進路
夫人が長年奴隷貿易に手を貸していたことが判明した結果ひどく気落ちしてしまったとのことでニェドラー様は引退、ジャルージ辺境伯は長男が引き継ぐことになった。
長男のイグニート様はニネミア嬢が王子妃になればより良い縁が望めるだろうという目論見(家の方針)で結婚を先延ばしにしていたらしく、独身。まだ二十五なので堅実に領地経営すれば間もなく縁談は舞い込むだろうと噂されている。
罪人が出たのだから忌避されてもおかしくないのだが、国中の至るところで逮捕者が出たばかりのため高望みしなければ相手には困らなそうな情勢だった。
ニネミア嬢に関しては「暫くは長兄の補佐を行う」と、ニフリート先生が語ったそうだ。
当のニフリート先生は今年いっぱいで貴族院を辞し、近衛騎士団に入る予定だという。
――――貴族学院が再開した日はなかなか騒がしい一日だった。
「ありがとうございます、助かりましたわ。よろしかったら、御礼に今度お食事でも……」
「えっ!? ええと……」
女子がハンカチや文房具を廊下で落とし、それを拾った男子に熱っぽい視線を送る。
この光景を見かけるの、三度目だった。男女逆のやつも見た。
「必死だな、旧パシエンテ派も……境遇には同情するが見てて恥ずかしくなってくる」
「独り身の男子は割と皆喜んでるけどね、口では『参ったなぁ』とか言いつつ」
ハイライン様は眉を寄せ、リーベルトは苦笑した。
パシエンテ派だった生徒、もしくはパシエンテ派と破談になった生徒が怒涛の勢いでシレンツィオ派や中立の家の生徒にアプローチしてきているのだ。
そういう動きがあることは予想していたのだが、思ったよりも露骨で驚いている。
婚約者がいるとわかりきってる俺にすら二回ほど年下の女生徒が近付いてきたくらいだから……。
男子だけで教室移動している時、目の前で曲がった女子が何かの紙を落としたので拾って呼び止めると
「まあっ、アマデウス様……! あの、わたくしお話させていただきたいことが沢山ありますの……御礼に我が家の行きつけの茶屋にご招待を致しますので……」
と上目遣いでぐいぐい来てぽかんとしてしまった。よく見ると落とした紙は俺の演奏した円盤の解説書だった。
しかしいつの間にか近くにいたアルピナ様と"信奉する会"の女子数人がすかさずその女子の肩を掴み「アマデウス様はお忙しいのでそのお話はわたくし達がお伺いしてよ」と引きずって行った。二回ともほぼ同じ流れだった。
去り際に「命知らずですわね」とか「ジュリエッタ様に亡き者にされますわよ」「そうよ、助けて差し上げているのよ」とかぼそぼそ言っているのが聞こえた。
亡き者にまでは……しないだろ、多分。今は。
因みに一人はこっち基準でも美人、一人はこっち基準だとまあまあの不細工扱いの見た目だった。
おそらく、俺を『本当は美人が好き』だと思っている人、『無類の女好き』だと思っている人、『ブス専』だと思っている人が、世の中に入り乱れているんだと思う。
第二夫人志望としてアルフレド様に近付いてくる旧パシエンテ派の女子も増えたらしく、どの派閥の生徒もあまり油断が出来ない雰囲気である。
…………疲れる! 授業中が一番気が楽!
休院期間の内容は全員家庭教師と家で進めた前提で先に進んだので、授業は授業でいつもと勝手が違って集中しなくてはいけなかったのだが、それでも授業中の方が楽だった。
少々強引に迫られて怖い思いをした生徒もいたらしく、明日からはなるべく数人で固まって行動するように全学年のシレンツィオ派に伝えてもらったり。
「一番人気はやはりフォルトナ様でしょうか……。おうちの方に釣書も沢山届いているそうで、今日も何人も知らない男子が会いたいと言伝をしてきてはお断りしていて……『わたくしやはり出家した方が良い気がしてきました』なんて真顔で言っていたので皆で思い留まるように説得したのです。もしかしたら明日から暫く登院なさらないかも……」
と馬車でジュリ様に聞いた。
シレンツィオ派寄りだけど一応中立で他の派閥も近寄りやすいし、美人で才女の独り身、そりゃ狙われる。せっかくスチュアート殿とのことは片付いたというのにまた大変そう。
信頼関係をしっかり築いている婚約者同士ばかりではないから、揺らぐ若者も出そうだ。揉め事が増えるかもしれない。
「……ジュリ様には来ませんでした?」
「護衛騎士になりたいという申し出はいくつか。ただし女子ばかりでしたわ」
「ならよかった。……男だとしても護衛志望なら、まあ……」
ジュリ様は暫し無言でじっと俺を見つめた。俺にチャレンジしてきた女子もいたことはアルピナ様から聞いているんだろう。
「ねえ、デウス……珍しい楽譜や楽器が手に入った、だとかのお誘いにも乗っては駄目ですよ?」
つん、つつー……、と俺の腕に指を這わせながらそう言った。
