第十三話
長らく間が開いてしまって申し訳ありませんでした。
「……ちゃん、モモちゃん」
ぼーっとしていた私を呼ぶ声に、頭が勢いよく現実に戻った。
ああっ!仕事中でした!
「は、ははははいっ!すみません!」
振り返ると、課長が顔を引きつらせながらひくひくしてる。いいですよ、ムリしないで爆笑していただいて。
「わ、悪いね、これ至急で資料室に返してきて欲しいんだ」
そういってくすくす笑いながら議事録の分厚いファイルを手渡された。何でもうちの課で借り出してきたあとに同じファイルを使いたい人がいて、早く返してってせっつかれたらしい。
ぼーっとしてたのは確かだし、行ってきますよ~!
すみません……
♦♦♦♦♦
資料室で返却手続きをして、ずらりと並んだファイルの棚にファイルを返そうと本棚に向かった。
「あ、そっちじゃないですよ。それは、右側の棚です」
資料室の人が声をかけてくれた。
「ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げて右側の棚に行くと、いま声をかけてくれた人がこっちに歩いてきた。
「届かないでしょ、俺が入れてあげる」
私の持っていた分厚いファイルをひょい、と取り上げて、上の方の棚にひとつ入れてくれた。
「あ、すみません!助かります」
「いやいや、君みたいな可愛い子が困るの、見てられないからね」
そういってにっこりと私の顔を覗き込んできた。
え?
なんですかそれ。
その人は、ちょっと茶色っぽい髪をきちんとセットして、着ているシャツもネクタイもかっこいい系。絶対「2着で2万円」とかの吊るしじゃないな、ってかんじ。ふと見ると、首から下げてる名札は「有村」って書いてある。
「ふうん、藤田さんって言うんだ。俺、有村俊。よろしくね」
そういいながら私が首から下げてる名札を手にしてしげしげと見ている。
や、やだなあ。
と、思っていたら、割とあっさりと手を離された。
「ごめんね、君、かわいいからつい」
「は、え、いえ…その、ファイル、ありがとうございました」
ファイルを戻すのを手伝ったお礼だけ言って、資料室から慌ただしく出たところで、後ろから声がした。
「藤田さん、またね~」
その声に振り向かずに足早に資料室を後にした。
なに、あれ?なに、あれ!
あの人、いつから資料室に配属になったの?!
資料室って結構行く機会があるのに。なんか、行きづらいじゃない?
いや、毛嫌いしすぎかもしれないけど、はっきり言って苦手なタイプ!
あーもう、胸元に下がってる名札を手に取るなんて!やだやだ。
足早に自分の課のフロアへ戻り、給湯室の前を通りかかった時だった。
「モモちゃん」
穏やかな声がした。
「高木さん」
とたんに機嫌のよくなる私。ああ、現金だなあ。
ぱたぱたと近寄ると、いつもの癒やし系スマイルにほっこりする。
「どうしたの、変な顔して歩いてたけど」
え、顔に出てました?
「いまちょっと資料室で…あ、いえ、何があったわけじゃないので」
「そう?何かあったなら言えよ?」
「大丈夫です」
にっこり笑ってみせる。
「ならいいけど…そうだ、今夜メシ食いにいかない?」
「はい、ぜひ」
ああもう現金な私ふたたび。
仕事の後の約束をしてうれしくて、さっきの出来事はすっかり頭の中から消え去ってしまった。
*****
「今度の土日なんだけどさ、その、予定は?」
居酒屋でビール片手に高木さんが聞いてきた。
「もう冬前の庭の手入れも終わっちゃいましたからね。まだ予定はないんですけど、一度優に会おうかなって思ってます」
「あ、あの子」
「買い物に行こうって前から約束してるし。あ、あとは掃除もしなきゃ」
注文したサラダが来て、高木さんのぶんと自分のぶんを小皿に取り分ける。
「ありがとう。……そしたら、開いてる方の日でいいから、出かけないか?」
「はい、どこに?」
「どこでもいいよ。行きたいところ、ある?」
え。
それって、単純にデート?ですよね?
そう思ったら、勝手に顔がにや~っと笑顔を作っていくのがわかった。
まてまてまて、ちょっと待て!顔の筋肉って随意筋だよね!なんで勝手に口角が上がっていくの?!うわー!恥ずかしい!
思わず顔を隠したら、高木さんが不思議そうな顔でこっちを見ているのが指の隙間から目に入った。
そうそう、どこに行きたいかって話でしたね。
「あ、え、えっと、そしたら、イルミネーション見に行きたいです」
折しも時は12月。前から行ってみたかったんだ。
高木さんはにっこり笑って、「了解!」なんて敬礼してみせてる。
うわあ、デートだ!
そうやってうかれた私は、さっきの出来事なんてきれいさっぱり忘れてしまった。
♦♦♦♦♦
「モモちゃん、資料室行って去年度の株主総会の記録、借りてきてくれる?」
課長に声をかけられた。ちょうど手が空いたところ、いいですよ!
……と、オフィスを出てふと前回資料室であった出来事が頭をよぎった。
あ〜。なんていったっけ、あの人いるのかなあ。
なんか、ガンガン押してきそうな人だったよなあ……
うまくかわすには?
……よし!ビジネスライクに!それで通すぞ!
っていうか、仕事中なんだから当たり前だけど。
そう決意して胸の前で両手をガッツ!と握りしめ、地下フロアにある資料室に行くためにエレベーターに乗り込んだ。
…と、きばって資料室に乗り込んだら、こないだの男の人はいなかった。




