復讐の向こう
「……何を言っている、ヴィペール貴様……っ!?」
メテオリートの体は一歩踏み出した瞬間縛られていた。
「すみませんねぇ坊ちゃん。カタフニア様の協力がなくなった今、見張りも強化されているだろうし国境越えはか~~~なり厳しいんですよ……というわけで坊ちゃんを奴隷として売って、代金を受け取らない代わりに協力してもらうことにしたんです」
「ふっ、ふざけるな!! 主を売るだと、そんな恩知らずな真似を……!!」
「いや、私の主はコレリック侯、旦那様であってまだ坊ちゃんではないですし……」
「主の息子を売るのは普通にド畜生じゃなぁい?」
「そう? 私は実はそこそこ良い家の生まれだったけど、当主の息子だからって丁重に扱ってなんてもらえなかったよ?」
茶々を入れたアフアに、ヴィペールは軽い口調で返す。それに対する怒りで震えるメテオリートが全力で怒鳴る。
「それは貴様が不細工だからだろうが!!!」
「……不細工が蔑ろにされる理由になるんなら、性格の悪さも理由になっていいでしょ。
というかメテオ坊ちゃん、多分ご自分では旦那様より賢いとお思いだったでしょうけど、人の扱いにおいては旦那様の方がよほど上手かったですよ? お嬢様と坊ちゃんはしてもらって当然、って態度でしたけど、旦那様はそれなりに時を見て褒めてくださいましたから。まあそれは年の功ですかね。それか、旦那様にとってはあって当然の道具ではなくてある日手に入れた思いがけなく便利な道具だったから、多少機嫌を取る必要性を感じていたのかもしれませんね……。
先代と旦那様には拾ってもらった恩があるにはあるんですが、充分過ぎるくらい奉仕してお返ししたと思いますよ。ご命令でどれほどの悪事を隠蔽して何人殺したか、もう数え切れないですし……というか恩知らずはそっちでしょ~~~? 長年の貢献など一顧だにせずあっさり私を無関係だーって切り捨てて一切援助もしないで。失望しましたよ。あれがなければもうちょっと、それこそ本当に亡命くらい手伝うつもりはあったんですけどねぇ……。
それに……旦那様と坊ちゃんは、メオリーネお嬢様の仇です。私は、許すことは出来ません……」
「…………は?」
死を目前にしたメオリーネに与えた苦痛はどちらかといえばヴィペールの方が多大だったが、男は被害者であるかのように悲しげに目を伏せた。
「コレリック家に尽くしてももうお嬢様に会うことは出来ないと思うと、坊ちゃんを守ろうなんて気は微塵も起きませんでね……。遠きシンツ帝国の裏世界魔術はさしもの王家の影も把握できておらず、彼等の変装術を見破れる者はおそらくまだウラドリーニには……」
「き、貴様、望み通りメオリーネを好きにしたんだろうが!!! 対価を受け取っておいてほざくな下郎が!!!」
「うるさいな……あーあ、横暴でももう少しお嬢様に似てたら言うこと聞く気になったのに」
ヴィペールがメテオリートの首に素早く刺繍布を押し付けると、身動きはおろか声すら出すことが出来なくなる。床に転がった青年は憤怒の表情を浮かべながらも死んだ芋虫の様に静かになった。
「ヴィペールサンのそれ、ホント便利ネ~~。またまとめて買わせてほしいアル」
「ええ、喜んで。また数が出来たら真っ先にズズー殿のところに売りに行きますので、今回の協力の対価はこちらの青年のみで妥協していただきたく……。育ちの良い貴族で目立った傷も無いですよ!」
「……うん、地味だけど整てるし、落ちぶれ貴族の若いのが好きな客は一定数いるから良い値付く思うヨ。しかしてっきり今日はあのフーリイアン族の小僧を売ってくれるかと思てたが、あれはどしたネ?」
「あー、あの子は解放しちゃったんですよね~。少し前に国を脱出するつもりだった時は子供いるとちょっとお荷物だったから」
「アイエエ~~~?! も、もったいナ~~! 今なかなか見つからないのヨ純粋なフーリイアン族は~!」
「まあまあ、あの子はなかなか反骨心がなくならなかったから扱いが難しかったと思いますよ……」
取引は和やかに済み、メテオリートは名もなき元貴族の青年としてシンツ帝国の奴隷商人ズズーに引き渡された。ヴィペールはコレリック家から(メテオリートが)持ち出した僅かな財宝も惜しみ無くズズーに譲った。
その代価として、ズズーの仲間の特殊な化粧魔術で別人に変装させてもらうことと偽造通行手形を得、ヴィペールとその仲間数人の国を出る手筈が整った。
※※※
真夜中にそっと隠れ家の屋上に上ったヴィペールは星を眺めていた。
「……ヴィー、寝なくて大丈夫ぅ?」
「いや、痛くて寝れないんだよね」
「あー、怪我全部治すと逆に魔力酔いで寝込むんだっけ~? ままならないわね~」
「そ。左目はもうほぼ見えない……戦うにもかなり不利になるからこれからは無茶できないなぁ」
「でも、その傷のおかげで黒子が見えなくなって前より男前になったわよ~」
シレンツィオ家の影に付けられた傷はヴィペールの二つある黒子の丁度上を通っており、奇跡的に黒子を消していた。
毛布にくるまったアフアはヴィペールの隣に並び同じく星を見上げる。
「え、そう? そっかぁ…………前の時より捕まる危険は上がったんだけど、フーも本当に国出るの?」
「この国にいても捕まりそうだし一緒に行くわよ~。お針子要るでしょぉ?」
