二年生
年が明け、冬休みが終わったら新学年。
冬は雪が積もる。例年足首が埋まるくらいは積もる。
雪が降る時期、この国の高位貴族はほとんど外出せずに家で過ごす。
外に出る用事は使用人やら下の者やらにやってもらうのだ。
俺も黒服パーティーが終わった後はほとんど家で過ごしていた。
雪の時期の直前に一回エイリーン様のお兄さん・エミリオ様に誘われ夜会に参加したが、その後はずっと家。
ジュリ様とは何度か手紙のやりとりをした。
夜会でエミリオ様に少し騙されたような感じになったことを正直に書いたら『あまり人をお疑いにならないから心配です。でもその演奏対決は拝見したかったですわ。素晴らしかったのでしょうね』と返された。『私の演奏だけでもよければジュリ様が聴きたい時にいつでも弾きますので、遠慮なく仰って下さい』と返す。
少しこっ恥ずかしかったけど素直に『雪を見るのは好きなのですが、貴方と一緒だったらもっと良いのにと思います。早くお会いしたいです』と書き添えたりした。
彼女も『私も早くお会いしたいです。いえ、私の方がお会いしたいと思っていると確信しております』と返してくれた。
ジュリ様の高い魔力を隠す対策についてシレンツィオ公に手紙で訊いてみようかと少し悩んだが、聖痕とか聖女とかは飽くまでもシャムスの推測であって、まだ本当のところはわからないし…ハッキリしないことをうだうだしてても仕方ない、と割り切ることにした。俺に出来ることがあるならきっと向こうから話を持ってきてくれると信じよう。
積もった後の晴れ間には庭で雪だるまを作ったり姉上やジークと雪で色々作ったりして遊んだ。使用人の雪かきを手伝おうとしたこともあるが、怪我でもしたら事だからと手伝わせてはもらえなかった。大人しく遊ぶことにした。
「雪で遊びましょう」と誘うとスカルラットに来たばかりの時は「そんな幼稚なことはしないわ」とツンとしていた姉上だが、楽しそうに俺とジークが戯れているのが羨ましくなったのかこちらを凝視するので「勝負しましょう、どっちが作る雪像が上手いか」と煽ると厚着して出て来て雪玉を作り始め、まんまと雪遊びの味を知った。
今じゃ誘わなくても姉弟はしっかり防寒着で庭に出てきて遊ぶ流れになる。
雪の時期はそこまで長くはなく、春が来る前に溶ける。雪がなくなったら家に学院の進級試験問題と試験官が訪れ、間もなく学院が再開する。
※※※
「ジュリ様!」
「デウス様…お会いしたかったです」
学院内の掲示板の前でお互いの姿を認めて駆け寄った。ジュリ様が小さな声で甘えるように言う。上目遣いになっているだろう仮面の奥の目もはにかんだ口元ももう可愛い。久しぶりの恋人の可愛らしい声に心臓がギュンと掴まれた。
うわ~~~~~~~~~人目が無ければな~~~~~~!!!抱き締めたいんだけどな~~~!!!!
…と思っていることは顔に出さないように努め、「私もです」と笑って手を前に出すと彼女がそっと手を乗せてくれる。エスコートにも向けられる多くの視線にも慣れた。でも心臓は恋人の可愛さにまだ慣れてくれない。
貼り出されたクラス分けを見て ヨッッッッ…シャ!!! 1組!!!!!!! と俺は頭の中だけでガッツポーズした。
ジュリ様は今回も堂々たる一位だ。アルフレド様がまたしても二位。
俺の順位は学年10位だった。去年22位だったことからすると割と上がっている。
ペルーシュ様が8位、ハイライン様が13位、リーベルトが18位。
カリーナ様が11位、プリムラ様が12位と、つるんでいる全員が同じクラスになれた。めでたい。
「アマデウスに負けただと……?」とハイライン様が隣でわなわな震えている。プライドが高い美少年が震えている様って、なんかいいよね と思っていることはバレないようにせねば。ニヤつかないように顔面に気を付ける。あくまで優雅な微笑に留めろ俺。
「アマデウス様より下……」と小さな声で肩を落としていたのはプリムラ様だった。若干ナメられていたようである。美少女が憂いを帯びているのもいいよね。
「すごいね、随分上がったじゃないかデウス!私も同じクラスに入れてホッとしたよ」とリーベルトは素直に褒めてくれる。光属性。
「へへ~。今回は頑張ったから」
「貴様、去年は頑張ってなかったのか?」
「だって別に試験の成績悪くても入学出来るって聞いていましたし…」
ハイライン様に「家名を背負っている自覚が足りん」と怒られる。別に手を抜いてた訳じゃないんですよ、気合いが入って無かっただけで…。
「今年はジュリ様と同じクラスになりたかったので気合いが入ったといいますか」
「…嬉しいです」
ジュリ様の目が仮面の向こうで緩んだ。俺もつい顔がデレっとしてしまう。
「でもジュリ様に追いつけるようにもっと頑張らないとですね…一位おめでとうございます」
「ふふ、ありがとうございます。色々とお忙しいでしょう、無理はなさらないでくださいね」
ジュリ様はそう言ってくれるが俺は勝手に音楽活動(趣味)で忙しくしているだけなので勉強を疎かにする理由には出来ないからな…。
「お二人はますます仲がよろしいようで、結構なことですわ」
プリムラ様がうんうんと頷いて満足そうにしている。そういえばイチャつけという指示を出されていたな。
