疑惑と信用
ジュリエッタとアマデウスは庭に移動するようだ。
『ここなら仮面、外してもよろしいのでは?』
東屋に茶の用意をさせ、侍従が少し離れた所に行った…と思われる時、アマデウスが言った。
『あ……デウス様が、お嫌でなければ…』
『嫌な訳ないでしょう』
『そ、それでは…』
仮面の紐を解いて、机に置いたらしき音がする。
『ここ、初めてお会いしたお茶会の時を思い出しますね』
『はい。この東屋でした…』
『ジュリ様、…私は、もともと貴女の顔を悪くは思っていませんし…お顔を見て話したいと思ってます。周りに人がいる時は難しいとわかっていますが、二人の時は外してもらえたら喜びます』
…本当に平気なのだな。いや、平気どころか外すように進言するとは…
私やティーレ、モリーなどのジュリエッタと付き合いが相当長い少数の年嵩の者は、ジュリエッタの素顔の前でも動揺せずにいられるが……
正直に言えば、伯父である私ですらジュリエッタの素顔は苦手だ。嫌という訳ではないが、どうにも不憫で…目を逸らしてしまったり、顔が引きつりそうになる。仮面をつけていてくれた方が話すには楽だ。
『…デウス様……その…あの時歌って下さった歌なのですが』
『っ!は、はいっ?』
『のど自慢大会で、デウス様の楽師が歌っていましたが…』
『あ、ぁあ~~~…はい…』
ここにきてアマデウスが初めて動揺している。歌?
『歌詞はあれであっていたのでしょうか、デウス様は歌詞の内容をご存知でしたの…?』
『………知って、ました』
『そ…そうですか…』
『…あ~~~~…まさかジュリ様が来ているなんて思いもしなかったのでロージーに歌ってもらったんですけど…いやいつかはちゃんと楽譜にしてお渡しするつもりではあったんですが、ちょっと…恥ずかしくて……』
『恥ずかしくて…?』
『初対面の女性に歌うのにはあまりに……チャラいというか…口説いてるみたいでしょう』
『…口説いて下さってた訳ではなかったのですね』
『あの時はそのつもりはありませんでした。ジュリ様の気を晴らせないかなと思っただけで…でも、歌詞の内容は、一応私の心情と被っていましたよ』
『………』
あぁ、初めて会った時の茶会、ここで歌を歌ってみせたのか。口説いてないだ~~~?
嘘吐け!!!
『……そうだったらいいと思っていました。でも、やっぱり…信じられません。“君は君の美しさに気付いていない”だなんて…わたくしを美しいと思ったと仰るのですか?そんなの…嘘です』
『!…ジュリ様、』
『嘘でもいいと思っていました、口説かれたという事実だけで嬉しかったし、今わたくしに好意を寄せて下さっているのも死ぬほど嬉しいです。…でも、一つ嘘だと思うと、全部嘘かもしれないと、疑ってしまうのです…デウス様、どうか心にも無いことは仰らないで下さい。わたくしが貴方を疑わないで済むように…』
『………』
アマデウスは沈黙した。ジュリエッタの震える声が耳に突き刺さって私まで息が詰まる。
早く何か言えアマデウス!!お前の撒いた種だぞ!!!
『…ジュリ様、私は心にも無いことは基本的に言いません。嘘を吐いたことが無いとは言えませんが』
『……っ!ぁ…』
声が近付いた。反応からしてジュリエッタの手か顔を触ったのかもしれない。
『初めてお会いした時から、ジュリ様のことをかわいいと思っていました。信じてもらえませんか?』
『そ…そんなの…わたくしにそんな…』
『まず…そうですね、声が好きです。すごく可愛らしい声をなさっているって言われませんか?澄んでいるのに甘いというか…いやこんなことよほど親しくないと言えないですかね…あと、目の色が好きです。私、赤も好きですから』
『こっ… め……?』
『髪も好きです。黒が好きであることは言いましたけど、ずっと触ってみたいと思っていました。…触ってもいいでしょうか』
『えっ…は、はい、どうぞ…』
な…何か始まった。おい、破廉恥なことはまだ許さんぞ…!!軽々しく乙女の髪に触るな!!ジュリエッタも二秒で許すんじゃない!!!
