花を散らす
※性暴行の描写があります。
「――――――ぎゃっ!! ……ヴィペールッ!! お前っ!! わたくしにこんなこと、ただで済むと思っ……っ!?」
公開処刑、という言葉が呑み込めないまま地下の貴賓牢のベッドの上に転がされたメオリーネは自分を運んだ男を睨みつけたが、瞬時に両手両足首が細縄で縛られ動けなくなった。
「ふふ、………幼い折から物わかりの悪いお嬢様に解説して差し上げますと。今コレリック侯爵家は崖っぷちなんです。王太子の婚約祝賀パレードの日に大量傷害殺人事件発生企画なんて大それたこと、私は流石に足がつくんじゃないかって忠告したでしょう?
でも、旦那様もお嬢様も『このままシレンツィオ派に馬鹿にされたまま男爵令嬢ごときを格上と仰いでなるものか』と熱くなっちゃって聞きやしなかった。まあ、いざとなれば私に全部罪を押し付けて侯爵は体調不良だとかなんとか言ってごねて引き延ばせば有耶無耶になるとお思いだったんでしょうが。
いや、民と教会が手を組んでこんな抗議の行進を起こすとは私も予想外でしたがねぇ。ここまで注目を浴びたらもう言い逃れはできませんよ。派閥のお仲間も庇い切れないでしょうし王家の捜査も回避できない。下男ノトスの証言もあるし、地下を調べられたら死体が沢山発掘されますからねぇ……物語の世界から顕現した"青髭領主"だ! と話題を攫うこと請け合いです。
……そんなわけで追い詰められた旦那様とメテオ坊ちゃんは隣国への亡命を決めました。奴隷密貿易で公国のいくつかの貴族とは長い誼がありますから辿り着けば何とかなるでしょう。贅沢は出来なくとも生涯修道院暮らしよりはマシだ、と。しかしそうするにもこんな屋敷全体を取り囲まれた状態では流石に難しい……
そこで! 足手纏いのお嬢様の出番です。一連の事件は聖女に嫉妬したお嬢様が全て企てたと宣言して、大司祭に断罪させ公開処刑。民衆の溜飲を下げる。下男下女を解放する。彼らが大勝利に沸いて油断した隙に旦那様と坊ちゃんは行方を眩ませる……という作戦です」
「……な、……そ……ぅ、う、嘘よ!!! 出鱈目を言うんじゃないわよ!!!」
令嬢の顔が蒼ざめていくのを楽しそうに眺め、男はベッドに乗り上げ、続ける。
「一つ、旦那様達の誤算だったのは、この作戦には私の手が必要不可欠なのに私達を切り捨ててしまったことでした。実際に取引していたのはほぼ私ですし国境を超えるのも簡単ではないですからねぇ……私もごねました。切り捨てられた行く場がない部下が一旦戻ってきたからといって、簡単に言うことをきくと思ったら大間違いです! あーあ、やる気が出ません! と。すると……提案されたんですね。『メオリーネを好きにしていいから協力しろ』と」
「…………は?」
「うまく隠していたつもりでしたが、坊ちゃんなどはなかなか敏いですからバレていたんですね……私がお嬢様をお慕いしていると……♡」
「…………は?」
「まさか、お嬢様への想いが実る日が来るとは……! 私がどれほど感動したことかおわかりにならないでしょうね。なんて僥倖、なんて奇跡!!
憶えていますか? お嬢様が十五になった年……初めて、鞭を振るい過ぎて下女を死に至らしめましたね。初めて人を殺めた時、人は罪深さを感じるものなのですよ多かれ少なかれ。しかしお嬢様は平然と『あら、事切れてしまったわ……動かないとつまらないわね』と言い放った。
―――――――――――――脳天に雷が落ちたかと思うほど痺れました…………。
だって……私が初めて人を殺めた時と同じ感想だったのです! 私達すっっっ……ごく、気が合うのですよ! 運命だったのです! 私と貴方の出会いは!!」
「……~~~~~~~~~~~~~戯言を垂れ流すんじゃないわよこのゴミ!!!!! ふざけるなと言ってるのが聞こえてないのこの役立たずの汚物が!!!!! 汚らわしい、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!!! お前みたいな醜男が、卑しい下郎がっ、わたくしの運命を名乗るなんて死にたいの、死にたいんでしょうね殺す!!! 殺してやる!!!!!