「まあ、いた方がいいっちゃいいけど。……ハァ……」
「えっ。泣いてる……。な、なんで? 傷痛い? あ、私が付いてきてくれて嬉しい?」
女はぎょっとしたが男は構わずにはらはらと涙を流し続ける。
「……今、傷心なんだよ。憧れのメオリーネお嬢様と結ばれた次の朝には、永遠に別れなければならないなんて……なんて悲劇、なんて宿命…………」
「結ばれてはなくない? 襲っただけでしょ?」
「うるさいよ。……初恋だったんだ……人生であんなに幸せな夜は、もう二度とないだろうな……」
「……親子くらいの歳の差なかった?」
「恋に年齢なんて関係ないんだよ」
「それ年上が言うと途端にアレよね~~!」
「うるさいよ」
アフアは毛布の下に持っていた瓶を開けて酒を呷った。
「……ぷはーっ! そっかぁ、ヴィーなりに本気で好きだったのねぇ……なら攫ってきちゃえばよかったのに」
「流石に無理だよ、大人しくするわけないし絶対言うこと聞かないし。落ちぶれたメオリーネお嬢様なんて見たくないしね……お嬢様はあそこで散るのが一番綺麗だったんだ。……後悔はしてないけど、それでも彼女が死んだのはとても寂しい……」
「ふうん、わかるようなわからないような……とにかく、良かったじゃなぁい、好きな人と熱い一夜を過ごせて、その人を殺した奴にも復讐できたってことでしょ? おめでと~、乾杯!」
「うーん……まあ、通行手形の偽造がバレてたってことは生家の方にも逮捕者出てるだろうし、そっちの復讐もできたっちゃできたと思うと、めでたいのかな……?」
「そーよ! ちゃんと復讐できるってとってもすごいと思うわよぉ? 私は出来なかったもの~……」
「……そうなの? 今からでもやるなら手伝うけど」
「もう遅いの。いやね、私も親には大事にされなかったのよぉ。物心つくころには体売らされてて~。まあ子供の頃はそれが当然でみんなそんなもんなんだと思ってたんだけどね。でも私が稼いだ金を親が全部持ってくことが不満になってきて家出して~、そしたら全然当然じゃなかったって知って。いつか仕返ししてやるって思いながらお金貯めて、何人か雇って両親をボッコボコにしてやろうと意気揚々と故郷へ戻ったら……」
「うまくいかなかったの?」
「なんと、親がもう死んでたのよ~! 地域の悪漢の元締めしてる奴の逆鱗に触れちゃって殺されてた~~~!」
「……それならそれで天罰って感じだしよかったんじゃない?」
「良くないわよ!!! 私の手で熱した鉄棒を尻と口に突っ込んで殺してやんなきゃ治まるものも治まんないでしょ?! どんなに辛かったかわかる? お父さんにもお母さんにももう一生会えないのよ、この手で刺し殺すことすら出来ない……! うううう、悔しい~~~……!!! 思い出しても悔しいよぉ~~~~~!!!」
「ちょ、本当にうるさいうるさい」
アフアの口を押えて夜闇に溶ける声を見送るように空を見上げると、ヴィペールの涙は止まっていた。
二人は自身が犯した犯罪によってまさに今アフアが語ったように被害者から深く恨まれていることになどは思い至らない。目の前の対等な仲間に共感はしても、被害者に対する感情移入は一メレたりともない。他者と共存するのには致命的なその性質が二人を悪人足らしめるものであった。
「そっか……私達少し似てるのかもね。確かに、自分の手……というか、自分の影響で復讐できたのは、よかったかもなぁ……」
「そうよ~~~! 羨ましいわよぉ~」
「そう考えると、この国でやり残したことはもうないんだな……」
吹っ切れたような顔になった男に女は満足げに頷いて酒を呑む。
「で、異国に出てまずどうするの~?」
「ひとまずこの国からなるべく離れて……ズズー殿に連絡が付く範囲でぶらぶらしようかなって」
「刺繍を売りながら気ままな旅するのいいかもね~。私も付いてっていいでしょ? 夫婦ってことにした方が怪しまれないわよぉ」
「え~~~……私フーみたいな尻軽は守備範囲外なんだけど……顔も微妙だし……」
「私だってヴィーみたいな悪趣味野郎お断りなんですけど~~~!? ただのフリよフリ!」
「それならまあ……あ、親子の方が良いかもね、年齢的に」
「ほんとだわ~~~! あ、そういえばアマデウス様が生きて帰ったって話聞いたぁ?!」
「聞いた聞いた、吃驚した。この世の不条理を感じるなぁ……」
「不条理ぃ?」
「だって神の愛し子がいるってことは、逆説的にそれ以外は神に愛されてないってことじゃないか。それってすっごく不公平で、残酷な話じゃないか……」
「あー、なるほど~? ……でもそんなもんよ世の中なんて! 神様の贔屓があることなんて美形と自分の顔見りゃわかるじゃない!」
「言えてる。
……ーーーーさようなら、兄上、義姉上。家庭はちゃんとめちゃくちゃになったかな? ああ、そうか……復讐が成功したってことは、私と同じくあなた方も、神に愛されてはいなかったんだ……。顔がどうだろうと力が強かろうと、くだらない有象無象の中の一人にすぎなかったんだ。そう思えば、案外悪くないのかもな……」
国外に出たヴィペールとアフアは、軽犯罪を繰り返しながら長閑な旅をした。
遠き地シデラス王国にて逮捕され、激しい拷問の末に獄死するまで、あと四年。




