別れの挨拶
「言わないでおこうかと迷ったのだが……お前ももう十八だ、伝えておく。アマリリス夫人がお前との面会を強く希望しているそうだ」
謁見から数日後、父上から部屋に呼ばれそう告げられた。
つい正直に(こっちは会いたくないが……)という顔をしてしまった。
「断るか」
「……いや、行くことにします」
「会いたくなさそうな顔だったが」
バレてた。
「会いたいわけではないですが……会わずに済ます方が後で色々言われそうじゃないですか? スカルラット伯爵が会わせなかったんだー酷いーとか」
「そんなことは気にせんでいい」
「死を前にした母親と面会もしないなんて人の心がない……だとか、私の人格批判にも使われるかもしれないし……一応行っときますよ」
「……私も行くからな」
「……ありがとうございます」
一人で行くつもりだったが、少しホッとした。
その後すぐにティーグ様に付き添われて面会に行った。
彼女は王都の貴族用の牢に入れられている。壁などは普通の邸宅のような作りだったが、そこに中が丸見えの鉄格子の部屋が並んでいて変な感じだ。部屋の中にはベッドと衣装箪笥と机と椅子、向こう側にトイレがあると思われる衝立。シンプルだが家具の質は悪くなさそうだ。ミニマリストなら余裕で暮らせそう。
綺麗に掃き清められているが空気はひんやりとしてどこか湿っぽい。灯りはまだついておらず窓が少ないので昼間でも暗い。
案内人に従ってゆっくりと奥へ奥へと進む。
遠いな、もしかして最奥か……?
「―――――嗚呼、やっと来てくれたのねアマデウス!!」
アマリリスは顔をぱっと明るくして寄って来て鉄格子を掴んだ。割と元気そう。
最後に会ったのが七歳だからもう十年以上会っていないのか。記憶と比べると目元に皺が増えたなと思うが、充分若々しい。髪は少々ぼさっとしていて服は支給品の地味な物だけどなんか顔が派手だから印象はあまり変わらない。
「酷い所でしょう? 暗くてじめじめしていて……貴方のお母様はこんな所に入れられる筋合いはないのよ。理不尽だわ……商売で平民を売っただけでわたくしをこんな所に入れるなんて、全く不当よ……この国はどんどんおかしくなっていっている……嘆かわしいこと」
暗殺に関わったことは口に出さない、世を憂う心を演出するなどをしているようだが被害者面するならもう少しうまくやってほしい。真っ当な被害者に擬態するには性根が傲慢過ぎて無理なんだろうな……。
ノトスには絶対会わせられない人間だ。
因みにもう自白薬を使われたから無罪という主張は通らない。
「でも賢い息子が公爵家に縁付いていてよかったわ。実家の者もてんで頼りにならなくて困っていたの。さあ、お母様を早くここから出して頂戴、アマデウス。伯爵に阻まれてなかなか会えなかったけれど、お前ももう大人になったのだからこれからはいつでも会えるわ。そうだ、今度一緒にジャルージ領にある別荘に行きましょう。綺麗な湖が見えるのよ」
あの辺に別荘あるんだ。その湖で先日死にかけたんだよ息子は。
愛おしそうに息子を見る顔は上手い。演技力は結構あるのかも。一片の罪悪感が首をもたげてしまう。
……この顔に、"本来のアマデウス"は抗えなかったんだろうなぁ。
頭の中では色々考えたけど、口に出すべきことが見つからない。
罪を自覚しろとか母親とはもう思ってないとか罵ることはいくらでも出来そうだが、それも立つ鳥が後を濁してった感があり後悔してしまう気がした。
――――『ははうえにごあいさつもうしあげます』
かつて幼い息子に投げられた温度のない一瞥を、憶えている。
興味なさげに逸らされた顔。アンヘンに促され、お決まりの台詞を口に出す。
『ごぜんを、しつれいいたします』――――――
「……ご挨拶申し上げます。そして……御前を失礼致します」
きっと俺が彼女に言えることはこれだけだ。今も昔も。
「…………は? ア……アマデウス、待ちなさいッ!! 貴方、何を勝手にお母様を無視して……」
踵を返した俺の背中に一変ヒステリックな声が投げつけられる。
するとティーグ様がサッとその間に入った。
「ロッソ男爵夫人。アマデウスはもう貴方の息子ではない。―――私の息子です」
牢の中全体に通る声でそう言って、俺と同じ方向を向き、俺の背中を押した。