わたくしは、わたくしはこの国の王妃になる貴人なのよ!!! お前なんてそもそもならわたくしと口をきくことすら許されないっていうのに言うに事欠いて何様のつもり!?! 思いあがるんじゃないわよ!!! 死になさい!! 死んで詫びなさい!!! お前に触られるくらいなら死んだ方がましよッ!!!!!」
嫌がれば嫌がるほど、強気な言葉を吐けば吐くほど目の前の男が喜ぶということなど令嬢は知らなかった。
「ふ、……ふふ……あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~………残酷で、美しく、尊いくらいに愚かしい…………この世に貴方ほど手折り甲斐のある花はない……!」
男は恍惚とした表情で女の足の縄を解き、大きく足を開かせ体を滑り込ませた。首を片手で押さえ付け、憤怒から屈辱に染まる顔、強張る体を撫で回し、舐め回し、暴れる手足をものともせず上半身の服を脱がす。メオリーネは全力で抵抗したがヴィペールにとっては大した力ではなかった。
「~~~~~~ひっ、ぃ、いやっ、いや、触らないで、さわるな!! やめなさっ、……いやあぁああっ!!」
「はははっ……高貴なるメオリーネお嬢様の純潔を頂いたこと、幸甚の至り……生涯忘れはしません……♡」
「やっ、いや、やだ、お、ぉお母様!! お父様、お兄様っ!!! 誰か、誰かぁぁぁっ!!! ――――――…………」
メオリーネの母親、侯爵夫人はコレリック家への厳しい意見に気が滅入り数日前に実家に戻っていた。夫と息子が自分を放って亡命を企んでいることも、娘の処刑が決まったことも知らない。
メオリーネの悲鳴は地下牢の階段の上、入口見張りの兵士二人の耳にだけ届いた。
「……先輩、その……まずいんじゃ……侯爵様に報告した方が……」
ヴィペールと侯爵の取引など知る由もない、後輩の若い兵士は動揺してもう一人にそう言ったが、先輩兵士は口だけ動かす。
「なあ、うちの下の子、何歳になったか覚えてるか?」
「へっ? ……えーと……娘さんでしたよね。三歳でしたっけ?」
「ああ。上の息子は今五歳だ。親馬鹿かもしれねーけどよ、二人とも近所の子供の中で一番可愛い。顔もだけど、こう、動きとか、ふわふわの髪とかさ」
後輩は何度か先輩の子供を見たことがあったが、特段見目が良いとは思わなかった。子供らしい可愛さは勿論あるけれども親に似て容姿は普通だ。うん、親馬鹿ですよ、とは空気を読んで言わず、いきなり何故そんな話をし始めたのかとただ戸惑った。
「は、はぁ……」
「もし、俺と嫁に何かの不幸があって死んだとしたら……あいつらどうなっちまうのかな、なんてさっき考えてた。俺の親はもう死んじまってるし、嫁の親は頼りにならねえし……良い孤児院にもらわれりゃいいけど、あぶれる孤児もいるだろ」
「…………」
「……子供を傷付けるヤツって……許せねぇよなぁ…………」
彼は普段面倒見の良い気さくな先輩で、後輩は彼を怖いと思ったことは一度もなかった。今この時初めて恐いと思った。
声は平坦で顔はいつも通りなのに、何故か恐ろしく感じた。
コレリック家に虐待されている下男下女は全員孤児だという話はフェデレイ新誌の増刊に書かれていた。
孤児だからこそ粗雑に扱っても誰も文句を言わなかった。しかしこの下男下女達を孤児だから仕方ないと見捨てることは、格下だから、平民だからと痛めつけてもよしとする貴族と根は何も変わらないのだ……と、記事は力説している。
見張りの交代をする前に二人も記事を入手して目を通していた。後輩は字を少ししか読めなかったが、仕事に大いに関係することなので先輩が読み聞かせてくれた。
「……そうっすね」
公開処刑のことは兵士に知らされていなかったが、牢に入れられた極悪令嬢に兵士を罰する権限が戻るとも思えず、後輩は先輩の気持ちを尊重した。長いものに巻かれることにしたともいう。
風があるとまだまだ冷える春の夕闇の中、後輩は考える。
多少は在ったであろう、下男下女の助けを乞う言葉を、親を呼ぶ声を、メオリーネは哀れに思っただろうか? 痛めつける手を止めただろうか?
