結果発表
「—――スザンナさん、着替えを用意させます。集会所へ行きましょう」
「!ロージー様」
「ああ、どうも、ソフィア殿」
舞台にいるはずのロージー様が舞台裏に…ああ、13番目に歌うからか。
「何故濡れたのかは後で聞きますが、ひとまず着替えに…」
「いいよ、あんたもこの後歌うんなら時間ないだろう。それにあたしに合う服なんてあるのかい?」
ぐ…とロージー様が言葉に詰まる。スザンナさんは大柄だ、確かに着れる服はすぐに用意出来ないかもしれない。
ロージー様が頭に手を当てて悩んでいるところ、見張りに立っていた騎士様が戻ってきた。アマデウス様の侍従のポーター様もいる。
「揉め事があったとか。…ご婦人、濡れたのは貴女ですね。着替えを用意しましたので、集会所へ」
「ええ?でも、あたし太ってるよ?」
「報告を受けてちゃんと着られる物をさがしてきましたから」
スザンナさんが着ることが出来る物をさがしてくれていたのか。見張りなのに肝心な時にいない!!と思っていてすみませんでした騎士様。
ばたばたと騎士様がスザンナさんを案内していく中、ポーター様がこちらを振り返って言った。
「ああ、…ソフィアさん、その…良い歌声でした」
何を言われたか頭が理解する前にポーター様は早歩きでスザンナさんたちを追って去って行ってしまった。
「え。…あ、ありがとうございますー!」
いつもしかめっ面をしていてこわい人と思っていたけれど、案外話せる方なのかしら。ちょっと認識を改めよう。
「ポーター様が来て助かった…それでは、また後で」
ロージー様は急いで舞台袖に準備しに行った。もう12番目の人の歌が終わる。
「マリアさん、あの…先ほどは大変失礼を…」
ぼんやりした顔で佇んでいたマリアさんに謝ると、彼女は薄く笑ってくれた。
「あんたはあの女に逆らっていたでしょ。何も悪くないわよ」
「そう言って頂けると、助かりますけれど…」
「あんた、名前は?」
「ソフィアです」
「そう、ソフィア。あんたの歌、とっても良かった。心が洗われたわ」
「ほ、本当ですか?ありがとうございます」
「こちらこそ、さっきはあたしを止めようとしてくれてありがとう。…あんたが修道院に戻ったら、あの女にきつく当たられたりしないかしら」
「平気です、いつものことですから!あっ、いや…」
失言に口を押えると、マリアさんは一瞬目を瞠った後おかしそうに笑った。
「案外強くて、かわいいねあんた」
「かわ…!?」
かわいいなんて、近所のおじいさんおばあさんにならよく言われるけれど若い人に言われるのは初めてだ。
それもこんな美人に。
顔が熱くなっているのがわかる。顔を掌で押さえていると、ロージー様の歌が始まった。
初めて聴く歌だ。本当に今日は初めてが多い。軽快な拍子で弦楽器の音が鳴る。
“信じられないけれど 君は気付いていないんだね 君が綺麗だということに”
ロージー様の普段の歌は実直というか、朗々と歌い上げるようなものなのだけれど。
所々切なく演技がかったような歌い方をするところがむしろ良い。恋する心を想像してしまって胸がときめいてしまった。こんな歌い方がお出来になるのね、というかこんな歌があるのね…歌詞が率直過ぎて少し恥ずかしいけれど、素敵。恋を知らない私でも恋を体験しているかのよう。
ふとマリアさんを見ると彼女は眉を思いっ切り寄せて舞台を睨んでいた。予想外の顔である。
「ま、マリアさん…?どうかなさいました…?」
「……悔しい…負けたかもしれないわ…」
「え?ああ…」
そういえばこれは歌の大会だった。色々あり過ぎてうっかり競い合いであることが頭からすっぽ抜けていた。
「優勝を狙っていらしたのですね。とてもお上手でしたし、入賞すると私は思いますよ!」
「…そういう訳では…なかったのだけど。ふふ、こんなに本気になるとは思わなかったわ…あたし、もっと…諦めないで頑張ろうかしら。せっかく黒騎士様に助けてもらえたんだもの…」
「黒…騎士?」
黒騎士…闇の神と戦の神の間に生まれた医神のことだったかしら?もしかしてさっきの謎の少女のことを言っている?
よくわからないけれど、どこか捨て鉢でフローラ様に突っかかっていった時の危うい雰囲気がマリアさんからなくなったのは良かった。
出場者全員が番号の書かれた大きい板を持たされて、舞台に並ぶ。スザンナさんもギリギリ間に合って駆け込んできた。良かった。簡素な椅子が並べられてそこに座る。
『それでは、係の者が箱を持って周ります!一番良いと思った歌手の番号の箱に板を入れて下さい~!』
係の人が数人、番号の板が貼られた縦に長い箱を13個くっつけたような物を抱えて客の前を周っていく。
箱の上には番号と、四角く切り取られた入れ込み口。私としては中身が見えなくて良かった。自分が明らかに少ないと目でわかってしまったら傷付いてしまう。11の番号だけ剥がされ穴も塞がれている。そうか、フローラ様が棄権したから…
ドキドキしながら投票の様子を見守る。
「ねぇ誰に入れた?」「9番だろ」「俺はやっぱり…」など楽し気な声が客席から聞こえる。
最後の投票が終わったらしく箱を持って係の人が舞台前に集まり、人数を確認したら、舞台の裏へぞろぞろと下がっていく。
『皆さん板を入れましたね?それではこれから集計を行います。審査員の楽師バドル翁、楽師ラナド、伯爵令息アマデウス様がそれぞれ付けた点数と、皆さんの票数を足して順位を付けます!集計を行うまでの間、なんと!アマデウス様が楽器を演奏して下さいます!!ズーハー工房とアマデウス様が作った新しい音色の楽器・ピアノの音色をお楽しみください!』
お金持ちの子には見えるが貴族には見えないくらいの装いのアマデウス様が舞台に出てきて優雅に頭を下げた。
ああ、客に溶け込んで楽しんでいたんですね…
「「「アマデウス様―っ!!!」」」と若い娘達の歓声、と思ったら「「「アマデウス様~!!」」」と野太い歓声も聞こえた。誰たちの声??
