安心
ジークとティーグ父上の大きな声がして飛び起きる。気分としては完全に家だった。
「ハッ!!……寝坊した!? え、さむっ……」
そしてここが家ではないことに気付く。そうだった、俺、湖上で遭難中だった。
少しだけ仮眠を……と思いながら寝たけどすっかり晴れて明るくなっている。夢も見ないくらい熟睡してたっぽい。結構寒いのによく寝れたな!
「兄上!! お目覚めに……怪我などはありませんか?!」
「えっ?! ジーク……え、本物!? 夢?!」
一瞬まだ寝てんのかと思った。泣きそうな顔をした弟がしっかと俺の肩を掴む。
「兄上こそ、本物ですよね……?!」
「えぇ? 勿論、アスモデウスじゃないよ……あ、怪我もないない! 眠いのが限界で寝てただけ!」
「ょ、よかった……、……ハッ、兄上、今はとにかく船に移りましょう」
「お? おぉっ……!!」
ジークはサッと上着を脱いで貸してくれた。視線で示された方を見ると、船。
船だ。
……助けの船~~~!!!!!
そこそこ年季の入った漁船のようだが、輝いて見える。感謝で。
リェッシー(仮)を刺激しないようにか、船からそぉっと長い板がこっちに渡された。俺もジークも風魔法使えるから、飛んだ方が速そうだが……と思った後、あれ? そういえば『俺が今魔力ある』ことって、普通に考えたらおかしいんじゃ? ……と気付く。
どう頑張ったってとっくに魔力が切れてるはずなのだ、俺は。
なので促されるまま大人しく板を渡って船へ移動した。寝起きにしては脳味噌回った方だと思う。
魔力耐性の研究に協力したことは家族も知っているけど、魔力を奪う力・エナジードレインのことはまだ国家機密的なアレなのだ。
「アマデウス!! 無事なんだな……!! よく頑張った!!」
「デウス!! よかった、本当に……!!」
船の甲板に着地してへらっと笑うと、父上とリーベルトが駆け寄って来て俺の肩を叩いた。嬉しそうだけど泣きそうな、よく似た表情をしている。後方におなじような顔のセレナとゲイルも見えた。
「ご心配をおかけしまして……」
「よい、無事に戻ったなら……しかし何であんな所で寝ていたんだお前は!? ――――ひとまず、今はこんな大型の魔物と戦える準備はない……急いで岸に戻れ!」
父上がリェッシー(仮)を警戒してそう命じる。騎士達が一斉に櫂を動かす。こうやって人力で漕いで捜してくれてたんだ、ありがたや。
そういえば俺どんくらい寝てたんだろう。結構時間経ったみたいだしリェッシーもそろそろ動き出すかもしれない。しかしもうしばらく動けないとしたら……。
「もしかして討伐されちゃうのかな、リェ……この魔物って」
リーベルトに訊くと彼は困った顔をした。
「どうだろう……存在するかも怪しくて、人を襲ったって話もなかったはずだけど……こうして人前に出てきたと知れればジャルージ騎士団も討伐に出るかもしれないね」
湖底の方で(多分)ひっそりと暮らしていたのに俺が引っ張り出してしまったのだ。彼(彼女?)のおかげで助かったところがあるから討伐されるのは忍びない。
遭難者の捜索に出た小船に竜退治は荷が重いため我々は一旦退避するけど、領主に報告はしないといけないだろう。騎士団が再びここに来るまでにリェッシーが意識を取り戻して潜ってればセーフか……?
リェッシー(仮)、色々と迷惑をかけてごめん、でも俺もピンチだったから許してほしいです……と心の中で言い訳と謝罪をし、無事を祈った。
※※※
船が岸に着き俺が陸に着地すると、先に降りた騎士が地面に筒のような何かを置いて火を付けた。するとその筒から青い煙が上がっていく。
色付きの狼煙……? と首を傾げているとリーベルトが「ああ、あれは任務完了の合図だよ」と教えてくれる。
へ~と言った直後、ワッと歓声が上がり俺は顔馴染みの騎士達に取り囲まれた。
「アマデウス様、よくぞご無事で……!!」
「正直もうお目にかかれないかとばかり……!」
「私は必ずお戻りになると信じておりました!!」
「しかしどうやってこの長時間、何もない湖上を……?!」
くすぐったい気持ちで笑い返しながら(やっべ、生き延びた方法何て説明しよう……)と不自然でない取り繕い方を考える。
「そもそもデウス、泳げたの?」
「え? 普通になら泳げるけど……」
リーベルトに訊かれて反射的に肯定してしまったが、驚いた顔をされてから気付いた。
そういえば……こっちの世界の教育課程で、水泳なんて習ってないな!
