出した。



「信じてくれる?」

「だって、南美がそんなことするわけないじゃない」

「そもそも、動機がないよな」

「うん」


 たとえば、お金。

 でも、別に困ってないしなあ。私は決して高給取りじゃないけど、自分一人が暮らすには十分に稼いでる。お金のかかる趣味もないし。お金はあって困るもんじゃないけど、不正や犯罪に手を染めてまで欲しいとは思わない。借金があるわけでもなければ、家族や親戚でお金に困っている人がいるわけでもない。


 たとえば、恋愛がらみで、とか?

 私の場合は、社内では大っぴらにしてないけど、真樹人さんって言う恋人がいる。だから、第三者から誘惑されてその男性のためにデータを盗んで……なんてのもない。


 そんなこんなで私がデータを盗み出すメリットはないのだ。


「でも南美、そんなことならなおさら高木さんにちゃんと話した方がよくない?」


 優が心配そうにのぞき込む。


「ううん、真樹人さんにはしばらく会わないよ」

「なんで」

「だって」


 私の恋人、ってことは、私に一番影響力をもっているということで。

 とすると、「私にデータを持ち出すように指示をした人物」の可能性が高い、と疑われることになるから。


 そう話したら、優と麻生さんが呆れたような顔をした。


「……なるほどね。それであんなに」

「え?」


 ぽろりと麻生さんがこぼした言葉に首をかしげると、麻生さんが大きく嘆息した。


「いや、ね、高木さん最初に俺にコンタクトをとってきたわけ」

「私のメルアドは知らなかったから、高木さん」

「もう世界の終わりみたいな声でさ、優と連絡が取りたいって言うから、事情を聞いたんだよ。そしたら」


 麻生さんが手に持っているグラスからビールをぐいっとあおって言葉を続けた。


「ふられた、って」

「誰が?」

「高木さんが」

「誰に」

「もちろん、南美ちゃんに」



 がちゃん!


 派手な物音ではっと手元を見ると、手に持っていたはずのグラスがテーブルの上でころころ転がっていた。もちろん中身のアルコール度の低いチューハイはこぼれてしまっている。


「あ、ああ、ごめん!」


 幸い、グラスの中身は底に1センチくらいだったから、たいした被害はない。布巾を借りて机を綺麗に拭く。

 キッチンに行って布巾をゆすいている間に、ゆるゆるとその意味が理解できてくる。



 え?


 私が、真樹人さんをふった?




「ええと……南美?念のために聞くけど、高木さんと別れるつもりは」

「さらっさらありません!!」


 キッチンの入り口からこちらをのぞき込んでいた優と麻生さんが二人一緒に「はぁ~」とため息をついた。

 いいね、仲良しカップルだね!ため息のタイミングがユニゾンだよ!!


「つまり、南美ちゃんは、この騒ぎが何とかなるまでは高木さんに会えないと。会ったら高木さんが不利になるから、と。

 でも別に別れるつもりはない、と」


 麻生さんの確認の台詞に大きく頷く。ええ?どこからそんな話に?


「南美さあ、いつまで会わないとか、会わない理由とかちゃんと話さなかったでしょ?」


 そ、そういえば……


「まあ、高木さんの早とちりみたいだけど、ちゃんと話した方がいいと思うよ?」

「高木さん、出来る男オーラバリバリなのに、見る影もなかったもんな~!南美ちゃん、愛されてるな!」

「そ、そんなに?」

「うん」


 これはまずいよ?!


「わ、私、真樹人さんに話さなきゃ……ああまって!でも、会っちゃいけないって……え、えええ、ど、どうしよう!」


 このことに関しては、どんな不安要素も残したくない。ちょっとした油断で望まない結果になることだってあるんだから。たとえばこっそり私が真樹人さんのうちに行ったり、真樹人さんが私の家に来たりしてるところを会社の人に見られたりしたら、ますます真樹人さんが疑われることになる。電話で話せばいいのかもしれないけど、盗聴でもされてたらどうしようと、日常的には考えられない可能性まで考えて警戒してしまう。


 おたおたしている私を見て、優と麻生さんが顔を見合わせて苦笑した。


「南美ちゃん、俺から話しておくよ」

「え?」

「最近さ、何回か高木さんと一緒に飲んだんだよ。……だからさ、南美ちゃんの言ってたことを俺が伝える分には大丈夫だろ?」


 麻生さんがそう言ってくれたけど、いいのかな?そんなことお願いして。

 すんごい、迷惑じゃない?

 そう思って、どう返事をしたものかと躊躇してたら、麻生さんがくすりと笑っていった。


「ほんっとうに、南美ちゃんと優はよく似てるよ」

「似てるって、そうですか?」

「ああ。今さ、"迷惑になっちゃうかも"とか考えてただろ。そういうところ」

「!」


 ぎくり。

 図星です。


「ねえ、南美」


 優がそっと私の肩に手を置いた。


「私もずっとそう思ってたの。"相手の迷惑になるんじゃないか"って。でもそうやって一人で突っ走っちゃった結果、それを見ていた他の人たちにどれだけ心配をかけたか、最後にはそれがわかったんだ。だからね、だから、高木さんもそうだと思う。南美のことが心配でたまらないんだよ。

 そして、私たちに対してもそう。全然迷惑なんかじゃないんだよ?むしろ、頼ってもらえて嬉しいよ。南美の力になりたいもん。

 南美はもっと周りを頼っていいんだよ。甘えていいの」


 そういってにっこりと笑った優は「だから私たちにも協力させてね」と小首をかしげた。

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