意地
遠ざかっていく女子達を尻目に、俺は親友に走り寄った。
「……リーベルト!! そんなことないって言わなきゃいけなかったとこだよ今のは絶対!!」
「デウス………」
「決闘を受けたって!? クー……、今からお断りすることは!?」
クーリングオフと言いそうになるくらい慌てている俺。リーベルトは一見口元だけ微笑んだ冷静顔だが、顔色は蒼い。マンガだったら縦線入ってる。まずいことをした自覚はちゃんとあるっぽい。
「……無しにするのは難しい」
「ならせめて条件を変更できない? プリムラ様の婚約を勝手に賭けちゃダメでしょ……」
「……因みに相手はあそこの、赤茶の髪の……」
リーベルトの視線の先には、肩に付くくらいロン毛の騎士見習いがこっちを見ていた。
騎士は髪が伸びたら切るか縛ってる人が多いからこういうオシャレ長髪の人はあんま見ない気がする。
「これはこれは、アマデウス様。お目にかかれて光栄です。わたくし、ムルシエ伯爵家四子、グレゴリーと申します」
丁寧な礼をしたが、こちらを見る目は挑発的。これから戦う相手に対してはわかるけど、俺に対しても。
「ご丁寧に。……ところで、グレゴリー殿は既にご両親に許可を得ておいでで……?」
「勿論です。親同士が決めた婚約がありましたので諦めていましたが……以前より私はプリムラ嬢をお慕いしていました。両親も理解してくれています」
「そうですか……しかしプリムラ様の将来にも関わってくるとなるとムルシエ家とグロリア家だけの問題に留まりません。ロクティマ家が承知しなければ結局反故になるでしょうし、プリムラ様も同意していませんから、一旦決闘は白紙に……」
「つまり、一度受けた戦いから尻尾を巻いて逃げると? 先程も申し上げたが、そうだとしたらますますリーベルト殿はプリムラ嬢に相応しくない。今は不承知でも、彼女は私と一緒になった方が幸せだったとわかる日が来ると確信しています」
「えぇ……?」
なんでやねん。
婚約解消直後と言える今、すでに他と婚約してる女生徒に求愛て……鞍替えが早過ぎて薄情と思われても否定できないだろ。昔互いに好き合ってたとかならまだしもそういうんじゃないみたいだし、俺がプリムラ様の立場だったら普通に信用ならない。そんな状況たとえ美男美女でも、いやむしろ美形だからこそ信用ならなさが増すよ!
俺がハテナを浮かべているとグレゴリーはススッと近寄り、俺達に言う。
「……そもそもが形ばかりの婚約者でしょう。出世と引き換えにアマデウス様のお傍に侍ること、いずれプリムラ嬢は後悔し、虚しく思うはずです。私は彼女を妻として愛し、一人の女性として幸せにしたいのです」
リーベルトをちらりと見た後、俺に焦点を定めて意味深な笑みを浮かべた。
ぅ、うん? ―――――――――――――あっ!
「あー……グレゴリー殿、何か勘違いしていらっしゃるようですが、私とプリムラ様は普通のお友達以上のなにものでもないですからね」
「表向きは、そうなのでしょうね」
全然信じてくれねえ! 勘違いだって言ってるだろがい!!
なんか知らんがちょくちょくいるんだよな~~~~プリムラ様が俺の愛人だと思ってる奴……。
俺を無類の女好きだと思ってる派だな。
ここに来る途中に教えてもらった情報によると、長子と彼以外は他領に出ることが決まっていて、彼は自領の騎士団に入りいずれは領主の弟として騎士団長になることがほぼ確定しているらしい。
将来の職が安定しているのは好条件だ。そこに加えて騎士コースの成績も良い軟派な女好き。マイナスがあるとしたらクラスが四組。成績はあんまりよくない。
どこか余裕のある佇まい、垂れ目がちの甘い顔立ち、男にしては艶のある髪。
……これ、あれだな……俺みたいななんちゃって女誑しではない、本物のヤリチ、……モテ男だ。多分。
うん、観察はさておき。
「言葉を崩しますよ、そちらもどうぞ、伯爵家同士ですし。……あのさ、まともな神経してたら婚約者の親友に手なんか出さない。それとも俺がまともじゃないとでも言いたい?」
「! …………」
相当失礼なこと言ってるぞ、と俺が不機嫌を声に乗せて詰めるとグレゴリーは目を瞠った後、すい……と目を逸らした。
……………言いたいんかい!!!!
