受難
マリアが正式に採用される前に話しておきたいことがあると言っていたそうなので、一度音楽室に招くことにした。
同日にマリアとスザンナはロージーとバドルと同じアパートに引っ越してくる予定だった。伯爵邸に程よく近くて安く、古いけど傷んだ所は丁寧に修復されている集合住宅だ。部屋が空いていて良かった。
しかしラナド&ロージーと領の境目の関所で落ち合って荷馬車で一緒に来る予定だったのだが、時間になってもなかなか来なかった。少し待つとスザンナが汗だくになって関所に走り込んで叫んだ。
「マリア、店主に出してもらえないんだ!このままじゃ無理矢理買い取られちまうかもしれない!」
マリアは娼館の店主に辞めることを許されず、部屋に閉じ込められているという。ロージーがすぐに荷馬車を娼館に向かわせた。店主にマリアと会わせるように要求しても頑なに聞き入れず、ラナドが仕方なく自分はとある子爵家の者だと貴族マウントを取ると「あ、お迎えですか!?」と何故かすんなり通した。
マリアに会うともう荷物をまとめていて、「ひとまずここを出ましょう。無理矢理連れて行く感じでお願いします」と頼まれたロージーは地味に嫌がる演技をするマリアを引っ張って、ラナドはその前をスタスタと歩いて娼館を急いで出てきたという。「あの、お金は…?!」と言う店主を置き去りに。
…それじゃ誘拐じゃない!?
とツッコんだら、流石に借金は清算せねば犯罪なので、ラナドは「マリアを預かった貴族の使者だが、支払いはスカルラットの一の町保管庫で行う。1時に書類を揃えて来られたし」と言伝して店主をスカルラットまで呼び出した。
店主が来るまでの間に、マリアは自分の境遇を説明してくれた。
お隣のレナール子爵領で、子爵令息・リーマスが客だったこと。リーマスに買われる度暴力を振るわれていたこと。腹を殴られたり指を折られかけたり、首を絞められたり。そんな扱いをしていたかと思えば、学院を卒業したら買い取りに来ると言われていたこと。
マリアは淡々と話したが俺達はドン引きで空気が冷えきっていた。
その子爵令息なんなのマジ…?散々暴力振っといて身請けしにくるって、怖すぎんだけど…?
俺は一応知識としてそういう性癖があることは知っている。加虐性癖と被虐性癖とか、SMみたいな。
しかしSMは互いの同意があって成り立つプレイであって、一方的ならただの暴力であることは言わずもがな。というか普通に暴力だな…。本当なら商品である娼婦に乱暴を働けば店主がすぐ出禁にするか騎士団に突き出すが、貴族だとそうもいかなかったと。権力の濫用~~~~!!!
マリアが賞金を得て、娼館を辞めると申し出ると店主は慌ててマリアを説得したという。
お貴族様の妾になれるんだぞ、名誉なことだ、こんな良い話を断るなんて馬鹿のすることだ……とマリアをなんとか止めようとした。辞職の意志が固いことを知ると一転、マリアを部屋から出さないように見張りを付けた。
「…店主は、リーマス様の怒りを買うのが恐いのでしょう。もしかしたら、リーマス様は他の客がわたくしを買い取らないように既に店主に前金を払っていたのかも。それを受け取っておきながらわたくしがいないなんてなれば、どんな目に合うやらわかりませんからね…」
店主はマリアを閉じ込めてから急いでレナール子爵家へ使いを出した。マリアが辞める前に買い取ってもらって、逃がさないようにしたかったのだ。
「卑劣な……」
ロージーが今にもブチ切れそうな顔で呟く。バドルが宥めるようにロージーの肩をさすった。
「危ないところでしたね。先にレナール子爵令息と店主の取引が成立していたら逃げ出すのは難しかったでしょう」
居心地が悪そうな顔でラナドが言う。自分と同じ身分の者がやらかしてロージーに罵られてるのが何だかアレなんだろう。
「でもそのリーマスって令息、まだ学生でしょう?一足早く娼婦を買い取るなんて親が許すのかな…」
素朴な疑問を述べる。働き始めていたら一応一人前として可能かもしれないが学生だと…
「…跡取りではないので、わたくしを正式に夫人にしても問題ない…とは仰ってましたわ」
あ、嫡子ではない訳か。貴族の三子以下はそもそも将来が定まってないことが多いので、結婚をするとは限らなかったりする。貴族同士で結婚しようと思ったら持参金とか邸宅を整えるとか結構金がかかるから、貧乏子爵家や男爵家なら教養がある平民の富豪の子を迎える縁談も割とあり、その方が楽だったりするんだとか。平民と結婚してもおかしくはないのだ。
「本当に、表面だけ聞けばとても良い話ですね~…娼婦が子爵令息の嫁に収まるなんて玉の輿ですよ、ええ…婿が、まともならですが…」
ラナドが顔を引き攣らせて唸っている。
しかし性癖を隠し通されて結婚までいかなくて良かったよな。玉の輿乗ったと思ったら逃げられない泥舟なのはエグい…。
「…わたくしは、婿がまともだったとしても嫌でしたが」
「何故です?」
不思議そうな顔をしたラナドにマリアは斜め下を見ながら数秒言い淀んだが、理由を言った。
「…そもそも、男を好きだったことがないので」
…そ、それはかなり、苦労したのでは…?途中で男が嫌いになったとかではなく、そもそも好きになったことがないと。非・恋愛体質だ。疑似恋愛と思うこともなく、ひたすら仕事として義務でやってきたのかな…。
「それは……大変だったね」
労いの気持ちを込めてそう言うとマリアはきょとんとしていた。受け答えとしてズレていただろうか。
俺が居合わせると俺が娼婦を買い取ったみたいに見える可能性があるので、後のやりとりはラナドとロージーにお願いした。同じ娼館で掃除婦だったスザンナには娼館に戻ってもらい置いてきたマリアの荷物を運び出してもらう。館を逃げ出すマリアがミニマリストかってくらい少ない荷物しか持って来てなかったので。
必要書類を持っていそいそと保管庫に来た店主の前にマリアが現れ、自身の借金を店主に返済し、辞職を申し出る。ラナドやロージーが俺の専属だと知っている保管庫の人達もしっかり証人として立ち会ってくれて。
ラナド達がレナール子爵令息の使いと勘違いしていた(というかマリアがそう誘導した)店主は青ざめて、マリアに怒り出したそうだ。
『ガキだったお前に高い金出して教育してやったのが誰だと思ってるんだ、この親不孝者め!!そうだ、俺はお前の親代わりなんだぞ、お前の行き先は俺が決めるんだ!こんなどこから出たかわからん金は受け取れない、さっさと店に戻ってリーマス様をお迎えしろ!!』
と怒鳴りつけてきたが、ロージーがついにブチ切れて、
「娘が暴力に晒されている時助けもしない親は血が繋がっていたとしても親なものか!!!失せろ!!!!」
と怒鳴り返して金を押し付け、保管庫の建物から蹴り出したという。
…ちょっと見たかったな…。スカッとしたと思う。
(一部始終はラナドが声真似までして教えてくれた。自慢気に。スカッとしたんだろうな…)




