聖者の行進
「……えっと……つまり今ノトスは、コレリック領へ?」
「はい」
風呂に入って軽食を食べてから音楽室へ行き、ロージーに話を聞いた。
パレードから六日目の夜には俺の無事がスカルラットと王都に伝わり、七日目の昼頃に記者ルーヒル率いる印刷工房とその協力者達がシャムス邸へ訪ねてきた。
当初はルーヒル達有志が同志を募り、町を練り歩きながら仲間を増やして行進、コレリック領主邸前で抗議し下男下女の解放を求める……という予定だった。
ノトスには、上半身裸でその先頭集団に加わってもらえないか、と以前取材に来た時に打診されていたという。傷だらけの背中をした楽師ノトスを実際に目にして、義憤に駆られ行進に加わる者は確実に増えるという考え。
その時のノトスは少し考えさせてほしい、と時間を置いた。
改めて依頼に来たルーヒルは、なんとペティロ大司祭と教会の全面協力が得られることになった、と語った。
「先導する楽師ノトスの隣に、私も並びます。そして行進する民の周囲に修道士達を配置しましょう。そうすれば鎮圧しようにも騎士はなかなか手を出せません……戦ってコレリック邸に無理矢理押し入る必要もなくなります。堂々と正面から入りましょう」
……と、大司祭の方から申し出があった、と言うのだ。
「――――――……な、な~~~~にをやってんだ大司祭様?!?!」
「ルーヒルが言うにはコレリック家への私怨がありそうだとか……」
「ああ、あるだろうなぁそれは……!」
ネレウス様の暗殺未遂にブチ切れてたもんなぁ!
なんだかんだで慈悲深い聖職者だし悪に対して厳しい人だ、下男下女への虐待の話にもキレてそう。今までがよく我慢してた方なのか、もしかして。
でも王家に無断でそんなことやらかしたら大司祭といえどただではすまんだろ。もしや王家に話を通したのだろうか。
……有り得るな。通り魔事件の刺繍布の出所が少しでも判明したなら犯人はヴィペールだと確定するし、コレリック家は真っ黒である。ユリウス殿下もネレウス様の件にはブチ切れてたし、王家も……許すかもしれない。デモ行進を。
「改めて依頼された折……ノトスは、『この行進に参加したらアマデウス様は怒るだろうか、気分を害されるかもしれない』と不安そうにしていました。あ、『それは大丈夫。ただ心配はなさると思う』と私が代わりに答えておきましたが」
さらっと代返していて思わず少し笑った。ロージーは俺のことをよくわかっているので的確である。
ノトスは仲間の下男下女をずっと案じていた。目の前に楽しいことがあってもそれに没入しきれないくらい、ずっと心に影を落としている。彼らを助けるためのデモ行進に参加したいなら止めはしない。同じ貴族身分っていってもコレリック家は敵派閥だしな。そして当然、ノトス自身の心配はする。
「うん……心配だね……大司祭がすぐ隣にいるっていっても攻撃をされないなんて保証はないんだし……」
丸腰の人間には攻撃したがらないものとはいえ、主に強く命じられればコレリック家に仕える騎士や兵士は攻撃してくるかもしれない。騎士の立場からすると相手が聖職者であっても主を守ることが最優先だ。大司祭を避けてノトスを狙い打ちしてこないとも限らない。
「修道治癒師を帯同させ、怪我人が出たらすぐに治療にかかれるよう采配を振ると。……ルーヒル達は元々死を覚悟して暴動を起こすつもりだったようですから、それだけでも充分心強いようでした」
「まあ、そもそも死人が出てもおかしくないことだよな……」
「あと、なんでも皆で花を持って、録音円盤を流して歌いながら進む、とか……」
「…………はい?」
急にイメージがデモじゃなくて遊園地のイベントみたいな世界観になった。
なんだって?????
