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第十一話

 高木さんは無言でスマホを取り上げ、「ちょっとごめん」といいつつ着信を切ってしまった。


「まったく、休みの日くらい電話してくるなよなぁ」

「た、高木さん、よかったんですか?」

「何が」


 あれれ、高木さん、すごく不機嫌な顔だ。


「え・・・だって、今見えちゃったけど、曽根さんでしょ?」

「うん。でも今は南美とデート中なんだから、こんな電話取ってられない」

「いいんですか?」

「だってさ、休みの日なのに秘書課から連絡なんて、おかしいだろ?そもそも、彼女に用なんて無いしな」


「彼女」の単語が、ものすごーく忌々しげに聞こえるんですが……?


「聞いたよ。あの女に何か言われたんだろ?」

「え」


 とうとうあの女呼ばわりですか。


「えっと……もしかして、高木さん、曽根さんのこと……」

「……あんまりお近づきになりたくないかな」


 高木さんの話では、美人で仕事もできるけど、ことあるごとにべたべたと寄ってくるのが嫌なんだそうだ。


 でも、そうしたら昨日、カフェで2人で会ってたのはどうして?

 曽根さん、ニコニコしてたよね?

 あの時、確かに私のいたポイントからは高木さんの顔は見えなかった。でも、彼女がわらっていたってことは、悪い雰囲気じゃなかったってことでしょ?


 ああもう!頭の中がぐるぐるする!


「…なんでそれでそんな顔するの?」


 ぐるぐるしていたら高木さんが怪訝そうな顔で私をのぞき込んできた。


「え?」

「俺が曽根さんのこと好きじゃなくて、南美がそんな眉根寄せてるのはどうして?」


 どうして?


「…だって、曽根さんと会ってたんでしょ?」


 あ、高木さん、ちょっと固まった。


「昨日、クラウンビルのカフェで」

「…見ちゃったんだ」


 認めるんだ。

 心がすうっと冷たく冷えていくのを感じた。

 それと同時に目の奥がぐわっと熱くなって。でも、それは必死にせき止める。

 私に好きだって言った同じ口で、認めるんだ。


「ごめん、騙すつもりじゃなかったんだ。ただ、どうしても曽根さんと話さなきゃいけないと思って」

「…もう、いいです。」

「南美、聞いて」

「やっぱりだめです。私」


 そういったとき、高木さんが私の手を取った。


「まって南美、本当に聞いて。俺が曽根さんと会ったのは、くぎを刺すためだ」

「…」

「長崎から聞いたんだよ。南美があの女に呼び出されてたって。なんかいろいろ言われたらしいって。だから、あの女と話してる間、長崎に南美を足止めしてもらって、南美に絶対手ぇだすなって話しに言ったんだよ」


 黙ってただ首を横に振る私の手を高木さんはぎゅっと握った。まるで、ここから離れるのを許さない、っていうように。

 その手の暖かさを心地よく感じながらも、高木さんの顔を見られない。


「わ…からない。信じられないよ。高木さんのこと、信じたかったけど、わからない」


 半ばヤケ気味にそう言って席を立ち、高木さんの手を振りほどいて店から出た。

 パタパタと走って路地に入った頃には、涙で霞んで前が見えなくなってた。自然と走るスピードも落ち、程なく追いかけてきた人に捕まってしまった。そのまま、すぐ目の前にある小さな公園に引き込まれる。


「南美」

「離してください」

「嫌だ。だって、さっきなんて言った?」

「え?」


 私、何か言った?


「俺のこと、信じたかった、って言っただろ?」

「それは……確かに、そうだけど……」

「信じられないけど信じたいって思ってくれてるんだろ?」


 そう言って私を見つめる瞳は真剣そのもので、なんだか怖い。だからつい、わめいてしまった。


「信じたいよ!高木さんのこと、信じられたらいいのにって思ってるよ!けど」

「嬉しいよ」


 ふわっと目の前に影がかかったと思ったら、あっという間に温かい腕の中に閉じ込められてた。途端に、動悸が激しくなる。このままどこか血管が切れちゃうんじゃないか、ってくらい、ドキドキしてくらくらする。


「信じたいっていうことは、南美が俺のことを恋愛対象として見てくれてるってことだよな」


 恋愛対象?


 そうなのかな。


「うん。きっとそうだよな」


 にこにこと自己完結してる人を見上げると、そっと指で涙を拭いてくれた。


「わかんない、私・・・高木さんのこと、好きなのかどうなのか」

「いいよ、それで」

「いつか、怖くなって逃げ出しちゃうかも」

「それは、俺が逃がさないから大丈夫。今みたいに」


 そういえば私、ずっと抱きしめられたまんまだ。それを嫌だと思ってない・・・っていうか、どこかうれしいと感じている自分がいて。


「でも、やっぱり怖いです」

「うん、わかってる。だから、一緒にいるうちに、南美が俺の中の信じられる部分を少しずつ増やしていってくれればいいと思うんだ」


 さ、さすがはトップクラスの営業マン。手を変え品を変え、切り崩していくのが上手ですね。

 そして、今にも切り崩されそうな私・・・


「好きだよ、南美」


 ストレート過ぎる言葉を耳元に低い声で囁かれて脳幹からとろけてしまいそうな熱に冒される。へにゃりと力が抜けてしまった。


「だ、大丈夫?」

「は・・・反則ですぅ・・・」


 高木さんにしがみついたまま、ふくれっ面を向けると、今度は高木さんが真っ赤になった。


「やべぇ・・・」


 あれ?なんか、震えてます?高木さん。


「南美、俺を殺す気?それとも、俺の限界を試してる?」

「え?」


 何のこと?と思ったら、すぐ背後にあったベンチに無理矢理座らされた。高木さんもすぐ隣に座って、そのまま頭を抱え込んでなにやらぶつぶつ言ってる。


「何なんだよ・・・可愛すぎだろ・・・」

「高木さん?大丈夫?」

「ちょっと待って・・・まだ無理・・・少しほっといてくれればいいから・・・」


 私は横でおろおろするばっかりだった。





 こんなにきもちがアップダウンを繰り返した日はそうそうない。

 これって、やっぱり高木さんのことが気になってるからかな?


 好き・・・なのかな?

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