交換条件
王族三人は少しだけ目を瞠って、すぐに怪訝な顔になる。
「…………何故、其方がシルシオン・カーセルの助命を願う?」
「それを申し上げる前に、ご報告しておきたいことが。……コレリック家お抱えの治癒師ルシエルの口から、よろしいでしょうか」
「うむ。治癒師ルシエル……確か其方が"二つ黒子のヴィペール"の魔術を外部へ伝えた者であるな。大儀であった、後にしかと褒章を取らす」
「みっ、身に余る光栄でございます。……申し上げます。シルシオン嬢は、第二夫人の娘として育ちましたが、実はカーセル伯爵とメイドのセシルの間に出来た娘であることを本人から聞き及んでおります。セシルはカーセル家を辞した後、コレリック家に勤めておりました。シルシオン嬢がセシルに連絡を取ったところメオリーネ様に関係を知られ、言うことを聞かねば出自を洩らすと、母を鞭打つと、ずっと脅されていたのです」
「……ほう」
「わたくしがヴィペールの魔術の正体を知ることが出来たのは、説得に応じたシルシオン嬢が密かに教えてくれたからです。わたくしに与えられる誉れの一部は彼女のものです。わたくしからもどうか、減刑をお願いしたく存じます」
今話された事実は俺もさっきまで知らなかった。
ルシエルにこれを証言してもらえばシルシオン嬢が積極的に悪事に加担していたのではないという訴えに説得力が出る。
二人の親子関係を知る人物としてセシルから聞いて、コレリック家内部にいた者から言えば信用してもらえるだろうし多少同情を引くことも言ってもらおう……と思ったから呼んだのだが、思わぬ収穫だった。
彼女が深く下げた頭がまた戻るのを確認してから、俺が引き継ぐ。
「そして、メイドのセシルは、私がコレリック家から連れ出した下男ノトスの恋人でもあります。私がシルシオン嬢の助命をお願いするのはノトスとセシルのためです」
「……なるほど」
「ただ……彼女が同情に値する人間であったとしても、王族の暗殺に関与した大罪人であることは勿論承知しております。そのため、私から交換条件をご提案させていただきたいのですが…………『私がペティロ卿の減刑を嘆願した』ことにするのはいかがでしょう」
「……はっ?」
わかりやすく驚いて声を出したのはユリウス様と背後の側近の数人。陛下と王妃殿下は眉をぴくっとさせたくらいだった。ポーカーフェイスの年季が違うのだろうな。
叛逆人ヴィペールの刺繍魔法を突き止めて王都の殺傷被害を大幅に減らした功績を持ち、コレリック家の誘拐被害者である他でもない俺が減刑を願ったため、大司祭ペティロを軽科で済ます―――――――流れとして無理はないし、民&教会と貴族との板挟みになっている王家にとっては地味に助かる申し出のはずである。
民&教会からの俺に対する好感度はさらに上がるだろうし(正直これ以上上げなくてもいいけど俺の評判は聖女の評判と直結するからまあ上げといて損はない)、大体の貴族は(今回はコレリック家が極悪だったし、アマデウスが褒美と引き換えに口添えまでしたんなら再発はなさそう)と納得できるラインだろう。丸く収まる。
これから落ち目になるパシエンテ派のヘイトが多分俺に向く、というデメリットに目を瞑れば……。
想像が付く。『誘拐は狂言でアマデウスがコレリック家とパシエンテ派を陥れるために教会を抱き込んで全て仕組んでいたのだ!』みたいなことを言う輩が出てくるのは。
大司祭様が予言者ネレウス様にクソデカ尊敬感情持ってることなんてほとんどの人は知らないからな、あの独断公開処刑は意味のわからん突然の凶行に見えている。そこに俺のフォローが入るとそりゃ怪しい。鬱憤を込めてストーリーを作っちゃうのも無理はない。悪いことを特にしてなかったパシエンテ派にとっては落ち目になった恨みの矛先が欲しくなることだろう。
つまり、大枠で見ると俺が無駄にちょっと敵を作る形に落ち着くのだ。
「……落ち着いておるところを見るにジュリエッタは承知しておるのだな」
「はい。父も承知しております」
シレンツィオ派も勿論影響を受ける。でもジュリ様は「敵派閥ですから、どっちみち常にこちらの粗探しはしてきます。大して変わりませんわ」と笑ってくれた。
大雑把に言えばそうなのだが、敵につけ込まれる隙は無い方がいいに決まってるのに、理解を示してくれた。ジュリ様自身もシルシオン嬢を惜しいとは思ったのだろうが、俺の希望を優先してくれた。