聞こえた方に目を向けると職人たちの集まりに見えた。そうか、楽器工房や金物工房とは結構お付き合いがあるのだったか。
「え、あの子が?!」「うそっ」と彼の顔を知らなかったらしい人達の驚きの声も上がる。「あ、あの子が例のお貴族様だったのかい?」とスザンナさんの驚く声がした。
舞台に向かって左の方にクラブロがあるけど何故か使われなかったなとは思っていた。アマデウス様はそれの前に座った。あれはクラブロではなく新しい楽器?
係の人が拡声器を楽器用にしたものをピアノに向けて調整するのを待ってから、アマデウス様は実に楽しそうに弾き出した。
※※※
…確かにクラブロとは違う音色だった。
指で強弱のついた旋律に聴き入った私達は、弾き終わって立ち上がり、恭しく客席に頭を下げた少年にその日で一番大きな拍手を送る。手が痛くなるくらいに。音も良かったが曲が素晴らしかった、楽譜を手に入れれば司祭様に弾いて頂けるかしら。楽譜は高いらしく教会に古くからあるものしか触ったことがなくて、新しく買ったことなんてないのだけれど…
アマデウス様は拡声器を司会の夫人から受け取り、話し出した。
『本日はのど自慢大会にお越し頂き誠にありがとうございます。想定よりも人が集まり、運営が至らないところもあったかと思いますが、皆様の協力により執り行うことが出来ました。この場で深く御礼申し上げます。
…人前で歌うというのは、存外勇気がいる行為です。簡単に出来る人もたまにいますが、大抵の人は声が出なかったり実力を出し切れなかったりと、想定外の緊張に見舞われます。自分の歌が自分で思うよりも下手かもしれない、皆の前で失敗したら、誰かに笑われてしまったら…、そんな恐怖にも立ち向かわねばなりません。舞台に立つとは、立ったことのある人しかわからない、一種の勇気のいることだと思います。
それでも歌うと決意して、この大会に参加してくれた歌手全員に感謝を。順位がどうなろうと、今日参加してくれた全員の歌が素晴らしかったし、私は本当に楽しかったです!皆様、舞台を降りた後も、どうか歌手の勇気を讃えて下さい。本日はありがとうございました!』
本当に楽しかったのだろうと思える無邪気な笑顔を浮かべてアマデウス様が挨拶を締めくくり、大きな拍手が響いた。アマデウス様が客に手を振り返しながら舞台裏に行く。私は舞台の歌手全員に敬意を示してくれたことに感動して誇らしい気持ちになった。迷ったけれど出てよかった、本当に。
あの謎の少女にもお礼を言いたい。フローラ様がマリアさんやスザンナさんをどうにかしてしまっていたらと思うとぞっとする。その逆も有り得たし。アマデウス様にお伝えすれば、お礼を言伝して頂けるかも。あ、でもお忍びと仰っていたわ…アマデウス様は彼女の来訪をご存知なのだろうか。
『集計が終わりました。上位三名のみの発表になります。それでは三位から!第三位は~~~~~~~~~~~~~……審査員合計22点、客席から47点で合計69点!3番、ソフィアさん!!どうぞ前へ!!』
「へっ……」
隣にいた人がさぁさぁと背中を押して、私はふらりと前に出た。拍手と「良かったよー!」「綺麗な歌声だった!」と前の方の客席から声が飛んでくる。知り合いの人達が応援してくれたのがわかる。
『そして、第二位!第二位は~~~~~~~~~~…審査員合計23点、客席から55点で合計78点!13番、楽師ロージーさん!!どうぞ前へ!』
ロージー様が少し驚いた顔をした後薄く笑って前に出る。彼が二位?では一位は……
『第一位!栄えある第一回スカルラット領のど自慢大会の優勝者は~~~~~…!審査員合計26点、客席から59点!合計85点!――――9番!マリアさん~~~~~~~~!!』
大きな歓声と拍手の中、マリアさんはぽかんとした顔で座っていた。
「マリア!!!!!やった、やったよぉー!!!」
スザンナさんが自分の事のように喜んでマリアさんを抱き締めた。「ほら、出て出て!!!」スザンナさんに背中を叩かれたマリアさんがよろっと前に出る。
ラナド様が私に、バドル翁がロージー様に、アマデウス様がマリアさんに、花束を持って来て渡してくれた。三位と二位は同じくらいだが一位はとても大きい花束だ。
『皆様、もう一度大きな拍手をお願いします!おめでとうございます~~~!!』