……止めていたら、こんなことになっていないだろう。
そう思えば罪悪感は風よりも軽くなり、何処かへ飛んで行った。
「……あ、先輩。この間の話の続きなんすけどぉ……」
その夜、蝋燭の灯りだけが燈る薄暗い牢では女の泣き叫ぶ声が響いた。
領主邸の周囲に座り込んで夜を明かすことにした民衆の歌も地下には届かない。
教会関係者が民衆に軽食を配り、労い合って交代で仮眠を取り出した頃には女の声も止んでいた。
二人の兵士は雑談で耳を塞ぎ、互いの声以外は何も聞こえない振りをする。
彼らは悪人ではなかったが、メオリーネの罪を一旦別のこととして人助けに動くことが出来るほど、善人でもなかった。
※※※
翌日。婚約祝賀パレードから十一日目の朝。
修道士と民衆が協力して拵えた即席舞台の上に、腕を縛られたメオリーネが引っ張り出された。
服は簡素な白いワンピースを着せられ身綺麗だったが、髪は乱れたまま、涙の筋が残る顔は呆然自失という表情で、周囲の予想を裏切り一言も発さない。
夜通し独りよがりな行為に耽った男は、令嬢の身を簡単に整えてから出て行った。
処刑の方法は斬首。
大司祭は教会に属する処刑人を連れて来ていた。教会の処刑人は、悔い改めたと司祭が認めた監獄の模範囚に打診され、受け入れた者の中から選ばれている。
当代は五十歳の男で、既に十五年の間処刑人を務めるベテランだった。今回の仕事の内容も事前に伝えられ快諾してコレリック領まで付いてきている。
しかしいざ大衆に囲まれこれ以上ない注目を浴びた彼は全身を震わせた。
ウラドリーニ王国建国以来、貴族が死刑になった例はない。
死刑という名目ではなかっただけで、牢の中で餓死させられたり薬を盛られたりで死に至り、表向きは病死とされたことは多々あった。しかし大っぴらに処刑されたことは一度もなかった。今日のこれがこの国初の貴族の処刑となる。その事実に言い表せない重みを感じ、処刑人の手はどうしようもなく震えた。
「……代わりましょう」
「!! 大司祭様……! い、いいえ、これはあっしの仕事で、」
「いや。酷な役目を負わせてしまうところでした。これは……私の仕事です」
処刑人からやんわりと斧を奪った大司祭ペティロは、促されるままに膝をつき首を項垂れたメオリーネに近付き、短く言葉をかけた。彼女の反応を待たず、深呼吸してから斧を振り上げる。
「地獄にて、またお会いしましょう。……ふぅ……――――――――ふっ」
民の歓声に包まれながら、遂に愛を知ることが無かった姫の血が処刑台に散った。
大司祭が転がった姫の首を掲げると、人々は悪しき魔女の死を祝い手を振り上げ、花が踊る。
春の風に舞い上がった花びらは青空の下で輝いた。
後に人々がこの出来事に付けた名を、【一輪の花事変】と呼ぶ。