※※※
王太子と聖女の婚約祝賀パレードから十日目、朝。
行進の先頭に立つは端正な顔立ちに銀髪銀眼、純白の祭服に身を包んだ若き大司祭ペティロ。
その隣には赤褐色の髪を無造作に左右に流し、上半身の素肌を晒した青年ノトスが往く。
顔と歌声はよく知られたその青年の背中には見るも痛ましい無数の傷跡があるが、背筋を伸ばして前を見つめるその姿は見る者に不思議と気高さを感じさせた。
二人は花を一輪持っている。
大司祭は赤い花、ノトスは白い花を両手で持ち胸に掲げていた。
二人に続く先頭集団、ルーヒルの有志達が打合せ通り「コレリック家の虐待を許すな!」と呼びかけながらフェデレイ新誌の増刊を配る。
増刊のチラシにはノトスから聞いたコレリック家の所業と彼の背中のスケッチが大きく載っていた。字が読めない者もそのスケッチからただならぬものを感じ、近くの者から説明を聞きたがり、急速に広まっていく。
アマデウス誘拐から広まった領主の悪評に思うところがあった者は多く、人々は引き寄せられるように集団の後に続いた。
『――…――…"一輪の花を持ちなさい。そして正しき者に続きなさい"――……――~~♪~~……』
行進の傍ら、ところどころで修道士が円盤再生機を乗せた台車を押して並進していた。時折道端で停止し針を恣意的に弄って再生すると、大司祭の声が円盤から響く。それは祝賀パレードの日のために録った、大司祭の演説の一部分。
元々は、『神の愛は、荒れ地に咲いた小さな花のようなものです。その花に気付かず踏んでしまうか、水を差し出し育て愛でるのかで、我々の行く先は違うものとなる。神が遣わした祝福、聖女様が我が国に降臨し、王太子殿下と縁を結ぶこのめでたき日、心に一輪の花を持ちなさい。そして正しき者に続きなさい。神の御心はそれを祝福します。花は愛となり、貴方の生を最後まで彩るでしょう』……というものだった。
円盤から流れる大司祭の声を聞いて、貴族に抗議するということの危うさに躊躇していた人々も一歩前に踏み出す。
教会が事前に野や町から調達した花を、並進する修道女達が籠一杯に抱えている。何も持っていない者が近付くと、修道女はにこりと笑って花を一輪差し出した。
円盤から流れる大司祭の一言の後、針は修道士によって『世界に一輪だけの花』のピアノ演奏へ飛ぶ。アマデウスの演奏を好んで聴く者はそれが彼の演奏だと気付いた。
ピアノの音に合わせて誰かが歌い出す。歌は人数と比例して大きくなっていく。
修道女から花を貰って加わる者、野に咲く花を摘んでくる者、花瓶から一本抜いて続く者。
行列は伸び続け、コレリック領主邸から見渡す限り広がった。
※※※
「……あ~~~~~~、もう……うるっっさい!!! さっさと蹴散らしなさいよ!! 何やってるのよ騎士は!! 数人刺し殺せば引くでしょうよ、何で及び腰になってるわけ?!」
コレリック侯爵令嬢メオリーネは窓の外に向かって喚いたが、それに返事を出来る者はいなかった。侍女とメイドは俯いて無言を貫いている。
領主邸の庭までも突き抜けて声が届くほど人々の波は大きくなり、音楽と共にズンズン近付いてくる大司祭に恐れをなした門番は役目を放棄して逃げた。
騎士と兵士は領主邸の周囲に配置されていたが、『蹴散らせ』という命令を遂行できる人数では既にない上に、武器も持たずに歌い続ける民を攻撃したところで得るものは汚名以外にない。手を出せずに途方に暮れていた。騎士よりも責任感が薄い兵士達にはむしろ開き直って一緒に歌っている者もいた。
しかも平民達は「騎士様達も酷いことをされるんですか?」「共に可哀想な下男下女達を助けましょう?!」「教会が悪徳と認める主になんて従う必要ないですよ!!」と真っ直ぐな目で勧誘してくる。
花を握りしめてそんなことを言ってくる民に攻撃できるほど、コレリック家に忠誠を捧げる者はいなかった。
「ちょっと、……! 奴ら入ってきたじゃない、どうする気なのお父様は……!!」
部屋の窓から、門をこじ開けた民衆が大司祭とノトスを先頭にゆっくりと庭を進んでいるのが見えた。
怒り疲れたメオリーネは一旦窓から離れ、メイドにお茶を入れさせる。
イライラしながらも休憩して少しクールダウンし、家族に話を聞きに行こうと思い立ち部屋の扉へ向かったが、開ける前に扉が開かれた。
「嗚呼、メオリーネお嬢様! ご機嫌麗しく……はないようですな」
隠密の使う透明マントを脱ぎながら入ってきたのはヴィペールことヒュドラー・ジャルージだった。
「なっ!? ヴィペール!? お前、何でここに!? 外国に逃げたんじゃ……」
「いや~~~、あと一歩のところで王家の影に阻まれ、失敗しまして……痕跡は残していなかったと思うんですが、ジャルージ家が何かへまをしたみたいでしてね。命からがら逃げ戻って参りました」
「お前が捕まったら我が家も色々とまずいじゃない、さっさと出て行きなさいよ! そもそもお前がアマデウスを誘拐なんてしたから面倒なことに……!」
「あの場で捕まって自白させられるよりはいいと思ったんですよ~……というか、アマデウス様が生きて戻ったって……本当です?」
「そうよ!! 誘拐までしたんなら何で始末してないのよ!? この愚図!!」
「はぁ~~~~~~~~~……! すごいなぁ、どうやって生き残ったんだろう……まさか本当に神のご加護が……まぁ、それは一度置いておいて。メオリーネお嬢様、悲しいお知らせがあります」
「はぁ? 後にしなさい!!」
「そういうわけにもいかなくてですね、ハイ」
しゅるっと衣擦れの音がした次の瞬間には、メオリーネは体を縛られていた。
「……ちょ、何を……」
「僭越ながら、私が地下牢へエスコート致します。あ、ちゃんと貴族用の牢の方ですよ、ご安心を」
縛られたメオリーネはひょいと小脇に抱えられ、抱えた男は重さをものともせず軽やかに廊下を進む。
「な、なっ…………ふざけるんじゃないわよ殺すわよ!! 止まりなさいヴィペール、とまれッ!!」
「残念ながら冗談ではなく、旦那様とメテオ坊ちゃんのご判断、ご命令です。
―――――――――大司祭との交渉の結果、メオリーネお嬢様は明日公開処刑されることと相成りました。嗚呼、なんて悲劇。なんてお可哀想なお嬢様……っ!」
男は足を止めることなく、喜劇の台詞を吐くかのようにそう言った。