ここは口だけでも「そんなつもりではありません」って言っとくところだろ!!
グレゴリーは数秒目を閉じて切り替えた様子で(おい、質問を聞かなかったことにするんじゃない)俺に笑みを向ける。
「貴方様があくまでプリムラ嬢と疚しい仲ではないと言うのなら、彼女が予定通りシレンツィオ公爵令嬢の側近になり、俺がシレンツィオ騎士団に入り貴方の護衛騎士に納まれば、不都合はなくなるね?」
「いや、あるよ……まず君はシレンツィオ騎士団に入れないと思うし……?」
基本的にどこの騎士団も入団試験を受けて受かれば入ることが出来るのだが、領主一族が「ちょっとな~~……」と思う材料があれば普通に弾かれる。明らかに敵派閥の間者だろって奴とか、評判が悪い奴とか、過去に問題行動があった奴とか(領主が面接して問題無いと判断したらOKなこともある)。
結婚後の俺の護衛騎士にリーベルトがいるのは決定事項だ。三角関係になりながら護衛されても困る。
実力があっても人間関係を乱す可能性がある人はちょっとな……。俺は勿論、こんなことがあったからにはジュリ様も入団をよしとはしないと思う。
出世が約束されている自領を出る覚悟はあるくらい、プリムラ様が好きだということはわかったが。
「おや、自分よりも女性にモテる男は傍に置きたくないということかな?」
「えっ? ふっ、あっははは」
素で笑ってしまった。なんでやねん二回目。そう取ると思ってなかったのでコントのボケかと思った。
すると野次馬からずいっと前に出てくる誰かが目の端に入る。
「あ~~ら、今のお聞きになって?」
「ええ、なんでもあの方、えーと名前は覚えていないけれど、アマデウス様のお傍でアマデウス様よりも女性に注目されるとお思いなんですって!」
「それはそれは……あっははははは!」
「うふふふっ、面白い冗談ですわね~!」
どっ ……と笑い声が広がった。一つ一つはほほほ、はははという上品な範囲のものだが集まると嘲笑だとはっきりわかる。
"信奉する会"トップ三人組アルピナ様、エーデル様、エンリークのアドリブ。示し合わせたように息が合っている。すごい。
凄いけど―――――――ちょ、ちょっと陰湿じゃない!?!?
いや援護射撃だというのはわかってるけれども……!! 俺はそんなつもりで笑ったわけでは……!!
グレゴリーはかぁっと顔を赤くした。
さっきの"お前よりモテる"発言は軽口で冗談の割合もあったのかもしれないが、おそらくこんな風に笑われる経験はなかったんじゃないか。モテそうだし。相手が金髪男子ならまだしも、ヴィジュアルが拮抗している相手と比べたら勝つ自信があったんだろうな。
いや、俺別に勝てると思わないけども。俺はジュリ様にだけモテてればいいし。
「ま、まあまあそんな笑うことはないですよ、自信があるのは良いことなので……」
そう宥めたら再びどっと笑いが起きた。なんでだ。
あ、おちょくってると思われたのか今の! グレゴリーも顔をもっと赤くしながらこっちをキッと睨んできた。ああああこれまた悪役っぽいな、せっかく良くなったイメージがまた悪くなってしまわないか……?!