何かその仕草普通に触られるよりドキドキする。おそらく天然でこれやってるのすごい。計算でもまんまとドキドキするだろうけど。
正直未知の楽譜楽器を餌にされたら釣られかける自信しかない。そういうアプローチをしてくる人がいたら、昔のシルシオン嬢よりは俺の理解度が高いな。
「大丈夫、我慢しますとも……あ、そうだ。その時は黙ってジュリも一緒に行くのはいかがです?」
「え? ……ふっ、うふふ、ふふっ……そ、それは相手方もびっくりなさるでしょうね、いいお考えかも……ふふふ」
ウケたようでよかった。
『青髭』の舞台を見に行った時と同じような感じになるかな。純粋に俺と交流したいんだったらジュリ様のことも歓迎するだろうし、そうでなく俺への色仕掛けだったとしたらマジでびっくりすることだろう。
可愛い待ち顔に軽くキスして、右手の指で肩から手の甲までをゆっくり軽く撫でたら「ぇっ……」と小さく驚いていた。
「……さっきジュリも同じことしたじゃないですか」
「えっ……あっ、したかも……」
天然無意識だったか。そしてこれはギリセクハラだったかもしれん。
「すみません、つい……」
「いえ! 私は、う……ぅうれしいので、いつでも……ご遠慮なく…………」
慌てた様子で手を掴まれる。
最近はキスしてもそこまで照れなくなったので、真っ赤に染まった顔を見たのは久々だ。指先もほんのりと赤くなっている。
なんとなく――――互いに、非常に色っぽいことを想像したのがわかってしまう。
「それは……あと半年、我慢します」
「ぁ、はっ、はい。ぁ、あと、半年……!」
ぐっと堪えて手の甲にさっとキスして馬車を出たけど、顔がかなり赤かっただろうからあんまりスマートとは言えなかったな……と自分の馬車の中で座席に突っ伏した。
※※※
初夏には挙げるはずだった姉上とファウント様の結婚式は、国中が政治的なゴタゴタの真っ最中だったため秋に延期になってしまった。
「まったく、お前が誘拐などされるせいよ」と時々軽口で八つ当たりされた。ちょっと拗ねてるだけで本気で俺を責めてはいないので「すみませんねぇ~」と軽く返した。
それくらいの不機嫌で済ませててえらいと思う。俺がもし結婚を伸ばされたらもうちょいキレる。
しかし式以外は伸ばさなくてもいいだろうと籍を入れるのと移住は済ますことに決まり、ファウント様がスカルラット邸にやってくることになったので、姉上の機嫌も良くなった。
当初の予定通り引っ越しを済ませたところ、学院再開後の三日目にファウント様は我が家に入った。
「本日よりなるべく夕食はご一緒させていただきますので、よろしくお願い致します、皆様!」
溌溂と挨拶してくれるので雰囲気が明るくなる。いつもは澄まし顔の姉上もにこにこしている。
「ようこそいらっしゃいました、ファウント様。私が家を出るまでの短い間ですがよろしくお願いします」
「お久しぶりです、アマデウス殿。そうですねえ、半年しかご一緒できないとは少々惜しいです」
「よろしくお願いします、ファウント様……あ、今後はファウント兄上とお呼びしますね」
「是非! ジークリート殿は第二王子殿下の側近になるご予定とのことでしたが、卒業後は王都に移られるので?」
「ええ……なのでいくつか私がここでしていた仕事は後々ファウント兄上にお任せするかもと思うのですが……特にあまり姉上の気が乗らないのど自慢大会の運営などは……」
「気が乗らないなどと言っていないでしょ」
言ってはないけど乗り気ではなかったな。嫌というほどではないが興味は薄いんだろう。
ジークの進路が領地の外に決まったので卒業後は姉上に任せる予定だったのだ。
「ああ、のど自慢大会! 喜んでやりますとも、楽しそうだと思っていたんですよ」
おお、助かる。
姉上も運営するだけなら問題ないだろうけど、どうせなら楽しんでやってくれる方が嬉しい。
「そうだ、少し仕事の話とも絡むんですけど、今日の夕食についてファウント様にご意見いただきたくて」
「夕食について、ですか?」
本日の夕食は"カリー"こと、カレーだ。
今のところこの国ではスカルラット家だけで食べられているはずの新メニュー。
舞台青髭の音楽家マーデン・ディンから買ったサーグリーという煮込み料理のレシピを、俺と料理長カルドで頑張ってアレンジして、日本で食べられていたおうちカレーに近付けたものである。
サーグリー→カレーに改名だと「何で?」と思われそうなのでリーの部分を貰ってカリーにした。カはどっから来たんだと言われたらカルドのカですと言うことにしている。カルド風サーグリー、略してカリー。
ナンっぽいパンも出来たらよかったのだが俺はナンの作り方を知らないのでパンは通常のパン。焼きたてバゲットを切ったものが並んでいる。