『……よく言われますが、私は少し皆と感覚が違うのかもしれないです。…この痣のせいで色々と気苦労が絶えなかったでしょうから、言いませんでしたけども。この痣がジュリ様の価値を損なうほどのものには見えません。不思議な痣だなと思っていますが、絵の具を混ぜている途中のような感じがしてむしろ好きです。絵を描くのも好きなので』
『え、え、えぇ、絵を………』
ジュリエッタは終始戸惑っているが私も戸惑っている。何を言っているのかこいつは。
『かわいいと思っているし、綺麗だと思っているし、ジュリ様が好きです。…信じて下さい』
『デウス様……ぅ…』
…何か布と布が擦れる音がする。…な、なな何だ?!何をしている?!!?
庭だし、侍従が少し離れた所にいるのだから変なことはしていないだろうが…!
私は急いでバルコニーに出て庭を見渡す。二人がいる東屋は見えたが流石に何をしているかは遠くてわからない。
こんな時は…双眼鏡だ!これは魔道具ではない普通の双眼鏡だ。隠密の使う魔道具になると壁を透かす物もあるらしい。恐ろしいな。こんな場所で身を屈めながら姪を双眼鏡で見るのは怪しいことこの上ないが仕方ない。何か言われたら鳥を観察していたとでも言おう。
双眼鏡で見ると、アマデウスの胸にジュリエッタの顔を埋めるような形で抱き合っていた。
コッ……コラ!!!!!!
密着し過ぎだ!!ジュリエッタはまだ子供だと言うのにアマデウス貴様~~~!!!!!!
婚約者同士とはいえ節度というものがあるだろうコラー――…!!
『……な、何故、ルドヴィカ嬢ではなくてわたくしを選んで下さったのですか…?』
『あぁ…そこも疑われてたんですね。単純な話です、彼女とは性格が合わなかったというか…あ、別に何もなかったですから!たまに絡まれていただけです、本当に色っぽいことなんて何もないですからね?!』
『彼女の方がずっと美人なのに…わたくしをかわいいとお思いなら、彼女だって綺麗でしょう…?』
『…うーん…ではジュリ様は、私よりアルフレド様との方が婚約したいですか?』
『え?…お互い嫡子ですので有り得ないお話ですが…』
『条件が合ったとしたらです』
『…わたくしはデウス様がいいです、アルフレド様は立派な方ですが…』
『ではユリウス殿下は?あの方も私より男前ですよ』
『…あの方に嫁ぐくらいなら修道院に入った方がずっと心安らかですわ』
『あはは、そ、そんなに… おわかりでしょう、より美しいと思うかどうかと、欲しいと思うかどうかは別だと』
少し体を離して、アマデウスがジュリエッタの顔…おそらく痣のある方を撫でた。
『…欲しいのは、貴女だけです』
※※※
「…はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」
覗きをやめて長い溜息を吐いて部屋に戻った私に侍従が黙って茶を用意してくれる。
二人は顔を赤くして暫く体を寄せ合っていた。
節度を持てけしからん…!と言いに行きたい気持ちはあるが… ジュリエッタが涙声で『…デウス様、わたくし、生きていてよかったです…』と言ったのを聞いてしまった。…野暮な真似はしないでおこう。
……たとえ媚びを売っているとしても、あの子の顔を見ながら、あんな台詞を吐ける男が他にいるか?
