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第十五話

「優から連絡もらってさ、探しに来たんだよ」


 麻生さんが言った。


「あいつにメールしただろ?そしたら俺がたまたま南美ちゃんの近くにいたから、様子見てきてくれって。見に来てよかったよ」

「ありがとうございます。ほんとに、助かりました」

「いいよ、礼なんて。それより、もうすぐ優も来ると思うけど……っと、来たかな」


 麻生さんが駅の方を見たので、私もつられて振り向いた。

 けど、そこにいたのは。





「南美!」

「た……高木さん?」


 え?あれ?優が来るって言ってなかった?なんで高木さんがここにいるの?


「大丈夫か?!」

「う、うん。何も……でも、どうしてここに?」

「池田さんに聞いたんだ。南美が困ってるらしいって。有村のヤツが…」


 そういって高木さんはあたりをきょろきょろ見回してる。あ、有村さんを捜してるのか。


「あの人なら行っちゃったよ。麻生さんに助けてもらったの」


 目が合って、麻生さんがぺこりと会釈した。優の婚約者だよ、って紹介したら、高木さんは得心がいったという顔をして頭を下げた。

 あとから優が追いついて、事情を聞いた高木さんは優にも頭を下げた。




 優と麻生さんにお礼に晩御飯でも、って誘ったのは丁重にお断りされた。私が落ち着いてから、日を改めて飲みに行きましょう、って。

 私?落ち着いてると思うけどなあ……でも、優たちが気を使ってくれてるらしいのはよくわかるので、また今度ね、ってとりあえず二人と別れた。


 二人を見送ったあと、私の右隣に立っていた高木さんがふとこっちを見た。私はそっちを向いたわけじゃないけど、なんとなく気配でそうわかった。


「南美、ごめん」

「何がですか?」


 高木さんが謝る意味が私にはわからない。


「来るのが遅くなって」

「そんな、だって、来てくれたのだって驚いてるのに」


 そこで初めて高木さんを見上げた。高木さんは、なんだかつらそうな目をしてる。悲しそうな、やりきれないような。目が合うと、少しだけ体の向きを変えて私の方を向いた。


「怖かっただろ?」


 そりゃあ、まあ。


「もう、大丈夫だから」

「ええ、大丈夫ですよ、私」


 うん、もう有村さんもいないし、高木さんたちも駆けつけてくれたし。なんでこんなに心配されてるんだろう。

 …と、高木さんが私の手に触れた。

 そして、そのとき初めて気がついた。私、両手で高木さんのスーツの袖の生地をにぎりしめてる。


「あ、やだ、ごめんなさい。皺になっちゃう…あれ?」


 あれ?

 どうしても、手が動かない。

 袖を握りしめる手は力を入れすぎてるのか真っ白で、袖はずいぶんしわくちゃになってる。なのに、かたかた震えてて。

 その強張った私の手をやんわりと包むように、高木さんの手が触れている。

 高木さんの手は温かいな、なんて場違いなことを頭のどこかで考えてた。さっき、有村さんに手を取られたときはあんなに気持ち悪かったのに。

 ゆっくりと高木さんが私の両手をほどいてくれて、それから私の両手を自分の両手で包み込んでくれた。


「…ったのに」

「え?」

「さっきは、あんなに嫌だったのに」

「南美?」

「手。触られたの。有村さんに。なんか、すごく気持ち悪かった」


 だから、すごく、すごくよくわかった。自分の気持ちが、自分がどうしたいのかが。


「---今日は断るに断れなくてついて行ったから、それも無理矢理引っ張って行かれただけだから、ドリンク1杯飲んだら帰るつもりだったの。なのに、有村さんが送るって言い出して」