父上とジークはかなり気に入ってくれた。
姉上は最初「悪くないけど、香辛料がきついわね」と少し苦手そうにしていた(そうは言いつつ完食はした)ので、次に出す時は辛味を抑えて甘口寄りにしてみた。すると気に入ってくれたようだったので、姉上には甘口を用意してもらっている。
せっかくなので甘口と中辛くらいの皿どちらも用意して感想を聞く。
食べた料理人達でも「不味い」と言う者はいなかったので大丈夫だと思うが、緊張しながら感想を待った。
「………………………」
「……どうですか? 外国の香辛料を多く使うので、広めたら香辛料が手に入り辛くなってしまうかもと思ってまだレシピは売ってないんです。そんな訳でこのカリーと言う料理は薬局併設店舗専売にするのはどうかと思ってるんです。血行促進とか胃腸を整える効果がある香辛料も使っているし、薬膳というか……食べ物で体の調子を整える、って考え方を広める一助になるんじゃないかな~~~と……」
香辛料全部にそういう効能があるかどうかは定かではないのだが、いくつかは薬の材料に分類されてたりもするし、薬膳料理と言い張ってもギリギリ嘘ではないんじゃないだろうか……と。
学院休止中にはカリーパンとあんパン作りにも挑戦(※実際作るのは料理人達)した。
薬局のヨウカンの売れ行きは、最初はそこそこだったが少しずつ買う人が増え、固定客もついてきて好調。カリー専門店は無理でも薬局でカリーパンやあんパンを売り出すことは難しくないと思えた。
試作のパンを食べた料理人達は「これは良い」「売れそう」「むしろ私が買います」と乗り気で取り組んでくれた。
俺が提案したのは日本でお馴染みの生地で包んで揚げるやり方だったが、いずれ平民にも売ることを考えると油を多く使うと高くついてしまうと思われたため(揚げ物に使える質の良い油は高級品だ)揚げるのは一旦諦めた。
生地を丸くするか四角くするか、そもそも大きさはどうするか……包むのもいいが上に乗せて焼くのはどうだ、などなど、カルドと数人のパン職人が試行錯誤してくれている最中。
まだカリー自体をどう売り出すのかも決まっていないので、カリーを夕食で出す日にその都度試作してのんびり話し合っている。色んな形態のカリーパンが食べられて楽しい。
「………――――――――――――素晴らしい!!!」
真顔無言で数口味わった後、ファウント様はがたんと立ち上がりながらそう言った。
「あ、お気に召……」
「こんなに色んな味がする料理は初めて食べたかもしれない……!」
「おお、気に入っていただけま……」
「これいくつ香辛料を使ってます!? アレと、アレと……アレも入ってるはず、こんなに色々入れて調和するものなのか……!!」
「あー、詳しいレシピはお見せできますがまだ外部には……」
「いやぁレシピを売らないのは正解です香辛料を買い占めるところが出ますよこれは!!」
全然喋らせてくれねえじゃん。
でもめっちゃ気に入ってくれたのはわかった。
現代日本でもカレーに沼る人は多かったからなぁ。スパイスから拘って作る人も割といたみたいだし。俺もよく不意に食べたくなるし、中毒性がある料理なのかも……。
「教えてください、店舗の計画! カリーは名物料理になれる可能性を秘めてます地域活性化に間違いなく貢献しますよ税収も増えます!! 無論研究費も!!」
「ええ勿論、お教えするのはいいんですが長くなるのでそれはまた後日……」
「大丈夫です明日は予定を入れてませんし一晩かかっても構いません!!」
「構わなくないわ!!」
思わずタメ口で返してしまった。
だってアンタ今日、姉上と籍入れて同居スタート初日だよ、つまり…………初夜だよ!!!
エロい意味だけではなく夫婦のスタートとして大事な日だよ真面目な話!!
妻を放って仕事してた(緊急ならまだしもそうではない)なんて、結構その……取り戻すのが難しいんじゃないか?!
あーもう身内のそういうの気まずいから考えないようにしてたのに!!
結局俺と父上は押しきられてカリーと店舗計画について詳しい書類を見せ、興奮したファウント様は書類を読み込んで自分の考えを書き出したり厨房に突撃したりとアクティブに行ったり来たりしていた。
俺は姉上から『お前のせいで……』と言いたげな視線に晒された。
「いや俺のせいですかこれ?!」
「何も言っていないでしょうが…………」
言ってはない。言ってはないが目と声色が雄弁。
まぁ一昔前の姉上なら罵倒を口に出してただろうから大人になったとも言える。
……そんな感じで地味に心配したが、翌朝の姉上の機嫌は悪くなかったのでホッとした。
マッド気味の研究者だが流石にそこまで無粋ではなかったようだ。
★1/21追記:1月後半から2月前半、多忙のため更新難しそうです……m(_ _)m