「あてられますわ…ああ、わたくしも本腰を入れて婚約者をさがさねば…」
カリーナ様は憂鬱そうに溜息を吐いた。そういえば俺たち以外の皆の婚活はこれからだ。2~4年生くらいで婚約に至るパターンが多いらしい。派閥や学力から見る将来性等が何となく見えてからの方が相手を決めやすいというのはあるらしいからな。
「…貴様が去年より順位を大きく上げたことに関しては、また何やら言われるやもしれんな」
ハイライン様が目を細めて言った。
「何やら?…ああ」
学院が未来の公爵夫に忖度して順位を上げた―――…とか噂が立つかもしれないということだろう。
そもそも学院ってそういう忖度、頼めばしてくれるんだろうか。寄付金を積めば可能なのかも?頼む気もないので永遠の謎だ。
実力じゃないんだろ、と揶揄される覚悟はしておこう。
「なに、妬みなど気にすることはない」とアルフレド様が俺に笑んでくれた。
アルフレド様は今、制服のスラックスが黒だ。側面に金の蔓草刺繍が入っている。
俺も今日は幾何学模様の銀刺繍入りの黒いスラックスである。
ジュリ様も黒スカートで銀の刺繍入り。銀の刺繍は色々な大きさの五芒星や六芒星が連なっていて冬の星空、もしくは雪を想起させるデザイン。
カリーナ様も黒いスカートに黄色とオレンジの花の刺繍が入ったものを着ていた。プリムラ様は光沢のあるシンプルな黒スカートの裾に金のワンポイント花刺繍が入っている。
リーベルトは濃い青の刺繍入り、ハイライン様は紫の刺繍入り、ペルーシュ様は白の刺繍入り黒スラックス。
示し合わせた訳でもないが皆黒い下衣を履いていた。
高位貴族が進んで黒を身に付けてくれると周りも追随しやすい。同級生では黒い下衣の人が結構見受けられる。黒が普段着に定着してきたことがわかる。
黒がかっこいいということに皆やっと気付いてきたようだ。
今日はこれから新入生の入学式だ。
形式的な式典の後には、王家と公爵家の子息に顔を覚えてもらいたい新入生が挨拶に来る。まだ黒に忌避感がある家族を持つ生徒がいても、公爵家の二人やその周りが堂々と制服にしているのを見れば抵抗は薄れるだろう。
その辺りを考慮して皆今日黒を穿いてきてくれたのだと思う。
感謝。
「今年の新入生には注目すべき方が二人おりますね」
ふとジュリ様がそう言った。
「二人ですか?お一人は王女殿下…ですよね」
「お聞きになりませんでしたか?平民として育った娘が一人、男爵家に引き取られ入学すると…」
「ああ」
そんな話は確かに予習させられた情報の中にあった。でもそんなに重要な情報だっただろうか。珍しい話ではあるようだが。
「…金髪だという話でしたね」
リーベルトが言った。その台詞に皆真面目な顔で思案している。
「……金髪だったら何かあるんですか?」
話の行き先がよくわからん俺がそう問うと、皆が少し呆れたような表情になる。ジュリ様は苦笑いだ。
え、何だ…?俺は何をわかっていないんだ。金髪ってことは美人ってこと、それはわかるけど…。
カリーナ様が代表して口を開いてくれた。
「アマデウス様、金髪を持つというのはとても優れた容姿をお持ちということです。男爵家といえどどこか良いお家に嫁がれることは確実ですわ。低い身分と言えど丁重に扱うべし…という情報なのですよ。…まぁ、アマデウス様にはあまり意味のある情報ではないかもしれませんね。誰にでもお優しいですし」
「な、なるほど…?」
そうだった、この世界で金色は格別な美の象徴。
平民出身の男爵令嬢が金髪ですよ、という情報でそこまで読み取れなきゃいけなかったのか…。
平民に金の瞳は稀にいるが、金髪は本当に滅多にいないらしい。昔から金髪がいたら大体貴族が召し上げたり囲ったりしてきたからもう貴族にしかほぼ生まれないのだとか。
つーかこの世界の髪と目の色の遺伝って、両親の色がランダムに出たり、両親の色を混ぜたような色になったりもするし、祖父母の色が隔世遺伝することもある。遠い先祖の誰かの色が出る可能性もあるんだそうだ。両親と似つかない色が出たと思ったら数代前の先祖にその色がいたとかあるらしい。出る色の幅が超絶広い。なので両親が金髪ではなくともポッと出の金髪が生まれる可能性はなきにしもあらず…ということ。らしい。
家系に多い色というのはあるらしいが。俺の出身のロッソ家なんかは赤毛が多いと言われていたようだし。
へ~… 玉の輿が約束されし美少女が入ってくるのか。
平民育ちで引き取られたってことは親のどっちか…多分母親が平民の愛人で、隠し子だったってことかな。平民として暮らしていたところから貴族教育にシフトしたとなると勉強大変だっただろうな。うちの平民だった楽師たちも苦労してたから同情してしまう。
そして俺たちがこちらから挨拶しにいくべき新入生、アナスタシア王女殿下。
彼女も確か金髪の美少女で有名だったはず。
しかし王家の金髪美少女と、元平民の金髪美少女が同じ学年に入るとは。
その二人が友達になったりしたらエモいんだけどな~~~~~~~~~~。
物語ではありそうだけどさすがにリアルじゃ無理かな。育ってきた環境が違い過ぎて……。
俺はこの時そんな暢気なことを考えていた。
その金髪美少女二人がジュリ様との結婚の障害として立ち塞がるとは露ほども予感していなかった。