「うん」

「家の場所なんて知られたくないし、それに、有村さんといるのがいやで帰ろうとしたのにすごく強引で」

「うん」

「手…握られて、嫌だったの。壁に追い詰められて、怖かったの。だって、違うんだもん。高木さんじゃないから。高木さん以外の人に触られるの、嫌だもん」


 だんだん涙声になっていくのが自分でもわかる。しゃくり上げながら話すから言ってることもぐちゃぐちゃで、なんだか余計なことまで言っちゃってる気もする。


「高木さんじゃなきゃ、嫌なの」


 とたんに強く抱きしめられて息が詰まりそうになった。


「南美」


 耳元で囁かれる、低い声。体の奥から蕩けちゃいそうに、甘い。


「それは、俺は期待していいのかな?南美が俺のこと好きでいてくれるって」


 もう、何も考えられない。懇願するような彼の声色に、もう自分を隠すことなんてできなかった。

 高木さんの腕の中、すごくほっとする。何度もハンカチ代わりにしちゃった広い胸も、そっと髪を梳く指も、高木さんの全部が私に想いを伝えてくれているような気がした。

 私も小さく、小さく言葉に乗せた。


「…すき。高木さんが、好き」


 さっき、有村さんが高木さんのことをあれこれ言ったとき、とっさに「高木さんはそんなことしない」って台詞が飛び出した。あれが、私の気持ちの全部なんだろう。

 もう、とっくの昔に信じてたんだ。ただそれを認めるのが怖かっただけ。

 頭の上で高木さんが息をのむ音が聞こえてそっと上を向くと、まん丸に見開かれた目があった。


「…本当?」

「うん」


 自然と笑顔になった。


「高木さん、大好き」


 そっと頬に手が添えられて、少し上を向かされて。

 高木さんの顔が近づいてきて、目を閉じた。

 さっき有村さんの顔が近づいてきたのとは全然違う幸福感に包まれて、でも心臓は破裂しそうな勢いでバクバクして。


 でも、自然に彼の唇を受けいれた。





 ♦♦♦♦♦


 次の日は、約束通りデートです!


 デートの相手が「彼氏」だと思うと、なんだかくすぐったい気がします。と、いうか…


「あ、あの、高木さん……」

「……」

「たか……ま、真樹人、さん」

「なに?南美」


 うああああああっ!やっぱり羞恥プレイですか?!いや、ただ「下の名前で呼ばないと返事しないよ」ってだけなんですけど…まだハードルが高いというか…

 おまけに、そんな語尾にハートマークつけたような笑顔で返事するし!!!


「あの、あのね、手…」

「手がどうかした?」

「その、ちょっと恥ずかしいというか…」


 だって、オープンカフェの席で向かい合ってお茶しながら、テーブルの上で(ここ重要)ずっと高木さん……真樹人さんに、手を握られてるんです。ええ、衆・人・環・視のなかで!それも、いわゆる恋人つなぎ!!


「いや?」

「いっ、嫌なわけじゃなくて…」

「じゃなくて?」

「……~~~~!」


 も、多分私いま顔が真っ赤で湯気を噴き出してるに違いない。え~ん、どうしたらいいのおおおおお!

 うん、嫌じゃないのよ、嫌じゃ。でも、道行く人がめっちゃくちゃ生暖かあああああい目で見ていくんだもん。こそこそ「あら~…」とか「愛し合っちゃってるねえ…」なんて言葉まで聞こえてくるし。


「だって、南美は俺のだって主張したいから」

「……!!」

「やっときもちが通じたんだから、ちょっとくらいハメを外させてもらってもいいだろ?」

「▽●□◎☆☆◆∬♯#∴∠√%Å」


 だめ~~~!もう、だめ!!私、今すぐ頭の血管破裂して死にそうううううう!!


「…ぷっ、くくくく……」


 おたおたしていたら、今まで甘い顔で微笑んでた真樹人さんが、急に吹き出した。

 え?えええ?


「…あ~!からかってる!!」

「ぶっ、っははっ、あははははっ!…ごめんごめん」


 あんまり可愛かったからさ、なんて言いながらやっと手をほどいてくれて。

 ……と思ったら、今度はその手が私の頬に!お願い、もうやめて!HPがりがり削られていきます!


「でも、周りに南美は俺のだって主張したいのは本当だよ。だからさ」


 真樹人さんが伝票を掴んで席を立った。


「ちょっと、買い物行こうよ」

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