王妃フラグ
講堂で多くの生徒に囲まれていた王女殿下の所へ、ジュリ様をエスコートしながら歩いて近付いていくと俺たちに気付いた人混みがさーっと割れた。さながら海を割るモーセのようである。
「ほら、あれがアマデウス様よ…」とお茶会で顔を合わせたことがある令嬢の声や「…シレンツィオの…」と興味深そうな令息の声がさわさわと耳に届く。
アナスタシア王女殿下がいた。
波打つ輝く金髪は腰まで長く、耳の横髪は編み込まれて後ろで結んでいる。白いレースのリボンがちらりと見えた。スカートはふんわりした白に緑の植物刺繍が入っている。少女めいた大きな黄緑の瞳に俺たちを捉えるとにこりと微笑んだ。絵の中にいそうな美少女だ。
形式的な挨拶を述べると、貴族らしい悠然とした笑みで答える。
「お久しぶりですジュリエッタ。…ごめんなさいね」
何に対して謝ったのかと思ったが、おそらく前回会った時に気絶したことに対する謝罪だろう。ジュリ様が「お気になさらずに」と静かに返す。
「そしてアマデウス、素晴らしい音楽の才能をお持ちですね。今度是非わたくしの為に弾いて下さい」
(俺は遠目で見たことあるけど)初対面の筈だが、俺の演奏を聴いたことがあるような言い方だ。
しかも『わたくしの為に』なんて誤解されそうなワードをチョイスするなぁとひっかかったが、まぁまだ幼いから言葉選びがちょっと変になっちゃっただけだろう。臣下を通じて楽譜を買ってくれたのかもしれん。
「ありがとうございます。機会があれば喜んで」と無難な答えを返す。
すると「アナスタシア、そろそろ帰るぞ」と少し遠くから声がかかる。ユリウス第一王子殿下が付き人を二人引き連れて早足で近付いて来ていた。兄妹の印象は大分違うが髪と目の色は似通っている。
「ん、おお、ジュリエッタにアマデウス。婚約が成って喜ばしいと思っておったぞ。アマデウス、お主なかなか奇特な趣味だな」
奇特な趣味て。
ジュリ様の顔のことだろうが、思ってても口に出すのは失礼だぞ王子おい、と思いつつ愛想笑いしておいた。
「奇特」は「不思議」とか「珍しい」とかに使われがちだが「立派」の意味もあるしな…悪口とは断定し辛い単語だ。王族に口答えするのも危険だし堪える。
ふと王子が俺たちの後ろを見て目を瞠った。
「ん、後ろにいるのは…えっ!?金髪なのにそばかすがあるだと!?なんて惜しい、もったいない!噂に聞いていた平民上がりの金髪令嬢か、さぞ美人だろうと期待していたのだが残念だな」
――――――――――――デ…デリカシーというものを知れ~~~~~~~!!!!!!
ユリウス殿下は普通に失礼なセリフをコンスタンツェ嬢に向かって言い放った。
なるほど、“惜しい”という感想になるのか。この世界の美的基準だと。
思ったとしても面と向かって言うなよ。笑顔が引き攣る。王子の付き人の、確かラングレー侯爵令息ヤークート様だったか(エイリーン様にお熱の人だ)…彼なんて片手で顔を覆って俯いた。またやっちまった~~~…って感じだ。苦労してそう。
「――――――――っうるさい!!!!!!!!
どうせ“惜しい”わよ!!!
何度も何度も言われてきたから知ってるわ!!!!!
お上品な人たちだって平民の男と同じこと言うのね!!!人には礼儀を知らないだのなんだのいうくせに!!!!失礼なのはお互い様じゃないの!!!」
怒りで顔を赤くしてぷるぷるしていたコンスタンツェ嬢の堪忍袋の緒がキレたようだ。
ぽかんとした顔をする王子、口を押えて驚いている王女、驚きを隠せず固まる周囲。
ハッ…としてじわじわと顔色を悪くするコンスタンツェ嬢。
やっちまったことに気付いたか。
ど、どうすんだコレ、…彼女、結構な無礼をやらかしてしまったのでは。
いや王子も相当失礼だったしやっちまった同士手打ちとかに………ならない…よな~~~~~~~~~~…!