「っ……アマデウス様がどういう立ち位置であれ、俺が勝ったらリーベルト殿にはプリムラ嬢との婚約を解消していただくということで、よろしいか?」
「……はい。それでお願いします」
「では、そちらのご両親の許可を得たら連絡を。失礼!」
リーベルトと簡単に擦り合わせて、グレゴリーは足早に去ってしまった。
ひとまずアルピナ様とエーデル様にお願いして、プリムラ様達に『婚約者の座ではなくリーベルトが婚約を解消するという条件になった』と伝えてもらう。
多分女性陣だけで不満をぶちまける会になってそうだから男が行くべきではないタイミングと思って。
※※※
そしてリーベルトとエンリーク、近くにいたアルフレド様、ペルーシュ様、ハイライン様と一緒に空き教室に移動した。
「……リーベルトを擁護するわけではないが、ああも言われて決闘を断る騎士はそういない。沽券に係わる」
ハイライン様がストレート擁護した。やさしい。
予想に違わず『貴殿はプリムラ嬢に相応しくない』『力も外見も血の尊さも自分の方が優れている』『自分の方が彼女を幸せに出来る』『決闘に負けたら彼女の婚約者の座を譲れ』……などと煽られた結果、『わかりました、全力で叩きのめします』となっちゃったそうだ。
「うーん……?」
「騎士はそういうものなんでしょうか……」
騎士ではないからか、俺とエンリークはピンと来ていなかった。
そんなふうに煽られたらそらショックだしムカつくだろうが、俺達は騎士ではないから代理人に戦いを託すことになるし、万が一にも負けて婚約を解消したくない、の気持ちの方が勝る。にっちもさっちもいかない状況(婚約者や親から受けるよう強いられるとか、受けないと何かヤバいことになるとか)でもなければ断ると思う。前も思ったことあるけど軽率に挑発に乗ってもろくなことにならないのは某過去から未来に戻る映画で学んだ。
「はあ? それでも男か貴様ら!」
「まあ、男の意地と言われたら何も言えないですけど……うーん、子供だなぁとは……」
「言っとるだろうが。子供だ? 勝負から逃げとるだけだ貴様らは!」
ぷんすかするハイライン様の隣で、目をずっとどこかに逸らしているペルーシュ様。あ、これ、ペルーシュ様は冷静に断るんだろうな……。
「……そうだな。騎士の意地というのもあるだろうが……私は自信の問題だと思った」
アルフレド様がぽつりと溢した。微かに憂いを帯びた声を全員が静聴する姿勢になる。
「おそらく、アマデウスとエンリークには、自信がある。このまま婚約者と結婚し幸せな生活を送ることを具体的に想像できている。婚約者が自分と結婚して後悔するという予想よりも、幸せにする、なれるという予想の方がずっと上回っているのだ。だから揺るがない。婚約者としっかり気持ちが通じ合っている証だ」
「わ、私も通じ合ってますが!?」
「ハイラインは、多分実際に自分が申し込まれたら断る」
ぐぬ、……とハイライン様が渋い顔で黙る。そうかもしれない。もう少し昔ならプライドが上回って受けちゃいそうだけど、今なら。
そもそもハイライン様は美形レベルが結構高いし家格も成績も良いので格上から吹っ掛けられる可能性はめっちゃ低いし。格下から申し込まれても鼻で笑って断りそうだ。
「私も、カリーナを幸せに出来るのだろうか、もっと彼女に相応しい相手がいるのではないかと悩んだことがある。だから……私も同じ状況なら決闘で神の意思を問おうと思ったかもしれない」
「アルフレド様……」
固い表情で黙っていたリーベルトが少し救われたように目を潤ませた。
そういえばアルフレド様も思いがけず自信が全然ナッシング男子だった。そうか、自信が、確証がほしいからこそ戦うという選択。ちょっと理解が進んだ。
「――――うん、まあ、決闘は勝てばいいんですからね! 受けちゃったからには応援するから! ……で、勝ったとしてもプリムラ様の怒りは氷解しないと思うけど、それは皆様どうすればいいとお考えで?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……デウス様、あまり騎士達をいじめたら可哀想ですよ……」
「いじめてないよ!! 当然の疑問しか呈してませんが!? どうするんですか?!」
気遣わしげなエンリーク以外の誰とも目が合わなかった。