おそらく…この国中平民まで全てさがしたとしてもいやしない。
―――――無理だな…アマデウスの代わりになる貴公子をさがすのは、改めて、絶対に、無理だ。
落ち着いたらしい二人は侍女に茶を淹れなおさせ、話を続けた。
『そういえば私、変なところはなかったでしょうか。公爵閣下やジュリ様の伯父様の前で』
『大丈夫ですわ、緊張していらしたのですか?普段と全然変わらないと思っていました』
『緊張しますよ、未来の義父に嫌われたら困りますし…でもティーグ様から、公爵閣下は顔が怖いかもしれないが性格は怖い方ではないので大丈夫だと聞いてはいました』
『ぎ、義父っ… …あ、お父様はわかりにくいですがとてもデウス様を歓迎しているのですよ。わたくしの婚約にとても安心なさっていて』
『そうだと嬉しいですが…タスカー侯爵閣下は母方の伯父上とのことでしたが、親しくなさってるのですか?』
『はい。母の忘れ形見だからでしょう、幼い頃からわたくしに良くしてくださいます。得意ではなさそうですが、わたくしの素顔を見ても平気な振りをしてくださいますわ』
う…少し無理をしていたのが伝わっていたか……。
『あちらの侍女のモリーさんも大丈夫なのですよね、長くお仕えしてらっしゃるのですか』
『ええ、モリーはわたくしの乳母の一人でもありましたから。…昔は短時間しか無理だったようですが、今では慣れたようです』
『それはもう家族のようなものですねぇ』
『…家族、ですか…?血の繋がりはありませんが…』
『…あぁ、この考え方は…貴族的ではないんでしょうね。私は、ずっと私の世話をしてくれている使用人たちのことを家族のようなものだと思ってるんです』
『使用人を…?』
『同じ屋根の下で、世話をするのが仕事とはいっても、仕事以上のことをしてくれているとよく感じます。ただの仕事だったら、私が寝るのを忘れて楽譜を書いてたり食べるのを忘れてピアノ弾いてたりしても好きでやってるんだから放っておけばいいんです。でも皆体を心配して食事を持って来てくれたり無理矢理ベッドに押し込んだりしてくれます。時間配分しろ、身体を労れって説教もしてくれる。大事にしてくれてないとそんなことまでしません。だからこちらも大事にしなきゃと思っているし、もう身内みたいなものです』
『……なるほど…そうですね。モリーも、きっとわたくしのところ以外の働き口はあったはずです。もっと楽な仕事がいくらでも…。でもわたくしの傍にずっといてくれました。仕事だとしても、沢山わたくしのことを考えて動いてくれています。…身内ですわね』
『ね。給料が足りているといいんですが』
二人は朗らかに笑い合った。
血の繋がりがない者を家族と称するのは違和感しかないが…身内、か。身内という表現ならわからんでもない。
信用に足る部下、侍従、隠密は身内のように大事にしなければならん。裏切られたら詰むからな。
『…血の繋がりがあっても、心を通わせたことが無い相手は家族とは思いません。私は』
アマデウスが何気なく、しかし意味深に言った。
『それは…御母上のことですか?』
『…ジュリ様もやっぱり母についてはご存知でしたか。親世代では有名人だったようですね』
『…伯父は、デウス様の御母上のことが気がかりで少々態度が冷たかったのだと思います』
『ああ、そうだったんですね』
悟られていたか…。まあ予想はつくだろうな。
『シレンツィオの中でも、デウス様に公爵家の血が流れていることを良い方に思う者と、御母上の悪評からすると歓迎できないと考える者がいるようですわ。勿論婚約が成った後の今反対などしても無駄ですが…デウス様に失礼な態度を取る者がおりましたら仰ってください、すぐに遠ざけます』
『ありがとうございます。…母や、ロッソ男爵家の方から何か接触を持ちかけられたとしても全部無視していいですよ。ないとは思いますが。親しい使用人はほぼ伯爵家に一緒に連れて来ましたし、あの家の方たちとはもう何の関係もありません』
『…今まで、男爵家にいらした時のことはお聞きしませんでしたが…その、良くない扱いを受けていらっしゃったのですか…?』
『いえ、心配されるようなことは何も。全然交流が無かったんです。厭われていたのかどうかもよくわかりません。会ったこと自体が数えられるほどなので…単に私に興味が無かったんでしょう』
『…そうですか…』
『…そんな顔しないでください、本当に平気だったんですよ。家族はいましたから。伯爵家に移ってからは、友達も、父も姉も弟も』
『…はい。良かったですわ』
………アマリリス・アロガンテは息子に興味が無い。
それは有り得るな。身分の低い者を人とも思っていないような女だったという。男爵との子など彼女にとって何の価値も無いのかもしれん。
しかし公爵家との縁を得たと知ったら何か仕掛けてくる可能性はある。アマデウスは本当に母のことをあまり知らないようだ。あの女はそんなに欲の無い人間ではない……
しかし、あの女を無視していいとまで言うのなら。
――――――――――――――少しは、信用してやってもいいかもな。




