第十七話
おまたせして申し訳ありません。
よろしければお立ち寄りください。
「……困りますよ!ええ、ダメですよ。そもそもなんでこんな時期に…はい…はい…」
お昼休みから戻ってきたら、課長が電話で話ながらひどく渋い顔をしている。なんだろね?
席についてパソコンを立ち上げていると、「とにかくお断りしますからね!」と課長が乱暴に受話器を切るのが見えた。苦虫を噛み潰したような顔で電話を睨みつけていた課長がこちらに目線を寄越して目があった。
「お、モモちゃん戻ってきたか。じゃ、俺も昼飯食ってくるわ」
「はい、お先にありがとうございました」
「ああ、そうだ」
オフィスを出ていこうとした課長が振り返った。
「本社から電話が来たら、かけ直すからって言っといてくれ。用件は聞かなくていいから」
「はい?……わかりました」
え、用件聞かなくていいの?
課長はその日、不機嫌だった。
どうしたんだろうと課長の好きな緑茶を淹れて持って行ったら、なぜかぐりぐりと頭を撫でられました…何があったの??
*****
「へえ、森課長が?めずらしいね、そんなこと」
毎日の憩いのひととき、給湯室でのお茶タイムを鋭くかぎつけてきた真樹人さんが、マグカップを受け取りながら少し首をかしげた。
今日のお茶はニルギリ。ミルクティーによく合います。
「うん、これ割と好きかも」
真樹人さんがにっこり笑うと、私もうれしいです。顔がにへらっと崩れちゃいます。
真樹人さん、ニルギリはお好きなんですね。頭の中に真樹人さんの好きなものメモをかきかき。確か、キームンはいまいち、って言ってたものね。そういうのもかきかき。
「でさ、今度の週末だけど……」
みんなのぶんのお茶をトレイに並べている私に真樹人さんが言いました。
「よかったら、一緒に」
「あ、高木、いたいた!……っと、すんませんねえ、社内デート中に!」
真樹人さんの声にかぶって話しかけてきたのは長崎さんだ。
でも、何ですかそのにやにや笑い!!
「えええいや、デートとかじゃないですよ!!確かにお茶は淹れてましたけど、就業時間中にそんなことしませ……ん……」
あれ?なんか私、生暖かい目で見られてません?どうして?
「……モモちゃん、それ、認めちゃってるから」
「え?」
「つまりさ、モモちゃんが高木とつきあってるってことだろ」
……。
え。
えええ。
「ひぇええぇい!」
は、はずかしいはずかしいはずかしいいいいいいいいっ!穴があったら入りたいです顔があっついですどうして私はこう考えなしなんでしょうもうだれか私をコンクリートで固めて東京湾に沈めてくださいってくらいはずかしいですうううううっ!
「南美、南美、大丈夫だから」
ううう、真樹人さんも私の頭ぽんぽんしないでください~!どうせ残念な子ですよおおお!
「長崎はもう知ってたから」
「え?」
「だって俺、前から長崎に相談に乗ってもらってたんだ、南美とのこと」
「そ……そうなんですか……」
それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんですけどね!
なんとか落ち着いて、二人と別れてオフィスに戻りました。だから、そのあと二人がどんな話をしていたか私は知りませんでした。
そして、事件が起こったのはその直後でした。
「あれ?」
数日後、昼休みから戻ってきてデスクに座ったとたん、なんだか違和感がした。
何だろう。目の前のパソコン、その横に立ててあるファイル類。どこもおかしくはないけど……
「……曲がってる」
デスクの上に敷いてあるデスクマット。そこに挟んであるコード一覧表がゆがんでる。
席を立つ前はよく覚えていないけど、曲がってはいなかったと思う。
それだけのことなんだけど、なんか気持ち悪いなあ……
あちこち検分したけど、それ以外は特に何も変わってなかった。
「どしたのモモちゃん?」
向かいの席の小笠原さんに声をかけられた。
「いえ、たいしたことじゃないんですけど。このコード表がゆがんでいたから、いつ触ったかなあって」
やばい。私、こんなに物覚えが悪かったっけ?いや、無意識に触って……こんなところ、わざわざシートをめくったりしたことを忘れることなんてなさそうだよなあ。
じゃ、誰かが触った?
まあ、この表は社内中の人が持っている表だから、だれかが急に必要になってここから出したのかもしれない。見られて困るものでもないし、いいんだけど。
そう納得したものの、ちょっと腑に落ちなくて、心の片隅でもやっとしながらその日は仕事をした。
それから3日の間に、そんなふうにものが動かされていることが何度かあった。
立ててあるファイルの位置が変わっていたり、しまっておいたはずの文房具がデスクの上に出ていたり。
「……なんだか気味が悪いなあ」
「なんだよモモちゃん、またか?」
「そうなんですよ~小笠原さん!だって、机の上全部片付けてから離席したのに、ペン出しっ放しになってる」
実は、なんだか気味が悪かったから、離席前にスマホでデスクの上を写真撮っておいたんだよね。スマホを起動して見比べると。
「ほんとだ」
「誰か私のデスクに用事があるのかなあ?言ってくれればいいのに」
「モモちゃん……」
「冗談ですよぉ」
だって、冗談でも言わないと気持ち悪いんだもん。
今のところ、置き場所が変わったりするくらいだから実害はないけど、たとえばものがなくなったり仕事のデータを触られたりしたら大問題だもん。
「一応課長に話しておきます」
「うん、それがいい」
私は課長に報告するためデスクを立った。
それからしばらく、私はお弁当を作ってくることにした。
誰もオフィスにいない時間ができないように、お昼もデスクにいることにしたわけ。
課のメンバーがお昼に出て行った後、自分のデスクでお弁当を広げた。今日のおかずは鶏とレンコンの甘辛煮、ごぼうのサラダに卵焼き。卵焼きは、おしょうゆとお砂糖の甘辛味です。だし巻きにはしません。これ、実家の味なんだよね。
もぐもぐと一人で食べると、さくさく終わってしまう。
お弁当箱を片付けてナプキンで包むと、軽く手を合わせてごちそうさま。
「ごちそうさ」
「南美」
声をかけられて振り向くと、ドアから真樹人さんが覗いてた。
「真樹人さん!」
「そうか、弁当作るって昨日言ってたもんな」
ちらりとお弁当箱の中身を覗いて真樹人さんが言う。机の上が触られてるかもしれない事件は、もちろん真樹人さんには報告済みなので、私が今日ここでお弁当を食べていることは真樹人さんも承知しているのだ。
真樹人さんはなんだか一瞬残念そうな顔をして、缶コーヒー片手に私の隣の席に座った。
「何もなかった?この昼休みは」
「はい、大丈夫ですよ」
「そっか、よかった。はいこれ」
そう言ってコンビニのビニールを私にくれた。ちなみに、オフィスが入っているビルの一階にコンビニが入っているのだ。
がさがさと袋を開けると。
「あ!おいしそう」
コンビニで一番人気のロールケーキが二つ出てきた。
「ありがとうございます!!甘いもの欲しかったんだ~」
「よかった。一人で弁当だって言ってたから、これくらいは一緒に食べようと思って。さすがに俺が隣の課で一緒に弁当食うわけにいかないからな」
ちょっと寂しかったから、なんだかすごいご褒美をもらったみたいで嬉しい。災い転じて福となす、かな?
このあとオフィスに早めに戻ってきた長崎さんにからかわれるまでは、ね。