学院の授業にも体育なんてないし。すっかり忘れてたけどチラッと聞いたことはある、騎士見習いは水泳訓練を受けるって。ジークやリーベルトにも結構昔泳いだ話を聞いたな。
そうか、騎士見習いか騎士でもなきゃ基本的にこの国の人は泳げないんだ。
ということは――――寒さとか魔力切れ以前に、普通に俺を溺死させようとしてた???
ヴィ、ヴィペールあんにゃろ~~~~~……。
「あ、あー、ほら、俺小さい頃から風呂で……浮いたりちょっと泳いだり……してたから……」
「ええ……?」
言い訳下手くそか。
親友からは不審そうな声が出た。
「まあ、大して訓練せずとも泳げる者はたまにいると聞く……泳いで、何か浮く物を出してしのいでいたら、魔力切れになる前にあの魔物を見つけて乗ることが出来た、ということか?」
「……そんな感じです!」
父上が良さげな推測をしてくれたので乗っかろう。
「そうか……祈りが通じたか日頃の行いが良かったか、運に恵まれたものだ……。あの合図だけでは無事ということは伝わらん。早くジュリエッタ様に姿を見せて安心させて差し上げねばな」
「えっ……?! ジュリ様もいらしてるんですか!?」
湖の向こうを指差してリーベルトが微笑む。
「うん、シレンツィオ公と騎士団の一部は別の船で捜索中。合図が見えたらこちらに来てくれるよ」
「えっ、ちょ、まっ……どうしよ」
「うん?」
「ジークかリーベルト、服貸してくれない?! つーか俺もう何日も風呂入ってないし……! こんなんでジュリ様の前には……!」
湖水で一回丸洗いされタオルでガシガシ拭いたとはいえ、清潔とは言いがたい。さすがに頭とかは臭うんじゃないか、と髪を触るとまだ少し湿っていて冷たかった。
「それは騎士団も似たようなものだからそんなに気にしなくてもいいと思うけど……」
「あ、ああっ、そっか」
自領から離れて何日も俺をここまで追いかけて来てくれたのだ。体を拭くくらいは出来ても風呂は入れてないだろう。
「ーーーーそうは言ってもな~~~……!」
情けない葛藤の声をあげた俺に「ふっ……」と父上が笑うと、堰を切ったように次々笑い声が上がる。暢気なことであたふたしてる俺を見て気が抜けたらしい。
騎士達の笑い声に囲まれ、俺も釣られて笑った。
「一時しのぎにはなるでしょう」とセレナが香水を貸してくれた。ジークの着替えを借りて、髪と首筋に軽く香水を振る。少し甘めのウッディ系。
水魔法が得意な騎士の一人が髪を乾かしてくれた。この程度を乾かすなら風魔法でも間に合うけどボサボサになるとのことで水魔法にしてくれた。
水魔法の応用で髪や布からザッと水分を一気に抜くことは出来る(シミ抜きの魔法もその一つ)のだが、それは六年生でやる予定の範囲でまだ習ってない。水魔法が達者な人でないとなかなか上手くいかないと聞く。チャレンジする手もあったけど失敗したら魔力の無駄遣いなので遭難中は使わなかった。
でもリェッシーのエナジーをドレインした直後ならやってみてもよかったかもしれない、と今思った。お湯を飲んだ直後はもう寝ることで頭がいっぱいだったのだ。
体裁を整えて少し、シレンツィオ騎士団と思われる集団がこちらに向かってくるのが見えた。俺は気付いてもらえるように大きく手を振る。
一頭の馬が集団から躍り出て、十メーテルくらい先に止まる。白い仮面の女騎士がひらりと降りる。かっこいい。
「っ……、……っデウス様……っ!!」
「ジュリ様!!」
彼女は黒髪を乱しながら走り、砂に足を取られて少しよろついた。前に出た手を取って、目が合う。
仮面姿、久しぶりに見た。騎士団として動き回るとなると化粧している余裕がなかったんだろう。
「ぉ、お怪我はっ……?」
「無事です!」
「……ぁ……」
手を握ると握り返される。手に伝わる体温と重みに、ああ、ちゃんと現実だ、と実感する。
彼女の唇が震えて、仮面の下に涙が伝った。彼女はおそらく咄嗟にそれを拭こうと素早く手を顔に持っていったが仮面に阻まれて「ぁぅっ」と小さく驚いていた。可愛い。
上手く拭えなくても次々と水滴が落ちてきて、仮面のせいで拭いにくそうに動く手。
「僭越ながら、仮面、外されては……?」
「で、でも」
「俺が隠しますから」
