女の一分
コレリック家の下男下女達は、一度王都の教会に保護されたのち、新たに派遣される旧コレリック領(これからは王家直轄地)を治める代官の家の使用人として再雇用されたり、ルーヒル達新聞社有志が紹介した職場で再就職したりすることになった。印刷工房の下働き、見習いを希望した者もいたそうだ。
そこまで遠い地に移る者はいないので、生活が落ち着いた折には時々集まったりしたい、とノトスは話した。
二十代後半(歳を正確に数えられていないが多分二十七くらいだと思う、だそうだ)のノトスが最年長だったくらいだから、皆結構若い。トラウマになっていることが多かれ少なかれありそうだけど、再スタートして新しい生活を送ってくれたら良いが。
最年少の八歳だった下女は、ルシエルが養子として引き取ることにしたという。
「何度も治療したり世話したりしたから、ほっとけなかったみたいで……ココというんですが明るくて良い子です。ルシエルにもセシルにも懐いていたし……もし、シルシオン様のことがなかったらセシルが引き取っていたかもしれません。そうだ、ルシエルがこっそり持ってきたリュープを一番熱心に練習してたのもココなんですよ。俺と同じ……もしかしたら俺より上手いかも……?」
微笑みから真顔になったノトスに「だ、大丈夫だ、お前も上達してるし……」とロージーがフォローした。そのフォローの仕方は逆に『上手くない』ということを突き付けられているような気もするぞ。
まあ、まだ上手い……とまでは言えない。仕方ない、率直にまだまだ経験が少ない。でも簡単な旋律ならしっかり綺麗に弾けるようになったよ。
「そうだ、ノトス……背中の傷痕を消せるかもしれない、と言われたら、消す?」
"聖女用治癒魔法"なら、傷痕を消せるかもしれない。
やってみないとわからないので落ち着いたら、そしてもうちょっと万能魔力薬が改良されたら試せないかな、と思っていたやつ。
何度も治療されていたということはその八歳の少女も折檻を受けていたということだ。女の子や女性なら特に、消せるなら消したいと思うんじゃないだろうか。
「……いえ、いいです。消さないでも」
ノトスはきょとんとしながら答えた。
「え、あ、そう?」
「服で隠れる傷は大して気になりません。それに……行進の先頭に立った時、こんなものでもお役に立ったり、人を動かすことがあるのだなと思ったりもして……これも含めて私だ、私の一部だと思えるようになりました」
ノトスは男だからかそこまで気にしてなかった(背中は自分だとほぼ見ることがないというのもあるか)。そして傷痕も自分の人生の一部として受け入れることが出来たらしい。
傷を見て辛い出来事がフラッシュバックしたりとかの可能性も考えたけど、ノトスに関しては心配なさそうである。
しかしそうなると、うーん、どうしようかな……。
「そっか……」
「ああ、でも、そうですね、セシルは……他の女達は、消したいと思っているかも……」
「うん……でも可能性があるってだけで……やってみないとわからないんだよね、そして気軽に試せる方法でもないっていうか……」
ノトスだったら俺がやってみるが、若い女性だったら脱いで体を晒さなきゃいけないわけで。外聞的にも気分的にも若い男(俺)がするのは避けた方がいいだろう。疚しいことのない治療目的で立会人がいたりしたとしても、俺は正式な治癒師ではないし将来の縁談に何かしら支障が出ないとは言い切れないし……。
そうなると……魔力の心配なく処置できるのは、コンスタンツェ嬢だけになる。
妃教育で忙しいコンスタンツェ嬢を呼び出すのも申し訳ないし、わざわざ聖女を呼び出して実際やってみて駄目だったら期待した分がっかりさせてしまいそうだし……消せなかったらコンスタンツェ嬢も申し訳なさで落ち込んじゃいそうだしな……。
ちゃんと"聖女用治癒魔法で傷痕は消せる"とはっきりしたなら段取りも組みやすいんだが。
……あ、いっそ『治験』にしてもらうか?
聖女用治癒魔法呪文の活用の仕方の一つに『傷痕を消せる』が加わることになれば、教会の認めた修道治癒師なら処置できる。
一定以上の金銭をお布施として受け取ることは決めておけば、人が殺到してキャパオーバーするということも無いはず……治癒師に魔力の大部分を消費させることになるのでどっちみちタダとはいかない。
でも現状でもコネ使って一流の治癒師を探して大金払って傷の上に同じ傷を作って痛い思いする(もしくは更に課金して痺れ薬を使う)しか方法がないのだから、責任をもって教会がやるのならまだいいのでは……?