出口から外に足を踏み出すと急に明るくて少し目が眩む。
「……何処かで何か食べて帰るか?」
「……いいですね」
父上と一緒に近くのレストランに入り、果実酒をグラスに半分だけ飲んでみるかと提案され挑戦してみる。
濃厚な甘味と苦味が同居していてジュースの方が美味しいとも思ったけど、また飲んでみたいなと素直に思った。
ビーフシチュー的な肉料理と焼きたてのパンをがっつり食べて帰った。
夕食が入らなくなって「そういう時はもっと早く教えてください」と料理長に軽い小言を貰った。
※※※
見送りに行ったルシエルから聞いた風景。
修道院送りも監獄送りも基本的に囚人の見送りなどは出来ないが、賄賂……多少の心付けを役人に渡せば、たまたまその場に居合わせることは出来る、とのこと。そんなたまたまがあるかよ。
とはいえ直接話せたりするほど近寄るのは許されず、何とか顔が見える距離から見送ることが出来るくらいだそうだ。……通常なら。
取り調べが終わり、シルシオン嬢が監獄へ入る日。
セシルとノトス、ルシエルは王都の北門から出る護送の馬車にシルシオン嬢が乗せられる時をじっと待った。
そして彼女が見えた時大きく名前を呼び、手を振った。彼女は手錠をされていたので手を振り返すことは出来ないが、笑ったように見えた。
そこに一人、シルシオン嬢の目の前に飛び出して来た――――桜色の髪の令嬢が。
ロールベル・ストレピオ伯爵令嬢である。
『シレンツィオ派から距離を取るためにロールベル嬢と泣く泣く縁を切った』とシルシオン嬢が言っていたことはルシエルから聞いた。
今の世界線では派閥の違いで袂を分かった二人。予言で分岐したもしもの未来では、ロールベル様はシルシオン嬢と一緒にカリーナ様を修道院送りにする企みに加担していた。
シルシオン嬢の話を尋ねたこともあったし、俺はロールベル様にこの日のことを連絡した。詳しいことは伝えられないので『悪事を犯したことには間違いないが、脅迫されてしたことだったらしい』とだけ書いた。
すると『見送りに行きたいがダフネー伯母様(法務大臣)になかなか了承してもらえない、力を貸してほしい』と返信が来た。
なるほど、一般人ならたまたま近くを通りがかるくらいが限度だが法務大臣縁者なら……罪人のめっちゃ近くを通りがかることも有り得なくは……ない! という理屈。ゲームのバグ技みがある。
再び法務大臣宅にてプライベートライブを行う(ギャラとか費用はロールベル様負担)提案をした結果、無事対面の見送りが許された。そこで俺はロールベル様にセシルの書いた手紙をシルシオン嬢に渡してくれるよう頼んだのだった。
監獄の囚人に手紙を出すことは出来るが届くまで結構時間がかかるので、手渡し出来たらいいのにと思っていたのだ。
ロールベル様は驚いているシルシオン嬢を抱き締め、暫しじっとしていた。そっと離れ、手紙を渡し、二人は泣きながら僅かに会話をし、別れた。
その時話した内容はロールベル様から後日教えてもらった。
『シオンちゃんが大変な時に一緒にいてあげられなくてごめんね』と伝えた、と。
『もう二度と会えないと思っていた、来てくれて嬉しいです』と言っていた、と。
……どこかの世界線でロールベル様がカリーナ様を陥れるのに協力したのは、純粋に友情故だったのかな、と俺は思った。
派閥や性格が変わったからとかそういうことじゃなく、ただただシルシオン嬢を一人で茨の道に行かせまいとした結果だったのかもしれない。一度入れ込んだら情の深い人だから。
本当のところがわかることはもうないが、そう予想した。
セシルとノトスが保釈金を貯めるつもりであることは監獄に着いて手紙を読んでから知るだろう。
いつか解放されるかもしれないが、いつになるかわからないし本当に可能かもわからない毎日……というのは、普通の囚人よりも良いのか悪いのか。出られないと諦めてしまえた方が楽かもしれない。申し訳なさの方が勝るかもしれない。
……どんなふうに感じていたか、いつか彼女の口から直接聞けたらいい。
――――長いお務めになると思われた監獄生活は、意外な人物の助力によって思いの外早く終わりを告げる。
保釈が叶うのは七年後、シルシオン二十三歳の時分。