軽く手を広げてそう言うと、彼女は俯いて頭の後ろの紐を解く。仮面を片手に落とし、俺にも顔を見せないようにしながら、俺の胸に飛び込んできた。よかった、香水借りておいて……。
「……うぅ~~~~…………ぅっ、……ひっ、し、心配、しましぁ………! ~~〇×▲~~~~~~……!!」
「ご心配をおかけしました……ただいま、戻りました」
合図の煙の匂い、鳥が羽ばたく音、騎士達が明るく労い合う声。
不明瞭な声で泣きじゃくる恋人を抱き締めながら、生きている喜びを嚙み締めた。
※※※
「……おい、あんたらここで何を……なっ!」
祝賀パレードから六日目の夕方、王都。
中央教会と神殿にほど近い大型の倉庫に記者ルーヒルと仲間達はいた。
長期保存のきく様々な商品が保管されている場所。その一角には木材と書いてある箱が積まれていた。中にはルーヒル達が少しずつ集めた武器――――剣と槍、盾が大量に入っている。
ランプを掲げた三人の修道士が倉庫に入り、その箱に近付く。隠れていたルーヒルが彼らに声をかけた時には、何十人もの修道士と修道騎士に包囲されていた。
焦るルーヒル達をよそに、倉庫の裏の扉から悠々と入ってきたのはペティロ大司祭だった。
「皆様、今しがた伝書鳥が到着しまして……朗報ですよ。アマデウス様はご無事だそうです」
その場の緊張感にそぐわない笑顔でそう言い放つ。
「……そうかよ。なかなか悪運が強いな、あの坊ちゃん」
「神の愛し子であらせられますからね。勿論、愛し子といえども害されないわけではないので心配でしたが……」
「あんたらが俺達を匿ったのは見張りも兼ねてたってわけか。チッ、舐めてたつもりはなかったが、甘かったか……」
「一つ、誤解しないでいただきたいのですが。私が貴方がたから取り上げたいのは武器だけです」
穏やかな口調だったが大司祭は冷たくも見える真顔になりそう言った。
「それは……どういう意味だ?」
「貴方がたの志や計画までも取り上げる気はないという意味です。貴方がたはコレリック領主邸にて暴動を起こすおつもりだったでしょう。それ自体は止めません。武器を放棄するのであれば、むしろ手助けしたいと考えています」
「…………はぁ?」
「暴力を振りかざす集団には、神に仕える者として力を貸せません。それに、名誉を重んじる騎士は丸腰の民には攻撃したがらない。貴方がたが武器を持つことはむしろ攻撃される理由になってしまうかと。そうですね……武器の代わりに、花を持っていたら尚良いかもしれません。攻撃しづらくなる……貴方がたと民衆が武器を持たないと約束し、声を上げるまでに留めた"示威行動"としてくださるのならば……教会が全面的に協力します」
大司祭の言葉と、それに驚きもしない修道士達の厳かささえ感じる雰囲気に、ルーヒルは気圧されそうになる。
「……協力って、どうやって?」
「まってよ」
ルーヒルの仲間の一人の女が震える声を上げた。
「…………武器無しで、平和的にいこうって? 貴族様達はだぁれも、傷付けずに? ――――――――そんなんじゃ何も変わんないだろ!!! あたしの息子はっ、……あたし達の家族は死んだってのに!!!!」
「おい、落ち着け! ……気持ちはわかるが……」
傍にいた老齢の男が女の肩を掴んで宥めた。その叫びを聞いてルーヒル達の顔に悔しさが浮かぶ。
「……貴方がたの気持ちの、一端は理解できます。詳しくはお話しできませんが、私もとある尊敬する御方をパシエンテ派……コレリック家の陰謀により暗殺されるところでした。……アマデウス様がいらっしゃらなければ、その方は命を落としていたことでしょう」
大司祭は同情するように悲しげに瞼を下ろしたが、再び開いたその瞳には深い憎悪を滲ませた。
「……あんたがアマデウスに肩入れしてるのはそれが理由なのか」
「アマデウス、様です。敬称をつけなさい」
「お、おう」
戸惑いながらもルーヒル達は大司祭の本気を感じ取った。教会の協力が本当に得られるならば心強いことこの上ない。
黙して続きを待つ面々と目を合わせて頷き、ペティロは微笑む。
「貴方がたの懸念もわかります。そう、貴族側にも痛みが伴わなければ何も変わらない……ーーーーーー安心してください。可能なら三人……少なくとも一人には、死んでいただこうと思っています」