実験……治験としてなら、協力してくれた人に礼金を出せる。
傷痕が消せずがっかりしたとしてもお金は得られる。
教会と王立薬学研究室の協力が要るので、ひとまずネレウス様に手紙を書いて相談することにした。
ペティロ卿の後に大司祭になった人がどんな人か全く知らないので協力が得られるかわからないが、ペティロ卿の減刑を願った(ことになっている)件で俺かなり教会の好感度は稼いでいるはずだから、何とかなるといいな。
『長い目で見れば教会の利益になるだろうから良いと思う。教会には僕から話を通しておく』と割とすぐに返事が来た。
そして手紙の最後に『次に来る時、カリーパンとアンパンとやらを持ってくるように』と書いてあった。
多分ジークが話したんだろう。そうか、カリーを持ってくのはちょっと難しいがカリーパンなら持っていけるな。ネレウス様、蒸し栗羊羹を気に入ってたからあんパン好きかもしれん。パンが食べたくて返事が早かった可能性ある。
まだカリーをスカルラットの外に持ち出すのは控えているのだが、お世話になってるからな。試作の何種類か持っていこう。食レポしてもらおう。
第二王子殿下の口に入ると話すと料理人達が俄かに色めき立ち、どの形が良いかの議論が活発になっていた。
※※※
旧パシエンテ派のアプローチも少し落ち着いてきたと感じた、学院再開から二週間ほど経った日。
「た、たた大変ですわ……! リーベルト様が決闘を受けてしまわれました! プリムラの婚約者の座を賭けた決闘を……!」
カリーナ様とクラスの女子達が図書館に駆け込んできてそう言った。
本を読んでいた俺とエンリークはぽかんとしてしまう。
「はい……? け、決闘?」
「訓練場で、一つ下の男子から申し込まれたのですって! 昔、プリムラに言い寄っていた伯爵家の四子らしいんですが……アマデウス様、リーベルト様を説得できませんか? プリムラがもう、大層怒ってて……」
図書館だと声が響くので一旦表に出て詳しいことを聞く。
グレゴリー・ムルシエ伯爵令息、五年生。
カリーナ様のお友達情報によると、見た目は"まあまあ男前"。俺と同じくらいの評価か。
曰く、プリムラ様が入学前から入学直後辺りにちらっと縁談を仄めかされたことがある相手らしい。プリムラ様にその気がなかったので流れたが。
お茶会などで時々顔を合わせた時には毎度近寄って来てプリムラ様に軽くあしらわれていたが、三年生の時に彼は婚約したそうでそれからはしつこく言い寄ってくることはなかった。
しかし、彼の婚約相手というのがパシエンテ派の子爵家の娘だったため、つい先日婚約は破棄されたという。解消ではなく、破棄。
「確か、前パシエンテ公に気に入られていたロントラ子爵の娘ですわ」
「あぁー……」
前パシエンテ公爵(故人)に近しい者は悪事に協力していた者が多く重くて修道院送り、軽くて貴族籍から除籍、財産没収などの罰を受けている。
ロントラ子爵は確か貴族籍除籍からの平民落ちになったはずだ。政敵の暗殺をコレリック家に依頼したことがあったんだったはず。
そうなるともう娘は自主退学とかになってるかな……。家門自体は存続するし罪人当事者ではないので貴族籍のままではあるはずだが、貴族学院は爵位持ちの子であることが入学条件だ。
おそらく、もう分家が乗っ取ってるだろう。親切な叔父叔母がいれば養子にしてくれるかもしれないが、その辺結構シビアだからなぁ……。
立場が変われば縁談も変わる。子爵令嬢でなくなればより良い条件の縁談は望めないと考えていい。ロントラ子爵令嬢が婚約解消に同意したくないのも、持参金も満足に用意できないかもしれないとなるとムルシエ伯爵家が婚約をなかったことにしたがるのも、まあ理解はできる。
俺達はとりあえず小走りで訓練場に向かった。訓練場の隅っこに人だかりが出来ている。
「―――――――――どうせ、貴方は美人なら誰でもいいんでしょう」
「、………!」
リーベルトを睨みつけるプリムラ様と、絶句したリーベルト。
顔が見えるほど近付いて声をかける前に、プリムラ様は踵を返して早足で校門の方へ向かった。追いかけようとしたリーベルトに「来ないでください」と尖った声がかかる。カリーナ様と野次馬の中にいたリリーナ、騎士服のジュリ様が慌ててプリムラ様を追いかけた。
感想返信したりしなかったりしますが全部嬉しく読んでいます、ありがとうございます。
更新できそうな時はなるべくしたいと思いますが、前話の後書きで書いた通り二月の前半くらいまで更新少なくなります m(__)m