どうすればいいかわからない周囲が固まって息を殺していた中で。
ジュリ様が俺の手を少しぎゅっと強く握ってから離し、数歩前に出た。王子の目の前に。
「…ユリウス殿下」
「…お、おお」
たじろいだ王子に、すっと伸びた綺麗な姿勢で相対する。可憐な澄んだ声が静まり返った空間に響く。
「ソヴァール嬢は今、大変礼を欠いた発言を致しました。王族への非礼、何らかの罰を与えねば公平ではないことはわかっておりますが…わたくしの顔に免じて、お許し頂けないでしょうか」
「!?ジュリ様…」
思わず小さく名前を呼んだ俺に少し振り向いてニコ、と微笑みだけ返した。
「…容姿を悪い方に揶揄われるのがどれだけ辛い事か、わたくしはよく知っていると思います。態度だけでも傷付くのに、言葉にされるのが、年頃の乙女にとってどれだけか…おわかり頂けるでしょう?」
「う……うむ」
王子は視線を泳がせた。罪悪感に襲われているようだ。ジュリ様を少し怖がっている節もある。彼女の素顔を見た時(見たことがある口ぶりだったからあるのだろう)、相当恐ろしかったのかもしれない。
「わたくしを受け入れて、愛を誓って下さる方が現れた今でも、わたくしは昔受けた仕打ちを思い出して気分が奈落へ沈むことがありますわ。覚えておられますか、殿下がわたくしと初めて面会…」
「わわかったわかった、よい!!!許す!!!」
王子が慌てて手を前に出してジュリ様を遮った。これアレか、相当失礼なことしたのか。してそう。
「確かに私も礼を失していた、許すから許せ。ジュリエッタもそう怒るな…悪かった、嫌なことを思い出させたな」
「わかって頂けて良かったです。怒っていませんわ、未来の君主の寛容なお心に喜んでおります」
優雅にスカートを摘まんだ礼をしてジュリ様がくるりと振り向き俺の傍に戻ってくる。
周囲も空気が動き出す。呆気にとられていたコンスタンツェ嬢が目を丸くしたまま寄ってきた。
「その…助けて頂いて…何でかわかりませんが…」
「一応殿下にも一言謝罪してきた方がよろしくてよ」
ジュリ様が小声でそっと助言するとコンスタンツェ嬢はハッとして殿下の前に移動し、
「すみませんでしたぁ!!!!!!!!!!」
とでっかい声でビシーッと90度頭を下げた。綺麗な角度のお辞儀だった。しかし貴族令嬢のするお辞儀ではない。
豪快で思わず笑いそうになってしまった。
ユリウス殿下は案の定びっくりして目を瞠ってたが、三秒後に「…ハッハハハハ!!」と笑い声をあげた。
「アッハハハハ、ハハハ、あー、面白い女だな、其方のような女は初めて見た」
「…はぁ…」
頭を上げたコンスタンツェ嬢は不可解そうな顔だが、ユリウス殿下はご機嫌に笑っていた。
―――――――『おもしれー女』頂きました。
これ地球のラブコメだとフラグですが…え、もしかして、有り得る?
コンスタンツェ嬢、王妃への道、始まる……?
※※※
「デウス様、驚かせてすみません」
王子殿下と王女殿下が講堂を去り、向かい合ったジュリ様に手を差し出すと、当然のように乗せてくれる。
コンスタンツェ嬢は「ありがとうございます!!!!!!!!」と王子にしたのと同じ良い角度のお辞儀を威勢よくジュリ様に向けた。ジュリ様も俺もちょっと笑ってしまった。
容姿で苦しんできたジュリ様はコンスタンツェ嬢のコンプレックスに少しだけ共感し、出来れば助けたいと思ったのだろう。先程のやりとりで正義感のある真っ直ぐな良い子だということは知っていたから余計に。ちょっと真っ直ぐ過ぎるが…。
王家が無視できない公爵家の者で、ユリウス殿下が他人に知られたらまずいと思うほど失礼な態度を取ったことがある令嬢――――この場で彼女を助けることが出来たのはきっとジュリ様だけだった。
「…軽率だったかもしれませんね。呆れましたか…?」
ちょっと申し訳なさそうに俺を見上げる。確かに、まだ友達でもない知り合ったばかりの令嬢の為に王族に物申すなんて危険だから普通はするべきではない。関係ないと静観するのが賢かったのだろう。
でも。
俺は徐にジュリ様に跪いて、手の甲にキスして、顔を上げた。そうしたいと思った。
「まさか。…惚れ直しました」
自然に蕩けた目で彼女を見上げると、また首まで真っ赤になってしまった。
きゃぁっ… と後ろで黄色い声が上がる。
ざわざわと大きくなる話し声と向けられる視線。めっっっ…ちゃ注目されてるとか気障な真似恥ずかしいとか、そういう気持ちは脳の片隅に追いやられた。後回しだ。
見るなら見ろ。
この人は『国一番の醜女』とか『化物令嬢』とか、そういう肩書よりも何よりも。
優しくて高貴な俺の可愛い人だ。
俺の好きな人だ。
どうせ見るなら、そう覚えとけよ。
※※※
この日の俺の振る舞いは次の日には学院のほぼ全員に知れ渡っていた。
…冷静になると地味に恥ずかしい。
王子殿下と男爵令嬢の噂は『男爵令嬢の挨拶が多少マナー違反だった』くらいのものだったという。
後日、「男爵令嬢のマナー違反をジュリエッタ嬢が庇って下さって、アマデウス様がその慈悲深い振る舞いに感動してその場で愛を誓い直した …と語られてますわ」…とリリーナが教えてくれた。
エーデル嬢が「何でわたくしはそこにいなかったんですの~~~~?!!?見たかった~~~~!!!!!」と大袈裟に嘆いていた。