うん、シレンツィオ家に頭が上がらない……。
「ああ、ネレウス様……ネレウス殿下からも、直接お許しをいただきました」
ここで王族全員の驚き顔が解禁された。
まあ、暗殺されかけた本人に犯人一味の一人の減刑願いを相談しに行くのって、なんつーか……デリカシーがないよな……。
でもネレウス様は相談されて嫌だったら嫌ってはっきり言うと思うし、黒幕にはともかくその手足にされた人間に対する恨みとかは特にないと思う。むしろそこはどうでもいいから大司祭様が厳罰を受けずに済みそうなことにホッとしてたように見えた。
「まあ、確かにあやつが気にするのはペティロの方か……」
ユリウス様は驚いた後困ったような顔で納得していた。
「……何故其方がそこまでする?」
陛下は真顔で端的に問いかけた。ルシエルも不思議に思っていたところだ、やはりそこは引っかかるらしい。
俺も声に気合を入れつつ端的に答える。
「ノトスの、今後の人生のためです。…………この通り、お願い申し上げます」
俺はゆっくりと腰を下ろし、丁寧な土下座をした。
「っ!」
「……!?」
小さく息を吞んだのは多分王妃殿下、大きめなのは後ろだったからルシエルだろう。
「これは、ノトスが我が家に来てすぐに取った姿勢です。彼は今まで数えきれないくらいこの姿勢を取ったと思います。すっかり慣れてましたから。……セシルにとってシルシオン嬢はこの世で唯一人の大切な家族です。シルシオン嬢にとってもおそらく、そうだったんでしょう。命の危険に晒されてきた母親がやっと手にした自由の中で、悪事に手を染めても自分を守ろうと奮闘してきた娘が裁かれて国に殺される、そんなことになったとして。……次に母親が心から幸せを感じることが出来る日が来るまで何年かかるでしょう。……いえ、もしかしたらそんな日はついぞ来ないかもしれません……」
平伏、日本風に言えば土下座。
この国だとなかなか重い意味を持つ動作だが、俺は元日本人なので無理を懇願する時この姿勢をすることにぶっちゃけそこまで抵抗はない。だがされた方は勝手に重く受け止めてくれるので助かる。ここまですれば多分折れてくれるだろという打算も普通にある。
「……そんな絶望を抱えた恋人と共に生きるノトスが、心からの安寧を、幸福を享受する日は果たしていつ来るでしょう。子供の頃にコレリック家に捕らわれた彼は、今も奴隷として売られた友人を覚えています。鞭打たれ弱って死んでいった仲間をその手で壁に塗り込めたことを覚えています。彼にこれだけの不幸を与えたのが、本当なら民を守るべき貴族だということが、私は……心苦しいです。だから、今出来るだけのことを、彼にしたいと思っています」
貴族と王族に若干の罪悪感が生まれそうな言い回しを混ぜ込む。俺個人としてはノトスにこれ以上嫌な思いをしてほしくないだけだが……こういう言い方のほうが共感されそうなので。
手と頭を冷たい床に押し付けたまま大きく息を吸う。
「成り行きとはいえ彼の上司になった私が、今彼のために下げる頭がなければ! 私の頭がこの先何の役に立つでしょう! ……どうか二人の不幸な子供のこれからに希望を持たせてくださいませんか。――――伏してお願い申し上げます」
部屋に時間が止まったような沈黙が下りる。
どこかに時計があるのだろう、微かに針の音が聞こえてきた。俺には今床しか見えないが。
「…………平民のために額を地につけるか……」
「アマリリスなら死んでもしませんわ」
一分ほど経った時、独り言のような陛下の一言に王妃殿下が返した。
不意に出た産みの母親の名前に思わず少し顔を上げると、二人は過ぎた日を懐かしむような顔で目を合わせていた。しかし数秒で真顔に戻り、眉を寄せて俺を見た。
「其方の考えはよくわかった。要望を叶えてやりたいが、その前に一つ聞いておかなければならぬ事柄がある。――――――コレリック家に関連した捜査にて、其方の母親、アマリリス・ロッソ男爵夫人を奴隷売買と何件かの暗殺に関わった容疑で王家の騎士団が逮捕し、自白薬を使用する対象に入った。過去の悪行が暴かれればそのまま極刑も有り得る。其方は母の減刑を望むか?」
「………………………はぇ?」
完全に予想外の方向からびっくりが飛んできて、間抜けな声が口から漏れた。




